第97話 じゃがいもの可能性を見せてやろうぜ!

 文化祭当日の朝、文化祭実行委員会の集まりを終えてシルバとアル、ヨーキはB1-1の持ち場に移動していた。


 文化祭実行委員会の中で学生会メンバーが忙しいのは主に前日までの準備と終わってからの事後処理だ。


 今日の学生会の出番はエイルの文化祭の開催宣言と終了宣言に加え、ロウとアルが風紀クラブの手が足りなかった時に助っ人に駆り出されるだけだ。


 シルバも助っ人になってもおかしくないのだが、ロウが睨んだ通りで風紀クラブはシルバが来ると自分達は仕事ができないと思われているように感じるから助っ人になることはほとんどないだろう。


 ほとんどというのは風紀クラブやロウ、アルでも手に余る事態が発生した時は問答無用でシルバも参加するからだ。


 とりあえず、シルバは自分のシフトの時間はクラスの出し物に参加し、シフト外の時はエイルと事後処理のための視察を行う。


 この視察はエイルが言い出したものであり、絶対に必要という訳ではない。


 真正面からシルバを文化祭デートに誘うと断られるかもしれないから、視察という言葉を使って業務っぽく思わせたエイルの作戦である。


 その一方、ロウとアルはいつでも風紀クラブの助っ人として駆け付けられるようにシフト以外は見回りを役割として求められている。


 2人からすれば、エイルとシルバの視察なんて建前でしかないが異論反論を言える立場にない。


 何故なら、エイルはシルバと文化祭デートをするため、準備期間に誰よりも多くの仕事をこなしたからだ。


 自分達がエイルよりも仕事をしていたなら物申せたかもしれないが、エイルの方が仕事をしたのなら文化祭当日ぐらいエイルの好きにさせるべきだろう。


「それにしてもアルのコック服が違和感ないな」


「ほっといてよヨーキ君。シルバ君にも朝そう言われたよ」


「そりゃ悪かった」


 今のシルバ達は屋台の衣装に身を包んでおり、シルバとヨーキが男子用のコック服を着ているのに対してアルは女子用のコック服を着ているのだ。


 実行委員としてアルが似合ってなかったら女子用のコック服を自分が代わりに着るべきだろうかと考えていたから、アルが予想以上に似合っていてヨーキは驚いている。


「まったく、じゃんけんで負けなかったら僕だって着てないんだからね」


 とは言いつつ、シルバに出かける前に披露して可愛いと言われた時のアルは普通に喜んでいた。


 シルバに可愛いと言われたということは、シルバが自分のことを異性として意識してくれたかもしれないのだ。


 シルバを好きなアルが喜ばないはずがなかろう。


 屋台には既に他のクラスメイトとポールが集まっている。


「「「おはよう!」」」


「「「・・・「「おはよう!」」・・・」」」


「準備はどうだ?」


「ばっちり!」


「下拵えは済ませた!」


 作り置きしてしまうと冷めてしまうものもあるので、焼いたり揚げたり温めたりする前段階まで用意しているのだ。


 シルバ達がいつでも客が来て良いように準備を済ませたタイミングで校内放送が聞こえて来た。


『これより、第88回ディオニシウス軍学校文化祭を開催します。本日は外部の招待客の方もいらっしゃいます。羽目を外し過ぎて取り返しのつかないことになることだけは避けて下さい。しかし、今日はいつもと違うお祭りです。精一杯楽しみましょう』


 エイルの開催宣言が終わった後に来客用の門が開き、そこから招待状を貰った者達が風紀クラブのチェックを受けてから入場し始める。


「押さないで下さい!」


「校内は走らないで下さい!」


 風紀クラブからの注意を受けつつ、招待者達は思い思いの場所へと向かっていく。


「じゃがいもの可能性を見せてやろうぜ!」


「「「・・・「「おう!」」・・・」」」


 B1-1の学生達は行動を開始した。


 シフトは10人を5人組に分けている。


 前半がヨーキ組で後半がサテラ組だ。


 ヨーキ組はヨーキの他にシルバとソラ、リク、タオがいる。


 サテラ組はサテラ以外にアルとロック、メイ、ウォーガンがいる。


 サテラ組は文化祭を回りつつB1-1の宣伝を行い、ヨーキ組が調理と接客を行うのが午前だ。


 午後はヨーキ組とサテラ組の役割を交代する。


 ヨーキ組はシルバとソラが調理、ヨーキとリク、タオが接客を担当する。


 B1-1の最初の客は誰になるだろうかと思っていると、F1-1のジーナがクラスメイトを連れてやって来た。


「シルバ~、偵察に来たよ~」


「いらっしゃい。そんな堂々と偵察に来たって言わなくても良いんだぞ?」


「そこはほら、心理戦的なアレだよ」


「心理戦的なアレってなんだ? それはまあおいといて何が食べたい? ガレットとマッシュフライ、芋餅、ポタージュがあるぞ」


 シルバ達が用意したのは4種類のじゃがいも料理だ。


 どれも見たことも聞いたこともないから、ジーナは自分で決められなかった。


「迷うなぁ。オススメはどれなの?」


「どれも美味いぞ。でも、そんなに腹が減ってないならポタージュが良いと思う。寒くなって来たし、スープで体を温めたらどうだ?」


「シルバ、そこはもっとガツガツ全部オススメって言わなきゃ。お客さんにお金を落としてもらわなきゃ学年最優秀賞は狙えないよ?」


「そりゃそうだけどさ、やっぱりお腹が空いてる時に食べるから美味いんだよな。無理して食べたら美味しさ半減だろ?」


 シルバは異界に行く前に食べられる時に食べる生活をしていたが、異界での経験や今の生活から無理に食べることはなくなった。


 それでも大食いなのは変わらないが、今はそれをひとまず置いておこう。


 一番物を美味しく食べられるのは空腹の時であるとシルバが知れたのは、食べる物に余裕ができてからだ。


 だからこそ、シルバは無理強いするようなやり方でじゃがいも料理を売るつもりはなかった。


 もっとも、食べたい人に売れば良いというスタンスではあっても食べたいと思わせる努力は怠らないのだが。


「それもそうね。なら、私達2人で半分こするから全部ちょうだい」


「わかった。リクも手伝ってくれ」


「了解」


 ソラとリクはシルバのじゃがいも料理を気に入り、準備期間にシルバからばっちりと学んだ。


 それゆえ、リクは接客の役割でも調理担当のヘルプに入れるぐらいの腕まで仕上がっているし、今は正に急いで料理を提供する時だからリクがヘルプに入った。


 ジーナとそのクラスメイトは提供されたジャガイモ料理に目を輝かせた。


「美味しそうね!」


「良い匂い」


「どうぞ。召し上がれ」


 ジーナが最初に食べたのはガレットだった。


「カリカリして美味しい! ケチャップも合うわね!」


 その間にクラスメイトは芋餅を食べていた。


「すごい。中にチーズが入ってる」


「美味しそう。交換しましょ!」


「うん」


 ジーナのクラスメイトはジーナと比べておとなしい子のようだ。


 それでも美味しそうにじゃがいも料理を食べていることから、ソラやリクと同じようにリアクションが控えめなだけだろう。


「サクフワ!」


「沁みる・・・」


 今度はジーナがマッシュフライでクラスメイトがポタージュに手を付けた。


 お互いに食べた後のリアクションを見てまだ食べていない料理に興味を持ち、すぐに交換して食べた。


「悔しいけどどれも美味しいわね」


「うん。しかも、じゃがいもだから腹持ちが良い」


 2人はあっという間に4品全てを食べてしまい、とても満足そうな表情をしている。


「満足してもらえたようで良かったよ」


「ご馳走様! 今度このレシピを使わせてほしいわ!」


「それは文化祭が終わってから話そう」


「約束よ! 約束だからね!」


 ジーナはじゃがいも料理を自分が取り扱わせてもらえるとわかってご機嫌な様子で会計を済ませて去った。


 ジーナは会計コースの1年生としてはかなり注目されており、そんな彼女が食べている時のリアクションを見た学生や招待客が次々に屋台にやって来た。


「すげぇ。シルバが引き寄せた女子のおかげで一気にお客さんが増えた」


「流石はシルバ君。戦闘だけじゃなくて商売もできるんだね」


「「すごい」」


「偶然だってば。そんなことよりここからが本番だぞ」


 この後、シルバ達の屋台に行列ができてしまったせいで噂で評判を聞いたロウとアルが風紀クラブの代わりに行列の整理に協力する程だった。


 じゃがいもの可能性は間違いなく軍学校の学生と招待客に知れ渡っただろう。

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