第23話 誰しも秘密ある

 午後の決勝トーナメントは午前の予選の結果、B1-1に在籍する4組のペアだけで行われる。


 観客席の上級生達はやっぱりB1-1だけで番狂わせはなかったかと特に驚く者はおらず、B1-2以下のクラスの学生は包囲戦を仕掛けても返り討ちにされて悔しがっていた。


 それでも、午後の決勝トーナメントでどんな些細な事でも自分達の糧にしてやろうと不貞腐れずに見学するぐらいには冷静だった。


 決勝トーナメントの第一試合の時間になると、シルバ&アルペアとサテラ&メイペアが石畳の舞台の上にやって来た。


 審判は引き続き1-2の担任教師が担う。


「決勝トーナメント第一試合、始め!」


「先手必勝! どりゃあ!」


 メイがアルをターゲットに決めて戦槌ウォーハンマーを振りかぶりながら駆け出す。


「俺が行く。アルはサテラを警戒してくれ」


「了解」


 シルバはアルとメイを結ぶ直線上に割って入り、メイが横から振り抜こうとする戦槌ウォーハンマーに対処する。


「壱式:拳砲けんぽう!」


「ぐっ!?」


 シルバの放った拳の衝撃波がメイの戦槌ウォーハンマーを弾き飛ばした。


 得物を失ったメイを無力化しようとした瞬間、サテラがシルバに向かって矢を放った。


「甘いよ」


 矢はアルが舞台上に土の壁を創り出したことで防いだ。


 シルバはアルがサテラの矢を防いでくれると信じており、メイに接近して背負い投げをかました。


「うぐっ!?」


 石畳に打ち付けられたメイは痛みに言葉を漏らしたが、その後すぐに気を失った。


「あぁ、もう、こっち来ないで!」


 サテラはシルバの接近を恐れて矢を次々に放つ。


 しかし、慌てて矢を放っているせいで狙いがしっかりと定まっておらず、シルバが矢を避けるのではなく矢がシルバを避けているように見えた。


「僕ってそんなに影薄いかな?」


 その瞬間、アルがサテラの足元に落とし穴を掘ってサテラはストンとその穴に落ちた。


 シルバに気を取られていたせいで実にあっさりと落とし穴に嵌ってしまったのだ。


「そこまで! 勝者、シルバ&アルペア!」


 サテラは場外でメイは戦闘不能なので審判が決着を宣言した。


「アル、お疲れさん。良いタイミングで決まったな」


「でしょ? 僕達の相性は抜群なんだよ」


 シルバとアルはハイタッチしてB1-1の控え席に移動した。


 サテラとメイが場外に運び出され、舞台の整地が終わると次は第二試合である。


 ソラ&リクペアとヨーキ&ロックペアが舞台に上がる。


「決勝トーナメント第二試合、始め!」


 審判が開始の合図を告げた直後、ロックは腰に付けたポーチの中から白いピンポン玉のような球体を取り出して投げた。


 その正体は煙玉であり、白い煙が舞台を覆い隠した。


「行くぜ! キェェェェェ!」


 煙の中でヨーキは奇声を上げる。


「見えない。厄介」


 ソラは多少のダメージを覚悟して煙を散らすべく槍を体の正面で回した。


 それによって煙は散ったが、視界が確保できた時にはリクが場外の位置にいた。


「何故?」


 そのソラの質問に答えるのはヨーキだ。


「俺がリクに攻撃しまくって端に追いやった。反撃しようとしたら足を踏み外す位置までな。それで、実際そうなったのさ」


「不覚」


「リク、油断禁物。ヨーキ、馬鹿じゃない」


「ちょっと待て! お前等俺のこと馬鹿だと思ってたのか!?」


「「・・・(コクリ)」」


「いやぁ、ヨーキってそこそこ頭良いのにそう見えないのがすごいよね」


「ロック! お前は味方だろうが!」


 敵味方問わず自分が馬鹿だと思われていたことを知り、ヨーキは怒りに震えた。


「隙あり」


「わわっ」


 ソラが槍をロック目掛けて投擲すると、ロックは自分に攻撃が来ると思っていなかったので慌てて躱した。


 その間にソラはロックと距離を詰めており、接近戦が不得意なロックに掌底を決めて気絶させた。


「ソラ、お前ってば<格闘術マーシャルアーツ>使えたのか」


「誰しも秘密ある」


「なるほど。だが、シルバとの戦いに向けて<格闘術マーシャルアーツ>対策をした俺に抜かりはないって聞けよ!」


「ん?」


 ソラはヨーキの話を聞かずに気絶したロックのポーチに使える者はないか物色していた。


 頭に血が上ったヨーキは剣を上段で構えたまま走り出す。


「胴、がら空き」


「がはっ!?」


 ソラは特に追い詰められた様子も見せず、ヨーキの意識の隙を突くように距離を詰めて正拳をヨーキの鳩尾に決めた。


 ヨーキは立っていられなくなり、膝から崩れ落ちてうつ伏せの状態で倒れた。


 ソラがヨーキの重心を踏みつけて立ち上がれなくすると、審判は試合を止めた。


「そこまで! 勝者、ソラ&リクペア!」


 入学時点の順位ではヨーキとロックの方がソラとリクよりも上だったため、観客席の上級生達はB1-1内の下克上にざわついた。


「クラス上位を撃ち破ったか」


「これは決勝でもワンチャンある?」


「可能性は0じゃないだろ」


 ソラは観客席の声を気にすることなく場外に落ちた自分の槍を回収し、リクと共に控え席に戻った。


 決勝戦はソラ&リクペアが連戦になるから15分の休憩を挟んでから行われる。


 その間に学生達は摘まめる物を買ったりトイレを済ませるのだ。


 休憩時間が終わってシルバ&アルペア、ソラ&リクペアが舞台上に揃ったのを確認して審判が開始の合図を出す。


「決勝戦、始め!」


「燃えろ!」


 アルが開始早々に火の玉を発射した。


「防ぐ」


 詠唱せず技名だけで<火魔法ファイアマジック>と<土魔法アースマジック>を使えるアルはどっちも前衛のソラ&リクペアにとって危険だ。


 それゆえ、距離の開いた状態で攻撃された時の対策は用意していた。


 リクが舞台に向かって全力で両手斧を振り下ろして壊し、その破片を飛び散らせて火の玉の威力を削いだのだ。


「でかした」


 ソラが次は撃たせないとアルに接近するが、そんなに簡単にアルに近づけるはずがない。


「壱式水の型:散水拳さんすいけん!」


「むぅ、厄介」


 シルバによって水を纏わせた右ストレートが放たれると、拳から水滴が散弾と化してソラを襲う。


 ソラは槍を体の正面で回転させて殺傷力のある水滴を捌いてみせるが、その隙にシルバがソラに接近する。


「壱式雷の型:紫電拳しでんけん!」


「ぐっ」


 シルバの攻撃の発生速度がソラが守りを固める速度を上回ってクリーンヒットし、ソラが仰向けに倒れて気絶した。


 その一方、アルも<火魔法ファイアマジック>と<土魔法アースマジック>を使い分けてリクを防戦一方に追い込んでいた。


「しつこい」


 リクは両手斧をアルに向かって投擲した。


「危ないなぁ」


 アルは慌てることなく土の壁を創り出してリクの攻撃から自分の身を守った。


 シルバはその隙に雷付与サンダーエンチャントで右手に雷を纏わせ、得物を失ったリクの背後に忍び寄って首トンを決めた。


 雷付与サンダーエンチャントを使ったのはリクがただの首トンだけでは耐えてしまう可能性を考慮してのことだ。


 確実に勝負を決めに行くシルバをやり過ぎと捉えるか実戦向きと捉えるかは人次第だろうが、間違いないのはリクが戦闘不能になったという事実である。


 審判がソラとリクの様子を確認してから手を上げて宣言する。


「そこまで! 優勝はシルバ&アルペア!」


「よしっ!」


「やったぁ!」


 ガッツポーズするシルバにアルが駆け寄って抱き着く。


「尊い」


「シル×アル?」


「実はアル×シルかも」


 不穏な言葉が会場の1ヶ所から聞こえて来たけれど、シルバもアルもよくわからなかったので無視した。


 実際のところ、アルの性別は女だから業の深い女子学生達が喜ぶ展開にはならないのだが、そんなことを彼女達が知る由もない。


 優勝ペアが決まったことにより、ソラ&リクペアが救護席まで運び出された後で舞台に校長ジャンヌが上がる。


 ジャンヌはまずシルバの方を向いた。


座天使級ソロネのジャンヌ=オファニムの名においてシルバを大天使級アークエンジェルに任命する。優勝おめでとう。これからも精進しろ」


「ありがとうございます」


 シルバがバッジを渡されて大天使級アークエンジェルに昇格したことにより、観客達は盛大な拍手を送った。


 1年生の新人戦で大天使級アークエンジェルが誕生することは軍学校の歴史を振り返っても前例がないからである。


 拍手が鳴り止んだところで今度はジャンヌがアルの方を向く。


座天使級ソロネのジャンヌ=オファニムの名においてアルを天使級エンジェルに任命する。優勝おめでとう。シルバを追いつけるよう励むことだ」


「ありがとうございます。頑張ります」


 アルがバッジを渡されて天使級エンジェルになったことにも大きな拍手が送られた。


 新人戦1日目はソラ&リクペアが善戦するという観客達にとって予想外な展開はあったが、優勝ペアについては想定内の結果で着地した。

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