第96話 ようこそ地獄の入口へ

 昼食を終えて学生会室に入ったシルバとアルが見たのは書類の山だった。


 書類の山を必死に処理しているのはエイルとロウだ。


 ロウは手元にある書類を丁度仕上げたのかテーブルに突っ伏した。


 メアリーとイェンはまだ来ていないらしい。


「「こんにちは」」


「こんにちは。待ってましたよ」


「ようこそ地獄の入口へ」


「ロウ、そのセリフを吐くならもっと生産性を上げて下さい。1枚仕上げてたら突っ伏すのを繰り返してますが、それは時間の無駄ですよ?」


 エイルが自分にジト目を向けるのを見てロウは反論する。


「そんなこと言ったって俺は元々戦闘コースだぞ? デスクワークができるから採用された訳じゃないんだ。なんで実行委員は見直しせずに書類を出すかね? 誤字脱字のせいで読むのに苦労させられるじゃん」


「いつも決裁する私の気持ちがわかりましたか?」


「はい。エイルはすごいと思いました」


「子供の感想みたいに返してる暇があるなら手を動かして下さい」


「へいへい」


 エイルに正論を叩きつけられたロウはおとなしく作業を再開した。


 シルバとアルはそれぞれ補佐すべき対象の隣に移動した。


「会長、俺は何をすれば良いですか?」


「私の山の中で私の決裁が必要な書類と不要な書類を分けて下さい。不要な書類については後程任せたい業務をお伝えします」


「わかりました」


 エイルがサクサクと書類を片付けていく隣でシルバは決裁が必要な資料とそうでないものを分けた。


 アルの方はと言えば、ロウの山に決裁が必要な書類はないので半分程引き取って自分で目を通している。


 アルが真面目にやっているのに自分だけが愚痴ってばっかりではいられないから、ロウも1枚やってもグダらずに作業を進め始めた。


 作業を進めている内にメアリーとイェンも学生会室に来て、早速自分の作業を始めた。


 シルバは作業を終わらせてエイルに声をかける。


「会長、仕分けが終わりました」


「ありがとうございます。そうしましたら、決裁が不要な書類は各団体の明日のスケジュール表なので、抜け漏れや不自然な点がないか確認して下さい」


「承知しました」


 シルバは割り振られた書類を持って席に戻り、すぐに確認作業に入った。


 用意されたフォーマットは同じはずなのに、それぞれの実行委員やクラブ長によって書き方がかなり違っていた。


 それもあってどこかの団体を見本にしてから比較するという方法が取れず、効率を上げるには速読するしかない状況だった。


 学生会室が紙をめくる音と印鑑を押す音、何かを書く音に支配されていて静かだったその時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「どうぞ」


「失礼します」


 入って来たのは調合研究クラブ長のクレアだった。


「エイル、ちょっと耳に入れておきたいことがあるんだけど」


「何事ですか?」


「贋作士以外にも今回の文化祭期間でトラブルが起きてるみたい」


「・・・穏やかじゃないですね。具体的には何が起きたんですか?」


「下着泥棒だよ。それも女性の限定だね」


 クレアがそう告げた瞬間、イェンが自分の方を見たのでロウは首を横に振る。


「イェン、ちょっと待ってほしい。俺は盗んでないからな?」


「イェン、ロウにそんな度胸はないから安心してちょうだい。仮に盗んだとしても私のぐらいだわ」


 それはフォローじゃないのではなかろうかとロウは誤解される前に訂正する。


「いや、盗んでないからね? クレアのも盗まないから」


「あら? ロウは私の下着に興味ないの?」


「クレアさんや、学生会のみんなの前でなんてことを言うんだね」


「抜き打ちテストみたいな?」


「クレア、はしたないです。ここにはシルバ君やアル君もいるんですからそういった話は他所でして下さい」


 クレアとロウのやり取りが偶に下ネタに走る傾向にあると知らないシルバとアルがいるため、エイルはクレアの姉として2人に悪影響が出るような話をこの場でしないように注意した。


「はーい。それで、風紀クラブも捜査を始めてるけどまだ手掛かりが掴めてないっぽいよ。私が知ってる限りで被害者は調合研究クラブと商業研究クラブ、ダンスクラブ、歴史研究クラブの女子学生ね」


「共通点はあるのですか?」


「さあね。学年はそれぞれ4年、2年、1年、3年とバラバラだし適当に狙ってるんじゃない?」


「贋作士だけでも面倒なんですが、下着泥棒も相手にしないといけないとは困りましたね。ロウとアル君は明日、風紀クラブの見回りに加わって下さい。彼等だけでは流石に厳しいでしょうから」


「了解」


「わかりました」


 用件は済んだとクレアは調合研究クラブのクラブ室へと帰って行った。


「虫、今こそ本気を出す時が来た」


「誰が下着泥棒限定で推理が冴え渡る探偵だ」


「違うの?」


「違うっての」


 イェンが本気で違うのかと驚いた顔をしているあたり、ロウならば下着泥棒ぐらいささっと調べられるんじゃないかとある程度信頼しているようだ。


「でも、下着泥棒を特定する方法については考えてるはず」


「ねえ、なんでイェンは俺を下着泥棒逮捕の時だけ輝かせようとしてるの?」


「女の敵を女の敵にぶつけるのは定石」


「毒を以て毒を制すってか。って誰が毒だ」


 (今日は例えツッコミとノリツッコミと珍しいですね)


 比較的にボケる方であるロウがツッコミに回っているのは珍しいのでシルバはそんなことを考えていた。


「ロウ先輩、考えてることがあるんだったらここで話してみて下さいよ」


「アル、お前もか」


「良いじゃないですか。もしかしたらここで話すことで明日の仕事が楽になる可能性だってあるんですよ?」


「しょうがねえな。いくつかあるが、まだ4人しか盗んでないんだったら次は5年生のを狙うんじゃないか?」


「さっきのクレア先輩の話じゃ5年生だけ盗まれてませんでしたもんね。それだけですか?」


 ほら、まだ考えていることがあるならどんどん吐いて下さいと言わんばかりにアルが促した。


 アルが下着泥棒の逮捕を急ぐのは自分の下着がバレたら不味いからだ。


 いくら男子学生の振りをしているとはいえ、下着のパンツは女性用だからもしも自分がターゲットになったらヤバいと考えているのだろう。


 だが、10歳でまだ性別もパッと見たぐらいではわからない体つきで髪型も女の子っぽくしていないならば、アルを女子学生と判断する者はいないだろう。


 もっとも、明日はじゃんけんに負けたせいで女子用のコック服を着ることになっているのでその限りではないのだが。


「あとは盗まれた下着のサイズだな。被害者の体型が似通ってるなら泥棒の狙いはそれに近い体系の女子学生だし、サイズが1つずつ上がってるなら几帳面な奴かもしれん」


「流石は下着泥棒専門探偵の虫。僅かな時間でそこまで考えるなんてもう虫が犯人で良いんじゃない?」


「だから俺は犯人じゃねえって。信じてくれよ」


「イェン、いくらロウが怪しくても無実の罪を着せては駄目ですよ」


「わかりました」


 エイルはロウが犯人だとは思っていないので苦笑しながらイェンを諫めた。


「ロウ先輩、率直な意見をお聞きしたいのですが」


「今度はシルバか。何か気になることがあったのか?」


「今日の段階では部外者は学校内に入れません。そうなると、犯人は学生か教師、用務員ということになりますよね?」


「そうだな」


「学生は少なくても2人以上で部屋を使ってますから、同居者にバレるリスクがあると思うんです。教師は家から通ってる人のみで用務員は住み込みでしたよね? 独り暮らしの人なら盗んだ者を部屋に貯め込んだとしてもバレにくいと思いませんか?」


 シルバはロウ達がわちゃわちゃしている間に静かに推理していた。


 そして、その推理の内容はロウとは違うアプローチだった。


 ロウは被害者の特徴からアプローチしたが、シルバは犯行後の取得物を持っていてもバレにくい者を絞り込むアプローチをしたのだ。


「男性教師で独身なのは3人、用務員は4人だね。調べに行く?」


「ちょっと待った。ここは風紀クラブに働いてもらおうじゃないか。ちょっと俺が今の話をヤクモに話してくる。もしかしたら今日中に犯人が捕まるかもしれんし」


 ロウはそう言ってすぐに学生室から出て行った。


「あっ、ロウ先輩ってば仕事を放置して行っちゃった。サボるのが狙いか・・・」


 アルはロウがわざわざ自分から伝えに行くと言った理由に気づいてしてやられたと頭を抑えた。


 しかし、サボった分を自分がやってあげる理由もないのでアルは自分の作業に戻った。


 シルバ達も同様である。


 その結果、今日最後まで学生会室に残っていたのはロウだったとか。


 サボりは自分に跳ね返ってくるという教訓である。


 

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