第55話 ヒャア、堪んねえ! キンキンに冷えてやがる!
夕食後、エイルから午後8時に談話室に集合と言われて一旦風呂やシャワーのための自由時間に突入した。
オファニム家の別荘は軍学校の学生寮にはない大浴場があり、それが男湯と女湯のそれぞれにある。
それどころか、忙しい使用人のために同時に3人まで入れる個室仕様のシャワー室まである。
そのおかげでアルは性別バレを気にせずにシャワー室を使って体を綺麗にできた。
アルがシャワーを浴びている間、シルバはロウと共に男湯に浸かりながらロウがアルの使っている個室に突撃しないように見張った。
ロウは滅多にできない贅沢だからと体がふやけるまで入ると言ってシルバよりも後に出た。
シルバが部屋に戻った時、アルがその音に気づいてシルバの部屋にやって来た。
「ロウ先輩を見張ってくれてありがとね」
「それは良いけどアルは大浴場に入りたくないの?」
「入ってみたいけどここで身バレするのは避けたいもん。我慢するよ」
「そうか」
無理に風呂に誘う訳にもいかないので、シルバは本人がそう言うならば仕方ないと割り切った。
約束していた午後8時が近づいて来たからシルバとアルが談話室に向かうと、漉しに手を当ててコップに注がれた牛乳を一気に飲み干したロウと遭遇した。
「ヒャア、堪んねえ! キンキンに冷えてやがる!」
「ロウ先輩、良い飲みっぷりですね」
「ロウ先輩、おじさん臭いですね」
「いやぁ、風呂上がりの牛乳は最高だぜ! つーか、アル、誰がおじさんだって?」
「すみません先輩。僕にはあれをおじさん臭い以外の表現では語れませんでした」
アルには取り繕う気が全くないようだ。
そこにエイルとメアリー、イェンに加えてクレアがやって来た。
「遅くなってすみません。クレアも仲間外れは嫌だということで、夜のプログラムに参加してもらうことになりました」
「という訳でよるしくねー」
エイルに紹介されたクレアは迷うことなくロウの隣に座った。
「ロウ先輩、本当に付き合ってたんですね」
「ごめんなメアリーちゃん、俺にはクレアがいるから君とは付き合えないんだ」
「なんで私が告白してフラれたみたいになってるんですか!?」
メアリーは頬を膨らませて抗議した。
自分は別にロウのことなんて好きじゃないのになんでそうなると怒っている。
怒るメアリーに対してクレアが悪ノリする。
「ごめんねメアリー。ロウは私のものなの」
「別に略奪する気なんてないですってば!」
ロウだけなら対処できるメアリーもクレアが出て来ると分が悪いらしい。
困っているメアリーを助けたのはエイルだった。
「そこのカップル、メアリーで遊ぶのを止めなさい」
「「はーい」」
間違ってはいないけれど、メアリーとではなくメアリーでとズバリ言ったことでメアリーが追い打ちを受けていた。
3日間の夏季合宿はメアリーにとって我慢を強いられる苦しい展開になるかもしれない。
「さて、今から夜のプログラムを始めます。このプログラムでは皆さんの対応力や考え方を知ると共に、いざそうなった時に焦らないようにする訓練でもあります。準備は良いですか?」
エイルの問いかけに全員が頷いた。
事前に質問がでることもなかったため、エイルは早速プログラムを始める。
「皆さんは割災に巻き込まれて異界に飛ばされてしまいました。そんな時、貴方達は何を必ず持っていくでしょうか?」
(あの時は手ぶらだったっけ。マリアは元気にしてるだろうか?)
エイルはたらればの話で質問をしたが、シルバにとってそれは忘れられない過去である。
自分が異界に飛ばされた時のことを思い出してシルバは遠い目をした。
マリアに助けてもらったから今も生きていられるけれど、そうじゃなかったら間違いなく餓死してモンスターの餌になっていたに違いない。
また、異界と聞いてあっちに置いて来てしまったマリアのことを思い出してしまった。
いや、正確には置いて来たというよりもマリアに異界から追い出されたと表現すべきだ。
何故ならマリアは割災のタイミングを狙ってシルバをデコピンで元の世界に送り返したのだから。
シルバが完全に別の内容を考えていると判断したアルはシルバの肩を揺らす。
「シルバ君、シルバ君」
「ん? どうしたアル?」
「どうしたはこっちのセリフだよ。大丈夫かって会長が訊いてるのに全然反応がないんだもの」
「あぁ、すみません。ちょっと考え事をしてました」
自分に注目が集まっていたことに気づいてシルバは謝った。
「いえ、眠くてぼーっとしてた訳でないのなら構いません。後程理由も含めてそれぞれに発表してもらうので考えて下さい。シンキングタイムは3分です」
シルバ達は与えられた時間で考えてあっという間に3分が経った。
「そこまでです。最初はロウから聞きましょうか。ロウ、発表して下さい」
「おう。俺が異界に持ってくならいつも使ってるトンファーだ。最初は食糧って考えたけど、いつ帰れるかわからないなら持ち運べる分なんてすぐに食べちまう。だったら狩りに使える武器を選択するぜ」
「戦闘コースらしい考え方ですね。モンスターを食べる研究も進んでますから、食べて良い部分だけ食べれば確かに生き残れるでしょう。ありがとうございました」
エイルはロウの考えを聞いてなるほどと頷いた。
生物は食べ物がなければ死んでしまう。
それを調達できる力があるのならばロウの考えは納得できるものだった。
「ロウが答えたし次は私でも良いかしら?」
「どうぞ」
次に回答すると名乗り出たのはクレアだった。
エイルは妹ともしも異界に行くとしたらなんて話をしたことがなかったので、妹がどう答えるのか興味津々である。
「私ならろ過装置を持ってくわ。飲む分にも薬を調合するにも綺麗な水は必要だから」
「その通りだと思います。私も実はクレアと同じ考えです。綺麗な水がないと多くの薬品を作れないですから」
薬品さえ作れれば戦うにも生き残るにも有利という考えは、同じ衛生コースに通っていることもあって姉妹で共通しているようだ。
その次に答えるのはメアリーである。
「私なら実家で雇ってる用心棒を連れて行きます。私には戦闘力が皆無ですから、料理や寝床の作成を請け負って用心棒には外敵から身を守ってもらいます」
「私も同じです。と言っても実家に用心棒はいないので、合同キャンプで優秀と評判のシルバを連れて行きます」
「俺ですか?」
メアリーとイェンの考え方は似ていたが、出自が違うので連れて行くメンバーが違った。
まさかイェンから指名を受けるとは思っていなかったため、シルバは目をパチパチさせた。
「シルバは戦闘もできるし賢いです。それに料理やお菓子も作れます。ハイスペックなシルバがいれば、協力してサバイバルに必要な物をサクサク用意できると考えました」
「「確かに」」
メアリーとアルがその通りだと頷いた。
エイルも首を縦に振っている。
「合同キャンプでミッションをコンプリートした1年生を連れてくのはありかもしれませんね。では、メアリーと一緒に頷いてるアル君は異界に何を持って行きますか?」
「僕はシンプルにナイフですね。僕は魔法系スキルを使えますけど、MPが底をつきそうな時の護身用にナイフがあると安心できます」
「アル君が一般的な答えというのは珍しいですね。てっきりシルバ君を連れて行くというと思ってました」
「僕ってそんなにシルバ君とべったりなイメージなんですか?」
アルの問いにシルバを除いた全員が頷いた。
シルバも見えるように頷いていないけれど、他のメンバーと同じ気持ちである。
「まあ、否定はしませんけどね。ただ、今回の質問では何を持って行くかと訊かれたので対象が物だけだと思ったんですよ。シルバ君は物じゃありませんから除外しただけです」
「質問をどう解釈するかも含めての問題ですからその考え方も勿論ありですよ。では、最後にシルバ君ですね。貴方は何を異界に持参しますか?」
エイルだけでなくその他のメンバーもシルバがどう答えるのか注目している。
軍学校に入った最初の年にいくつもの話題を生み出したシルバに注目しないはずがない。
「俺は寝袋ですね。武器がなくとも戦えますから狩りもできます。火も起こそうと思えば起こせますし、水も出そうと思えば出せます。寝て体力を回復しないとサバイバルはやっていけませんから、上等な寝袋があったらありがたいです」
「シルバ君はサバイバル能力が高いですね。寝袋まで気が回るなんて羨ましいです」
(そこは経験の差だろうな)
異界にいた経験がある者とない者で差が出るのは当然だ。
他のメンバーもエイルに賛同するように頷いていた。
一巡したところでメアリーが大きな欠伸を隠せなくなったため、1日目のプログラムを終了して今日は解散となった。
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