第14話 ぼ、僕は好きで男装してる訳じゃないよ!

 アルは部屋着を着た後に洗面所から出て来た。


「ごめんね、待たせちゃって」


「大して待ってないから気にすんな。それで、これからどうすんだ?」


「え?」


「何ボケっとしてんだよ。男って偽ってたのは何か事情があんだろ? 今後も誤魔化すつもりなら手伝ってやるからどんな協力が必要なのか言ってみろよ」


「・・・僕の過去を訊かないの?」


 シルバが過去ではなくこれからのことに目を向けていたため、アルは想定外の事態にきょとんとしていた。


「訊かれたくない理由があるんだろ? そうじゃなきゃただの男装好きだし」


「ぼ、僕は好きで男装してる訳じゃないよ!」


「だろ? こいつは俺の持論だけど、生きてりゃ他人に話せないことの1つや2つあるさ。出会って数日の俺にそれを話せるとは思ってない。だから、俺はアルの過去を訊くつもりはない。話したいって言うなら別だけど」


「そっか」


「おう」


 アルは少しの間無言で考えて結論を出せたのか力強く頷いた。


「シルバ君を信じて話すよ。いや、どうかシルバ君に訊いてほしい。そして、僕を助けてほしいな」


「何も聞いてないから確約はできない。でも、できる範囲で手伝ってやる」


「ありがとう。まずは絶対に内緒にしてほしい。僕はアルって名乗ってたけど、本当の名前はアリエルって言うんだ」


「アリエル。良い名前じゃん」


「ありがとう。僕もこの名前は気に入ってるんだ。死んだ母さんから残してもらえたもので僕が唯一持ってるものだから」


 そう口にしたアルの表情に影が差した。


「アリエルの父親はどうしたんだ?」


「僕に父親なんていない。母さんに手を出して妊娠したとわかったら追放したあいつは人間のクズだ」


「追放? もしかして、アリエルの父親は苗字があったりする?」


「あるよ。サタンティヌスって仰々しい苗字が」


「・・・サタンティヌス。つまり、アリエルは隣国の王様の庶子なのか」


 サタンティヌス王国はディオニシウス帝国の隣国である。


 アルの父親の苗字が国名と同じということは、アルがサタンティヌスの国王の血筋であることを意味する。


「うん。あのクズが当時メイドだった母さんに手を出して子供を作ったの。でも、正妻達にそれがバレて王城から遠ざけるように言われて僕を身籠った母さんを追放したの」


「その後どうなったんだ? アリエルがここまで大きくなれたのはアリエルの母さんのおかげなんだろ?」


「そうだよ。母さんは女手一つで僕を育ててくれたの。でも、僕が大きくなって魔法が使えるってわかったらクズ共に存在がバレる可能性が出て来た。それで僕と母さんはサタンティヌス王国にはいられないから逃げ出したんだ」


「一度王城を追放されたってのにまだ追われるのか?」


 シルバの疑問に対してアルは頷いた。


「追われるよ。今いる王子と王女は魔法が使えないって話だもの。サタンティヌス王国だって一枚岩じゃないから、僕を担ぎ上げて中枢に食い込もうとする連中だっているかもしれない」


「大変だな。アリエルの母さんは戦える?」


「戦えないよ。ただのメイドだったんだもん。それに、母さんは僕達がこっちの国に着いてすぐに流行り病で死んじゃったから僕にはもう家族がいないんだ」


「・・・そうか。それは辛いな」


「暗い話をしちゃってごめんね。シルバ君は家族を大事にしなくちゃ駄目だよ? 間違っても隣国のクズみたいになっちゃ駄目だからね」


「俺は孤児だ」


「えっ・・・」


 シルバは孤児であり、物心つく頃には両親のどちらとも存在しなかった。


 育てられた孤児院も割災に巻き込まれた孤児をいつまでも探すはずがなく、とっくに死んだと思われているだろう。


 両親がいないから寂しいという気持ちもなければ親しい友人もいない。


 そういう意味ではシルバもアルも似ている。


「俺は気づいたら孤児院にいて、孤児院で他の孤児と一緒に育てられた。だけど、孤児院には孤児が多くて院長も全員の面倒なんて見てられないから適当な扱いを受けてた」


「そ、そうだったんだ。でも、それならシルバ君があんなに強いのはなんで? シルバ君が育った場所を悪く言うつもりはないけど、孤児院にいるだけで賞金首を2人も倒せる強さは手に入らないと思うんだけど」


 アルの疑問は当然のことだった。


 ディオニシウス帝国で孤児となる者は戦災孤児や口減らしとして小さい内に捨てられた子供である。


 割災でモンスターが現れたり賞金首と遭遇し、軍人として戦った者が死んでその子供が孤児になった場合は生き残った軍人が養子として引き取るケースもある。


 しかし、口減らしとして捨てられた場合は劣悪な環境の孤児院で育つ可能性が極めて高い。


 そんな場所にいてどうやって賞金首を2人も倒せる実力を身に着けたのかと気になるのは自然だろう。


 仮に孤児院でシルバがその強さを手に入れたのだとしたら、シルバがいた孤児院が有名にならないはずがない。


 アルがディオニシウス帝国に来てからまだ1年も経ってないとはいえ、無名の孤児院での指導だけでシルバみたいな強さは手に入らないはずだ。


 (どうしたものか。マリアの名前だけ伏せて説明してみる?)


 シルバは真実を話すとマリアの部分で絶対に揉めると思い、マリアに関する部分だけ上手いことぼかして説明することにした。


「俺の方も他言無用で頼む。それが守れるなら話す」


「守るよ。シルバ君にも僕のことを内緒にしてもらうんだし」


「助かる。実は、俺が6歳の時に割災に巻き込まれて異界に飛ばされた」


「異界ってあの異界?」


「俺が知る異界は1つだけだから多分合ってる」


「生き延びて戻って来るなんてすごいね。一生分の運を使い果たしちゃったのかも」


 アルはシルバの話を聞いて目を見開いた。


「確かに運が良かった。異界に飛ばされた日、師匠が俺のことを拾ってくれたんだ」


「師匠ってシルバ君の戦いの師匠だよね? 異界に飛ばされた人がシルバ以外にもいたんだ?」


「戦いだけじゃない。勉強とかサバイバル術とかも教わった。本当に偶然としか言いようがない」


「その人に感謝しないとね。シルバ君を育ててくれなかったら、僕はシルバ君と出会うこともなかったんだから」


「そうだな。異界で行き倒れてた俺を助けてもらったことを感謝してるよ。あの時は空腹のまま異界に飛ばされたからもう駄目だと思ったぜ」


「食べられる時に食べないとって言葉の重みがよくわかったよ」


 アルはシルバの大食いに対する考えのルーツを知り、それが冗談でも何でもなく実体験から紡がれたのだと思うとシルバへの好感度が上がった。


 自分にも負けず劣らず不幸な生い立ちから軍学校戦闘コース主席入学までやってのけたシルバを見て、アルはシルバと自分にしか理解できないこともあるだろうと思ったのだ。


「話が脱線しちゃったけど、アリエルの今後について話そう。まずは呼び名だけど、アルで統一した方が良いよな?」


「そうだね。シルバ君にアリエルって本名を褒められたのは嬉しいけど、シルバ君がうっかり本名で僕を呼んじゃうのは不味いもん。使い分けるのは危険だよ」


「了解。他はどうする? 差し当たって、この部屋ではシャワーとトイレには気をつけよう」


「うん、お願いね。シャワーに乱入されたりとかトイレに入ってる時に突撃されるのはちょっとね」


「既にアルが俺に全部見せてるから今更じゃないかとも思うけど」


「・・・それは忘れて。お願いだから」


 我ながら軽率な行動だったとアルが両手で顔を覆う。


 アルの顔は恥ずかしさから真っ赤になっているが、シルバはそれを指摘するような意地悪な真似をしない。


「安心しろアル。俺が口外しなければなかったも同然だから」


「絶対だよ。絶対だからね? 絶対に秘密にしてね? もしも口外しちゃったら・・・」


「口外しちゃったら?」


「シルバ君に責任を取ってもらう」


「責任を取るってつまりはそういうことか?」


「ぼかしちゃ駄目。僕のことをお嫁さんにしてもらうからね」


「気をつける」


 10歳でアルに対して責任を取れるとも思っていないので、シルバは発言に気をつけることを宣言した。


「問題はクラスメイトと一緒に着替える時だね。早着替えには自信があるけど、僕がうっかり油断してる時にシルバ君みたいに突撃されたらアウトだ。そこで思いついたんだけど、シルバ君はいざって時に僕の壁になってもらうからみんなとタイミングをずらして一緒に着替えよう」


「それは俺に着替えを見られるのでは? いや、じろじろと見る気はないけどアルの壁になる位置をキープするにはアルがどこにいるか把握しなきゃいけないんだし」


「シルバ君には既に見られちゃってるからそこはもう仕方ないよ」


「さっきと言ってることが矛盾してるぞ」


「状況は刻一刻と変わるんだよ」


「解せぬ」


 この後もシルバとアルはアルの秘密を守るための打ち合わせを時間が許す限り続けた。

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