第24話 ホットドッグは飲み物だ
翌朝、シルバとアルは学生寮を出てから新人戦の会場に向かう途中でジーナとサリーの店に立ち寄った。
昨日利用した時は空いていたが、店を出る時には団体客をジーナが引き込んでいた。
今日は朝食を2人の店で食べられるだろうかと不安に思っていると、残念ながらその不安は的中してしまった。
「滅茶苦茶並んでんじゃん」
「すごいね。昨日と同じ店に来たとは思えないや」
ジーナとサリーの店の立地は決して良いとは言えず、学生寮からグラウンドに向かう動線上にこの店はない。
それにもかかわらず、朝早くから2人の店には行列ができていた。
「いらっしゃい! ここで食べればシルバやアルに並べるかも! ゲンを担いでみませんか!? ハンバーガーならJ&Sバーガーをよろしく~!」
(ジーナ、ほんっとうに商魂たくましいな)
ジーナが自分達の昨日の結果を利用して客引きしながらハンバーガーのテイクアウト対応をしているのを見て、シルバは大したもんだと感心していた。
それは隣で苦笑しているアルも同じらしい。
「ジーナちゃん恐るべしだね」
「それな。これじゃ俺達がここで食べるのは難しいか」
「うん」
J&Sバーガーでの朝食は難しいと判断してシルバ達が踵を返すと病人みたいに顔色が青白い男子学生が立っていた。
「やあ。君達がシルバ君とアル君だね?」
「どちら様で?」
知らない人から声をかけられたため、シルバはストレートに誰だと訊ねた。
「あぁ、ごめん。名乗ってなかったね。僕はS3-1所属で
(この人がメンタルが弱いけど準備はばっちりしてたアドバイザーか)
ユーリの自己紹介を聞いてシルバは納得した。
悪い人ではなさそうだし、賢そうに見えるが幸薄い感じが滲み出ている。
シルバはユーリが色々と苦労しそうだと感じた。
「ご丁寧にどうも。俺はB1-1所属で
「同じくB1-1所属で
「昨日はペアの部優勝おめでとう。それとありがとう。僕は倒れてて何もできなかったけど、ペアの部の優勝者が彼女達のハンバーガーの広告塔になってくれたおかげで今日は開店早々大盛況なんだ」
(広告塔になった覚えはないけどまあ良いか)
ジーナが勝手にやっているだけでユーリが勘違いしているだけなのだが、このタイミングできっぱり違うと言えばユーリがショックで倒れてしまうかもしれない。
それゆえ、シルバはジーナのやり方を追認することにした。
「いえいえ。聞いたところではユーリ先輩がジーナ達のために仕入れで頑張ったと聞きました。俺達の効果で客足が伸びたとしても、それに対応できるだけの食材を調達したのはユーリ先輩のお力あってのことでしょう」
「・・・そう言ってくれると少しは先輩らしいことができたって思えるよ。シルバ君、アル君、良かったらこれを貰ってくれないか?」
そう言ってユーリが差し出したのは紙袋だった。
袋の中から良い匂いがしていることから中身はハンバーガーに違いない。
「良いんですか?」
「勿論さ。昨日は僕の代わりにジーナとサリーを助けてくれたからそのお礼だよ。朝ご飯はまだだろう? これでも食べて今日も頑張ってほしいな」
「そういうことならありがたく頂戴します」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
シルバとアルはユーリからハンバーガーを貰ってグラウンドへと向かった。
グラウンドの控え席にはシルバ達のようにテイクアウトできる料理を持って来て食べている1年生もちらほらいた。
シルバ達が椅子に座って袋の中に入ったハンバーガーの包み紙を開くと、その中身はトリプルチーズバーガーだった。
昨日よりも1段多いことに気づいてアルは目を丸くしていた。
「僕にはちょっと多いかもしれない」
「そっか。残しそうなら食べてやるから安心して食ってくれ」
「・・・大丈夫! 僕だけで食べてみせるから!」
アルは食べ残しをシルバに食べてもらうことが間接キスになると気づき、慌てて自分の分は食べきってみせると言った。
シルバは間接キスのことに気づいておらず、アルもなんだかんだでお腹が空いているのかと勘違いしていた。
シルバとアルがトリプルチーズバーガーを食べていると、そこにクラスメイトのヨーキとソラ、リクがやって来た。
「おっす。美味そうな匂いがするな」
「「美味の匂い」」
「おはよう。これはJ&Sバーガーのトリプルチーズバーガーだ」
「マジか。大行列だったから買うの諦めたんだよなぁ。もっと早起きすりゃ良かったぜ」
「トリプル?」
「メニューにない」
「「「え?」」」
ソラとリクの発言にシルバとアル、ヨーキが首を傾げた。
「トリプルチーズバーガーってメニューにないの?」
「ない」
「裏メニュー」
「なるほど。ユーリ先輩の気持ちが1段増えたお肉とチーズに込められてるんだね」
アルの質問にソラとリクが短く答え、アルはそれを聞いてユーリがやり手だと思った。
紙袋を渡すタイミングで裏メニューのトリプルチーズバーガーだと言えば、行列に並ぶ学生達がその会話を聞いて自分達にもそれを食べさせろと言い出すかもしれない。
だからこそ、紙袋に入れてお礼だと言って渡したのだ。
それが裏メニューだとバレたとしても、その時には既に店から離れているのでわざわざ店に裏メニューが欲しいと言いに来る学生はいないだろうと考えたのである。
「「じー・・・」」
「すまん、これは俺達の大事な朝食なんだ」
「ごめんね」
「リク、昼休み」
「了解。バーガー」
ソラとリクの2人は昼休みに絶対にJ&Sバーガーに行くと心に決めたようだ。
シルバはトリプルチーズバーガーからソラとリクの意識を逸らすために別の話題を振った。
「ヨーキやソラ、リクは朝に何を食べたんだ?」
「「「大食いチャレンジ」」」
「朝から大食いチャレンジしたのかよ」
「景気づけにな」
「余裕」
「完食」
「大食いチャレンジでは何が出たんだ?」
「ホットドッグだ」
「昨日は知らなかった」
「今日は昨日の分も食べた」
ホットドッグの大食いチャレンジの店は学生寮からグラウンドまでの間にあった。
シルバとアルも大食いチャレンジの客引きの声は聞こえていたが、昨日はジーナに引っ張られるようにしてJ&Sバーガーに連れて行かれたから周りを見る余裕がなかった。
今日は最初から2人の店にいくつもりだったから、注意して他の店を見ていなかったので大食いチャレンジでなにを大食いしなければならないのかシルバもアルも気づかなかったのだ。
ちなみに、ホットドッグの大食いチャレンジは皿の上に山盛りになったホットドッグを食べ尽くすタイプとわんこそばのように食べた傍から出て来るタイプから挑戦方法を選べる。
結局提供される量は一緒だけれど、先が見えていた方が良い人と積まれている料理を見たくない人の両方のニーズを汲んでいる。
一口に大食いチャレンジと言ってもただ客に量を食べさせれば良いという訳ではないのだ。
大食いの話をしている間にシルバとアルはトリプルチーズバーガーを食べ終わった頃に、サテラとメイ、タオがやって来た。
「なんでヨーキ達の方が先にここにいるのよ・・・」
「私達よりも後に食べ始めてたはずなのにすごいね!」
「早食いは体に悪いですよ。消化に良い薬要ります?」
「ホットドッグは飲み物だ」
「その通り」
「異議なし」
(ホットドッグは食べ物だろ)
シルバも大食いにチャレンジする方だけれど、ホットドッグを飲み物扱いするような感性は持ち合わせていなかった。
「食べてて口の中がパサつく時点で飲み物な訳ないじゃないの」
「辛うじて液体なのはソースだけだと思うよ!」
「前から薄々感じてましたけどお馬鹿ですよね」
「なん・・・だと・・・」
「他所は他所」
「うちはうち」
サテラ達からズバズバと言われてヨーキだけが膝から崩れ落ちた。
ソラとリクはクラスメイトからどう言われようともまるで気にしていない。
つくづくマイペースな姉弟である。
そんなやり取りをしている間に控え席はB1-1も含めて全員が着席し、ポールが舞台に上がって昨日に引き続きルール説明を行う。
昨日の今日でルールを忘れる学生がいるとも思えないが、教師がルールを言わなかったから忘れていましたと言わせないために行われるのだ。
それが理由でポールは面倒だと思っていることを隠していない。
ルール説明が終わると、籤引きによって個人の部の予選参加者が振り分けられた。
シルバも昨日はアルが味方だったが今日は敵だ。
その事実を思い出してシルバは気を引き締めた。
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