第95話 食堂のおばちゃんを敵に回しちゃいけない
いよいよ本番を明日に迎える文化祭前日、この日は授業が行われずに終日文化祭の準備をして良いことになっている。
シルバとアルも午前中はクラスの方に顔を出して良いと言われているため、今はクラスの仕上げ作業に参加中だ。
ヨーキとウォーガンが箱を抱えて教室の中に入って来た。
「衣装が届いたぞー」
文化祭当日は制服ではなく、クラスやクラブ毎に決めた衣装を着ても良い。
このルールが実行委員会で発表された翌日、シルバ達は衣装もインパクトのある衣装にしようと話し合った。
その結果、男子も女子もコック服を着ることになった。
コック服を推したのはサテラだ。
F4-1とS4-1が合同で行う執事・メイド喫茶は4年生が執事服とメイド服を着る。
それを真似しても自分達よりも大人に近い4年生と比べれば背伸びした印象を与えてしまう。
だったら自分達は執事やメイド以外で普段しない服装にしようとヨーキが言ったところ、サテラがコック服なんてどうかと提案したのだ。
他所のクラスはクラスTシャツやクラブの服装にすることもわかっており、コック服なら被らないとサテラが熱弁したこともあってその意見が通った。
そこまでは良かったのだが、届いたコック服に問題があった。
「あれ? 男子用も女子用も5着ずつになってる? 男子用6着と女子用4着で頼んだはずなのに・・・」
「ヨーキ、伝票にはなんて書いてある?」
「ほら、男子用6着と女子用4着。きっと頼んだ商会が間違えたんだ」
「マジか。言ったら交換してくれるよな?」
「交換してもらわなきゃ困るだろ。このままだと男子の誰かが女子用を着ることになるんだぞ? ハワード先生、外出許可を下さい。納品数に誤りがありました」
ヨーキはそう言ってポールに伝票を見せた。
ポールも伝票と実際に到着した数が違うことを確認すると溜息をついた。
「やれやれ。つってもヨーキが行くと作業が滞るよな。しょうがない、代わりにサテラが発注先に行って来てくれ」
「わかりました。ヨーキ、伝票とコック服を」
「おう」
サテラはヨーキから伝票と女子用のコック服を持って発注先の商会へと向かった。
1時間後、シルバ達が作業をしているとサテラが困った表情を浮かべて帰って来た。
手には持っていったはずの女子用のコック服が握られていたのを見てポールはサテラに訊ねる。
「サテラ、交換できなかったのか?」
「はい。商会が製造依頼をした際に注文数を間違えてて、その製造先が個人でした。商会には在庫が残ってなくて、その人に頼もうにも納品後に転んで怪我をしたとかで今は休業中だそうです。発注を間違えた分については割り引くから浮いたお金で他所から仕入れてくれって言われました」
「おいおいマジかよ。そんなこと言っても明日までに間に合わねえぞ」
「よし、こうなったら男子全員でじゃんけんだ。負けた奴が女子用を着よう。1日だけだし文化祭のムードならそれほど目立って馬鹿にされることもないはずだ」
ポールがどうすんだこれと面倒臭そうに言った後にヨーキが現実的な案を出した。
その瞬間、男子+アルがそれしかないかと覚悟を決めて戦いに挑む目になった。
絶対に負けられない戦いがそこにある。
ただし、6人が同時にじゃんけんしても勝負がつくのに時間がかかるだろうと考え、サテラがこうしようと提案する。
「私にじゃんけんで負けた人が女子用のコック服を着るってことでどう?」
「「「「「「異議なし」」」」」」
他に代案がない以上、異議を申し立てても仕方ないからこその返答だ。
実際のところ、アルが女子用のコック服を着れば丸く収まるのだけれど、シルバはアルに無断でアルが女子であることを口外するつもりはない。
周囲を見渡して準備ができたことを確認してからサテラは口を開く。
「最初はグー、じゃんけん、ポン!」
まさかの展開でサテラがパーを出し、シルバ達6人がチョキを出した。
負けられないという思いが彼等を全員勝ちに導いたのだろう。
しかし、それでは結局誰が女子用のコック服を着るか決まらないので2回戦に突入する。
「最初はグー、じゃんけん、ポン!」
今度はサテラがグーを出したのに対し、シルバとヨーキ、ウォーガンがパーを出して勝ち、アルとロック、リクがチョキを出して負けた。
(おいおいアル、大丈夫なのか?)
アルなら執念で勝つと思っていたけれど、シルバの予想とは違ってアルは3回戦に挑まなければならなくなった。
そんなアルを心配してシルバがチラリとアルの顔を見れば、アルは不味いかもしれないと冷や汗をかいていた。
「次で決まるかな? いくよー。最初はグー、じゃんけん、ポン!」
サテラがパー、ロックがチョキ、アルとリクがグーという結果になった。
負け残ったのが2人になれば、後はその2人が直接戦えば良い。
アルとリクは残り1着の男子用のコック服を賭けて最後のじゃんけんに挑む。
「最初はグー、じゃんけん、ポン!」
グーとグーのあいこ。
「あいこでしょ!」
チョキとチョキのあいこ。
「あいこでしょ!」
パーとグーでパーの勝ち。
勝ったのはリクだった。
(アルが負けちゃったじゃん。どうするんだこれ?)
「うん、しょうがないね。負けたから僕が潔く女子用のコック服を着るよ」
アルはシルバがどうするんだろうかと気にしていると女子用のコック服を手に取った。
アルがごねずに女子用のコック服を取った理由は2つある。
1つ目は潔く受け取った方が男らしく思われると考えたからだ。
ごねてクラス内での評価を下げたくないし、どうしてそこまで嫌がるのかと理由を訊かれても自分が隣国の王女であるとバレるかもしれないからと正直に答えられない。
それならばしれっと着た方が案外気づかれないのではと思ったのである。
2つ目はシルバにアピールできると思ったからだ。
普段は男子学生用の制服を着ているため、アルは自分が女子用のコック服を着た姿を見てシルバに自分が女子であるとアピールするのもありだと考えたようだ。
王女だとバレたくないけどシルバには女子として見てもらいたい。
矛盾する気持ちも潔い行動のきっかけとなったのである。
ポールはアルが女装する話を続けるのは得策ではないと判断して話題の転換を試みる。
「まあ、何事も完璧に進むとは限らんし、アルが潔くて良かったな。それでヨーキ、他に準備で問題はないか?」
「今のところ大丈夫です。じゃがいもやそれ以外の仕入れは食堂のおばちゃんが協力してくれましたから」
「食堂のおばちゃんを敵に回しちゃいけない。味方になってくれればクラスの出し物に協力までしてくれるんだからな。シルバは良い仕事をした」
「良い仕事って別に挨拶して毎回モリモリ食べて食器を片付けるだけですが」
シルバは特に何かこれと言って工夫したつもりはなく、あくまで基本行動を繰り返したに過ぎない。
だがちょっと待ってほしい。
その基本行動ができないせいで食堂のおばちゃんに限らず他人との関係が悪化している者もいるのだ。
挨拶なんてやれば誰だってできるのに恥ずかしがってか面倒臭がってかわからないがしない者もある程度いる。
軍人を目指す者がこれではいけないので、教師陣は挨拶のできない学生を密かにマークしており、その学生が昇進できるかどうかというタイミングで判断材料として
ジャンヌも挨拶は武力や知力に差があっても平等にできる物だと考えているため、挨拶ができないというだけでそれは昇進させるタイミングにおいてマイナス要因になる。
昇進のために挨拶すべきという訳ではないが、挨拶をして損はないからポールはシルバに感心した。
「挨拶は基本中の基本だ。注意されるのは面倒だろうからお前等も知ってる人にはちゃんと挨拶しろよー」
「「「・・・「「はい!」」・・・」」」
ポールが教師らしいことを言って締めた後、シルバ達は文化祭の準備を再開した。
シルバとアルがクラスの準備を手伝える時間はあっという間に過ぎてしまい、2人はクラスメイトに声をかけて食堂に向かった。
食堂で食事を取ったら学生会の準備があるのだが、今日の準備はかなり時間がかかるだろうとエイルが伝えているためシルバもアルも昼食はしっかり食べた。
食堂に来て周りに誰もいないテーブルに座ってからシルバはアルに訊ねる。
「明日の女装って問題ないの?」
「それは酷いよシルバ君。僕は元々女子なんだから」
「こりゃ失敬」
アルのリアクションが女子の服装をしても問題ないというものだったから、シルバはそれ以上言わずに頼んだ特盛ランチを食べ出した。
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