第57話 キックじゃねえか!
朝食と食休みの後、シルバ達は再び庭に出た。
午前のプログラムとして、エイル達戦闘コースではない3人は体力作りのために別荘の周辺をランニングしてもらうことになった。
ちなみに、3人の指導はアルに任された。
これはアルも後衛だからシルバやロウと比べると体力がやや不安が残るから、一緒に走って体力作りしようという魂胆である。
アル達がランニングしに出かけに行ったため、庭に残ったのはシルバとロウだけだ。
「ロウ先輩、俺達は何をやるんですか?」
「丁度良い機会だし、トンファーを教えてやろうと思って」
「そういえばそんなお話がありましたね。でも、俺はトンファーを持ってませんよ?」
「大丈夫だ。俺がお古のトンファーを持って来た。これ、使って良いぜ」
そう言ってロウは自分が以前使っていたトンファーをシルバに渡した。
「ありがとうございます」
「折角だし、ちょっと戦ってみないか。俺が手加減して戦えば、すぐにシルバも勘を取り戻せるだろうし」
「わかりました」
シルバはトンファーを構えてロウと向かい合う。
「先手は譲るぜ」
「参ります」
ロウはシルバがどのように攻撃をしてくるかシミュレーションし、全て防げる自信があった。
どこからでもかかって来いと自信満々で待ち受けていたロウに対してシルバが繰り出したのはキックだった。
所謂トンファーキックというやつだ。
「キックじゃねえか!」
ロウはバックステップでシルバの蹴りをギリギリで躱してから抗議した。
しかし、シルバは騙し討ちしたつもりがなかったので首を傾げた。
「駄目なんですか? 師匠から第一にトンファーを持ってるからといってトンファーだけで攻撃すると思うなって言われたんですが」
「正しい! 実践的で正しいけど違う、そうじゃない! 俺はトンファーで打ち合ってシルバのトンファーの実力を知るつもりだったんだ!」
「俺、教わったのは蹴りありのトンファーなんです。このやり方が普通だと思ってたので、このままやらせて下さい。ロウ先輩も手加減しなくて構いませんので」
「仕方ない。シルバの思うように戦ってくれ」
「ありがとうございます」
シルバの師匠は随分実践的な人だと思いつつ、ロウはシルバに教わった通り自由な形で戦うことを許可した。
シルバはロウが柔軟な頭の持ち主だったことに感謝してから模擬戦を再開した。
ロウはシルバが接近した時に蹴りが来る可能性も考慮しつつ応戦し始めた。
しばらく打ち合ってからロウは体の動きを止めないままシルバにコメントする。
「なかなか良いじゃん。軍学校の中でならトンファー使いを名乗れる技量はあるぜ」
「そりゃどうも」
打ち合いをしながらでも会話ができるぐらいには2人に余裕が見える。
「それにしても、シルバは徒手空拳が専門かと思ってたけどこの様子じゃ他の武器もいけそうだな」
「学生会に初めて来た時に申し上げた通り、俺の師匠が武器は一通り使いこなせるんで少しかじっただけです」
「やれやれ。少しかじっただけでこれだけやるってのは末恐ろしいな!」
ロウが攻撃のテンポを変えて攻勢に出る。
ところが、シルバは焦らずに確実に捌いていく。
それどころか足払いで自分の体勢を崩しにかかるものだから、ロウは苦笑してバックステップで体勢を立て直した。
「うん、トンファーの模擬戦はここまでにしよう。俺が教えることはないってわかったし」
「わかりました。模擬戦して気づいたのですが、ロウ先輩ってトンファーだけ使ってる訳じゃないですよね?」
「・・・それもわかっちゃう?」
「はい。ロウ先輩の動きにはかなり余裕がありました。本来であれば、投げナイフのような飛び道具を併用するんじゃないでしょうか?」
シルバの鋭い観察眼にロウは短く息を吐いた。
「正解。まさか投げナイフを使うことまで当てられるとは思ってなかったぞ」
「ロウ先輩の実力なら投げナイフを空中に放り投げてキープして戦うとかやれるんじゃないですか?」
「シルバ、俺が本気で戦ってるのを何処かで見たの?」
「いえ、戦ってみて思ったことを述べたまでです」
「やだー、この後輩優秀過ぎるじゃないですかー」
シルバに自分が本気を出した時の戦い方を言い当てられてロウは戦慄した。
自分がシルバに手解きするつもりが自分の戦い方を見切られた。
これはシルバの方が戦闘のセンスが良いことを証明するようなものだ。
「さて、この後はどうしますか? まだアル達はランニングに行ってますけど」
「投擲訓練でもするか? シルバは投擲もできるんだろ?」
「少しかじった程度ですが」
「今後そのセリフを他の奴に絶対に言うなよ? 大概の奴はシルバよりも技術で劣ってるから嫌味に聞こえる」
「人によって捉え方が違うと言葉選びも難しいものですね」
ロウの言うことはわかるけれど、シルバの気持ちとしては武器の扱いがまだまだだと思っている。
そもそも、今使っている【村雨流格闘術】だってとてもではないが極められたとは思っていないのだから、自分の実力を過信できる要素はないのだ。
言ってしまえばシルバ以外の基準が甘いせいで迂闊なことを言えない訳だ。
シルバが悪い訳ではないのに正直に話せないのは困った世の中である。
「なんだろう。シルバからこう、兄貴と同じ臭いがする」
「ソッドさんと同じってどういうことです?」
「兄貴もストイックだから知らぬ間に周囲の反感を買いやすいんだ」
「それでデイブの父親に目を付けられてたから、デイブとの戦いに俺を利用したんですね」
「うぐっ、シルバさんや、それはもう時効ではなかろうか?」
シルバが最近アルに影響されて来たのではないかと思いつつ、ロウはそろそろその件でいじらないでほしいと遠回りにお願いした。
「前向きに検討することを善処します」
「何処でそんな言葉を覚えたんだよ!? 頼むからもうこのネタは忘れてくれ!」
軍のお偉いさん、それも言い訳が得意そうな人の使うであろう発言を使うシルバにロウは恐怖を感じている。
正確にはシルバに恐怖を抱いているというよりも、その後ろにいるであろうアルに恐怖を抱いていると表現すべきだろう。
「アルから一度手に入れたネタは絶対に手放すなって忠告されてるんで無理です」
「やっぱりアルかよ!」
予想通りな展開にロウはツッコまずにはいられなかった。
それはさておき、喋っている間に休憩も終わったのでシルバとロウは投擲訓練を始めることにした。
近くを通ったメイドに投擲に相応しい場所はないか確認したところ、近所の森もオファニム家の私有地だから通行人もいなくて訓練にうってつけだろうと紹介された。
2人はジョギングして森に向かい、適当な木に持参した紐付きの的を枝に引っ掛けた。
なお、ロウが持って来た的とは5×5マスでそれぞれのマスに数字が割り振られたもののことだ。
「よし、それじゃあ気分を切り替えて投擲訓練だ。俺はいつも狙う番号を宣言してからナイフを投げてる。今回はシルバにも俺と同じ訓練をやってもらおうと思う」
「わかりました」
「早速始めるぞ。まずは16番を狙う」
ロウは宣言した番号のマスに投げナイフを命中させた。
「なるほど。じゃあ俺もやりますね。7番いきます」
シルバも宣言した番号のマスに投げナイフを命中させた。
「うん、やっぱりかじったなんてレベルじゃないわ。次は3番」
「次、13番狙います」
「21番」
「8番」
「19番」
それからロウもシルバもノーミスで1番~25番まで命中させた。
「やるな。それなら今度は動きながらの投擲だ」
自分が動きながら投擲することを想定とした訓練だが、止まっている状態からの投擲よりも難しいのは間違いない。
間違いないのだが、シルバもロウに続いてミスせずに的に当ててみせた。
「やるじゃん。流石に外すんじゃないかと思ってたんだが、全部命中させるとはなぁ」
「師匠の指導を受けてた頃に動く的に動きながら当てるなんてこともありましたから」
「シルバの師匠すご過ぎ。軍学校入学前からどんな指導してるんだよ」
「俺の師匠はデコピンで俺を吹き飛ばせる人です」
「何それ怖い」
恐ろしい師匠がいるから今のシルバがいるのだと知ったロウだった。
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