第56話 先輩方、体力なさ過ぎ?

 夏季合宿2日目の朝、シルバは6時から動ける服装で学生会メンバーと共に別荘の庭にいた。


拳者マリア体操始め!」


 エイルの号令でシルバ達は拳者マリア体操を始める。


 この体操はマリアがこの世界に持ち込んだものだ。


 運動が苦手な者も体を健康に保てる体操であると広めたことにより、ディオニシウス帝国では拳者マリア体操を知らない国民はいない。


「まずは伸びの運動です。息を吸いながら腕を前から上げ、息を吐きながら腕を横から下ろしましょう。1,2,3,4,5,6,7,8。2,2,3,4,5,6,7,8」


 伸びの運動は腕をよく伸ばしてゆっくり高く上げ、背すじを伸ばすのがコツだ。


 前に立つエイルと同じようにシルバ達は伸びの運動を2回繰り返した。


「次は腕を振って脚を曲げ伸ばす運動です。かかとの上下運動は、腕の振りに合わせてリズミカルに動かしましょう。1,2,3,4,5,6,7,8。2,2,3,4,5,6,7,8」


 シルバ達は踵を引き上げて腕を交差した状態から、腕を横に振って脚を曲げ伸ばした。


 そのまま腕を振り下ろして交差しながら踵を降ろして上げた。


 これを8回繰り返して次の項目に移る。


「次は腕を回す運動です。腕を体の外側から内側に大きく回し、それが終わったら反対に回します。1,2,3,4,5,6,7,8。2,2,3,4,5,6,7,8」


 その後も10項目の運動を行って拳者マリア体操は終了する。


「ふぅ。やはり朝一番の拳者マリア体操は気持ち良いですね」


「そうですね」


「スッキリしました」


 戦闘コースに所属していないエイルとメアリー、イェンは体操ウォーミングアップで既に運動した気になっていた。


 これで良いのかと思ったロウがエイルに話しかける。


「エイル、まさかとは思うけどこれで終わりじゃないよな?」


「も、勿論です。学生会たるもの学生達の見本になれるよう、最低限の戦闘能力がなければなりません。拳者マリア体操だけで終わるはずないじゃないですか」


 とは言いつつエイルの目はロウに話しかけられた時に泳いでいた。


 1日目はお互いについて考え方や性格を理解することのみに焦点を当てたけれど、2日目からは体を動かして鍛えることがメインになる。


 だからこそ、エイルが体操しただけで満足していないかロウは心配になった訳だ。


 このままエイルに任せていてはぬるま湯に浸かるようなプログラムになると判断し、ロウが進行は自分に任せてもらうことにした。


「エイル達に戦闘のエキスパートになれとは言わないが、できれば自分の身は自分で守れるようになってほしい。それが無理でも時間稼ぎができるぐらいにはなってもらいたいところだな。ということで、まずは基礎固めから始めよう。縄跳びするぞ」


 ロウは自分が用意しておいた縄跳びを全員に渡す。


 本当はランニングをさせたいところだが、すぐにグダグダになりそうなメンバーもいるので、適度に休憩を入れられる縄跳びをロウはチョイスしたのだ。


「前跳び100回。それを3セットこなしてもらうぞー」


 ロウに牽引されてシルバ達は前跳び100回を3セットこなした。


 エイルはまだ余裕がありそうだが、メアリーは既に座り込んでしまっている。


 イェンはメアリーほど疲れていないものの膝に手を当てて息を整えている。


 (先輩方、体力なさ過ぎ?)


 シルバは全く息が乱れていない。


 まさかこの程度で疲れてしまうとはと選択したコースの違いによる影響に驚いた。


「なんだなんだ? もう終わりか? 諦めんなよ! もっと熱くなれよ!」


「ロウ先輩、熱血系キャラが似合わないですね。薄っぺらいです」


「虫・・・」


「フッ、アルはさておきイェンの罵倒もキレが落ちてるな。俺は全然へっちゃらだぜ」


 いつもなら容赦なく罵倒するイェンだが、息が完全に整っていないせいで思うように喋れない。


 そのせいで虫の一言しか喋れなければ、ロウに精神的ダメージを与えることなんてできない。


「もう少し休憩したら後ろ跳び100回。それを3セットだ」


 休憩時間が終わって後ろ跳び100回を3セットこなした結果、メアリーがもう駄目だと庭に寝転んだ。


 エイルは膝に手を当てて息を整えており、イェンは先程のメアリーのように座り込んでしまった。


 なお、戦闘コースの3人はピンピンしている。


「なんだよ、もうへばったのか?」


「ロ、ロウ、私達は、戦闘コースじゃ、ないんです」


「無理ですぅ」


「虫の、分際で、マウント、クソ」


 イェンが先程よりも更に罵倒のキレが落ちているため、普段毒を吐かれまくっているロウが意地の悪い笑みを浮かべる。


「おやおやおやぁ? イェンはどうしたのかにゃ? 限界なのかにゃ? にゃにゃ?」


 (ここぞとばかりに煽るじゃん。イェン先輩が回復した後のこと考えてる?)


 シルバはロウがイェンを煽っている姿に苦笑し、疲れている3人を休ませてあげようと助け舟を出すことにした。


「ロウ先輩、普段言い返せないからってここぞとばかりに煽るのは器が小さいです。そんなことをするぐらいなら俺と勝負をしませんか?」


「うぐっ、シルバ、お前も言葉のナイフを隠し持ってたか。だが良いだろう。俺も肉弾戦が得意な者として、シルバには先輩としての威厳を見せたいと常々思ってたんだ」


「威厳? 最初からなかったですけど?」


「アルゥゥゥ! 俺にも先輩っぽいところあるだろ!?」


「あぁ、ありました! お兄さんの政敵をシルバに倒させたり、へばってる後輩を虐めてるところですよね!?」


「がはっ!?」


 アルの発言は悪意に満ちており、ロウは膝から崩れ落ちた。


 どれも先輩としてカッコ悪いところであり、その自覚がロウにもあったからである。


 学生会において口が達者なのはアルだとその場にいる全員が感じた瞬間だった。


 それでもロウは立ち上がってシルバの方を向く。


「シルバ、何で勝負するつもりだ? 模擬戦でもするのか?」


「俺はそれでも構いませんが、折角ここに縄跳びがありますので二重跳びサドンデスでどうでしょう?」


「なるほど。先に縄に引っかかるか止めた方が負けってことだな? 良いぜ。やろう」


「では、僕が審判をさせていただきます」


 シルバとロウの勝負が決まったところでアルが審判を買って出た。


 それ以外のメンバーは審判をできる状況ではなかったため、誰も反対することはなかった。


 ロウはアルが審判をすることに対し、シルバ贔屓の判定をすることはないと考えている。


 それはシルバが純粋な結果でのみ勝敗を決めることを好んでいると知っているからだ。


 2人の準備ができたのを確認してアルは開始の合図を出す。


「よーいドン!」


 シルバもロウも体力を無駄に消費しないようにするため、必要最低限の動きで二重跳びをこなしていく。


 それを見て戦闘コースではない3人がポカンと口を開けていた。


 自分だったら1回で終わるか、できても3回ぐらいで縄に引っかかりそうなのになんでこんなに簡単そうにできるのかと目の前の光景が信じられないようだ。


 その一方でシルバとロウはかなり余裕そうである。


「シルバ君もロウ先輩も引っかかる気配がしませんね。このままだとしばらく続きそうですし、難易度を上げるためにしりとりをしてもらえませんか?」


「俺はOKです。ロウ先輩も余裕ですよね?」


「後輩にそう言われちゃ引き下がれないな。やろうぜ」


 アルの提案にシルバとロウが賛成し、二重跳びサドンデスにしりとりを追加することになった。


「先攻良いですか?」


「おう」


「林檎」


「胡麻」


「マント」


「トンファー」


 ロウの回答が終わってシルバはどの文字からスタートかわからず即答できなかった。


「ロウ先輩、この場合ってファから始まる言葉ですか? アからですか?」


「俺が兄貴とやる時は前者だったぜ」


「そうですか。ファイル」


「留守」


「スルー」


「ルアー」


「アピール」


「る攻め・・・だと・・・」


 シルバが自分の回答に全て”る”で終わる言葉で返してくるものだから、ロウにプレッシャーがかかった。


 その後、マリアに叩き込まれた教養が役に立ち、シルバは完全にロウを沈黙させてしまった。


 考えるのに集中し過ぎた結果、ロウの足元が疎かになって縄に引っかかってしまった。


「やべっ!?」


「そこまで! シルバ君の勝ちです!」


「「「おぉ!」」」


 観戦している間に休憩できたことでエイル達3人は普通に立てるようになっており、シルバがロウに勝ったことで拍手した。


「くっ、る攻め強過ぎるだろマジで」


「虫」


「なんだよイェン?」


「最高学年の虫が1年のシルバに負けてどんな気持ち? ねえ、どんな気持ち?」


「ぐぬぬ・・・」


 回復したイェンに反撃されてロウはしてやられた。


 その後、メイドがシルバ達を呼びに来たため、早朝の運動を終了してシャワーを浴びてから朝食を取ることになった。

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