第6章 拳者の弟子、帝国軍を見学する
第61話 あいつを見てるとどーにも昔の自分を思い出すんですよね
学生会の夏季合宿が終わった翌日、シルバとアルは軍学校の校長室に呼び出されていた。
「シルバ、アリエル王女、よく来たな。合宿中の不運とはいえ、怪我人を出さずにレッドのモンスターを倒せるとは大したものだ」
「恐れ入ります」
「恐縮です」
「ところで、送ってもらったレッドブルは頭部と皮、骨、魔石しかなかったんだが肉はまさか?」
「美味しくいただきました」
「モンスターの肉を初めて食べましたが美味しかったです」
異界でサバイバル経験のあるシルバのことだから、きっとレッドブルを美味しく食べる方法を知っているだろうと思えばこそ興味が湧くのだ。
「レッドブルはそんなに美味かったのか?」
「牛肉よりも美味いです。腐らせるのは勿体ないので、焼肉パーティーをして全部食べました」
「モンスターの肉を食べるという発想は考えつく者はいても実行する者はいない。異界帰りならではの発想だろうな。だが、食べられるモンスターがいるとわかれば軍もモンスターを積極的に狩るだろう。そうすれば、食糧不足になることもあるまい」
「食べ物に余剰が出たら孤児院にもちゃんと回して下さい。孤児院で満腹になった覚えがありません」
シルバはここぞとばかりに孤児院の待遇向上を打診した。
彼は孤児院に寄付をするような優しい性格をしていない。
しかし、ひもじさは人に醜い争いをさせてしまうし、中には犯罪に手を染める孤児もいると知っている。
それゆえ、孤児達がなりふり構わずに行動しなくなるように頼んだのだ。
「絶対という約束はできないが、私の意見として政治家共に提言しておこう。孤児達が学んで活躍できるようになれば未来の帝国は人材に困らなくなるかもしれないからな」
ジャンヌは前線から身を引いた教育者であり、後進の育成に興味がないなんてことはあり得ない。
だからこそ、実際に決めるのは政治家だが自分の地位ならばある程度影響を与えられるだろうと思ってシルバではなく自分の意見として提言すると言った。
いくら強くてもまだ学生で
シルバもその方が良いと思ったから無言で頷いた。
「オホン、改めて多くのモンスターの死体を送ってくれたことについても礼を言おう。あれらは軍の研究施設に運び込まれた。シルバ達が倒してくれたモンスターの状態は今までに軍が確保した中でも良い方だ。きっと有意義な使い方がされるだろう」
「そうなってくれると嬉しいです」
「私もそう願ってる。さて、学生会の夏季合宿で起きた割災による被害が出なかったことについて、2人の階級が今のままではいただけない。だから、
「ありがとうございます」
「
「お礼申し上げます」
バッジを貰ったことにより、シルバは
「シルバもアルも合同キャンプの実績で昇格するにはあと少し足りなかっただけだ。今回の一件は文句なしにその差を埋めた。おめでとう。これからも期待してるぞ」
「「はい!」」
ジャンヌがシルバとアルに期待しているのは決してリップサービスではない。
シルバはなんと言ってもマリアの弟子であり、異界を生き抜いた経験を戦闘面でも文化面でもフィードバックしてくれた。
アルはシルバのせいで目立っていないけれど、例年の1年生と比べれば非常に賢くレッドのモンスターと対峙しても怯えない度胸がある。
2人がどんどん昇格して帝国軍に良い影響を与えてくれれば嬉しいとジャンヌが考えるのも当然だと言えよう。
「ところで、まだ夏休みは始まったばかりな訳だが、シルバとアルに学生会業務以外の予定はあるのか?」
「クレア先輩に3級ポーションの調合を教わったり、ジーナと新商品の開発をする約束があります」
「僕もそうです」
「待て。その口振りだと2人は4級ポーションを作れるのか?」
シルバ達から気になるワードが飛び出して来たので、ジャンヌはうっかり流して自分の用件を話す前に踏み止まった。
「作れます」
「僕もシルバ君みたいに100%ではありませんが、10回に9回は作れるようになりました」
「末恐ろしいな。いや、こんな学生が少しずつでも増えれば軍の未来は明るいか」
2人が戦闘コースなのに調合もできてしまうと知り、ジャンヌは今後もっと娘達から2人の情報を引き出すようにしようと心に決めた。
執務が忙しくて娘達と話す機会が減っていることもあり、シルバとアルに関する情報を娘達から聞けなかった。
その結果、今聞いたようにシルバとアルが調合もできるというとんでもない情報がサラッと耳に入った。
2人のような学生を未来の帝国軍のスタンダードにするならば、2人の情報をもっと集めてどう育てれば良いか考えなければならない。
今後も2人は要注目である。
「3級ポーションの話はさておき、シルバとアルは軍の見学に興味はあるか?」
「「あります」」
「そうか。では、5年生に混ざって軍の見学に参加する許可を出そう」
シルバとアルが即答するとジャンヌは準備が無駄にならずにホッとした。
アルは軍の見学について気になったことを訊ねる。
「それは夏休みに行われるんですか?」
「その通りだ。本来、5年生の夏休みは軍に入る前最後の夏休みだから、よっぽどの事情がない限り5年生は見学に参加するんだ」
「その機会に僕達が混ざって良いんですか?」
「構わん。見込みのある1年生がいるなら早めの顔繫ぎとして参加する方が後々その繋がりが生きるはずだ」
アルの懸念事項はあっさりとジャンヌによって懸念事項ではなくなった。
彼女にとっても軍の見学はコネ作りは必要だから、早々に軍の内部とコネを作れる機会を無視できなかったのだ。
今度はシルバが挙手した。
「軍の見学は夏休みのいつ行われるんですか?」
「3日後から2日間だ。軍も仕事があるから1週間張り付いて見学ってのはできない。詳細はエイルから聞くと良い」
軍人だって暇ではない。
見学の間、どうしても業務効率が落ちてしまうだろう。
見学期間が長ければその分だけ業務が遅れてしまうため、5年生による軍の見学は夏休みに2日間と決まっているのだ。
部署によっては業務体験ができるようにしてくれる所もあるが、それも担当者次第なので確実とは言えない。
そういった事情からジャンヌもあまり期待ばかりさせることも言えなかった訳である。
ひとまず2人を呼び出した用件は済んだため、シルバとアルは校長室から出て行った。
それと入れ替わる形でポールが校長室にやって来た。
「シルバとアルが来てたんですね。割災の件ですか?」
「その通りだ。シルバとアルをそれぞれ1つ上の階級に昇格させた」
「シルバは1年生で
「なんだハワード? 何か異論があるのか?」
ポールの発言に含みを感じたのでジャンヌはポールに自分の考えを話すよう促した。
「俺自身がやっかんでる訳じゃないんですが、教師陣で同じ階級に並ばれた連中は色々思うところがあるだろうなと思いまして」
「それは仕方あるまい。軍は年功序列ではなく実力主義なのだから。大体、ハワードもこの前提出したレポートで
「若い内に偉くなるとあっちこっちで使い倒したり潰そうとする奴がいるじゃないですか。俺の軍学校時代の同期で過労が原因で除隊した奴を何人も見てます。だから昇格したくなかったんですよ」
「・・・確かに否定できないな。私の力が及んでない部分では階級で脅して仕事を押し付けるような輩もいると聞く。ハワードはシルバが使い倒されることを心配してるのか? 面倒臭がりなくせにちゃんと教師してるじゃないか」
ポールが心配する内容に心当たりがあったが、それよりもジャンヌとしてはポールがシルバのことを心配しているという事実に感心した。
「あいつを見てるとどーにも昔の自分を思い出すんですよね。まあ、できる範囲で陰ながら応援しますよ」
「そうしてくれ。シルバはいずれ軍を背負って立つ可能性もあるからな」
「了解しました」
この後、ジャンヌとポールはシルバの話を終えて別の話題に移った。
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