第98話 シルバ君には夢はありますか?
B1-1の屋台が大繁盛しており、シルバのシフトが終わるまであと少しという時、次に注文する学生はナース服をアレンジした衣装を着たシルバのよく知る学生だった。
「シルバ君、ガレットとポタージュがほしいです」
「会長、来てくれたんですね。承知しました。少々お待ち下さい」
軍学校で誰からも名前を知られているエイルが注目したとなれば、自分も食べてみようと思う者が増えて来るのは当然だ。
シルバはササッと仕上げてガレットとポタージュをエイルに届けた。
「お待たせしました。どうぞ」
「ありがとうございます。まだシフトの時間じゃないんですか?」
「あと3分で変わりますし、ソラとリクが行って来いと言ってくれたので大丈夫ですよ」
「そうですか。お気遣いありがとうございます」
エイルはソラとリクの方を向いてお辞儀をした。
2人はあまり喋らないので、エイルのお礼に対して頷くだけだったがその頷きにはお礼は受け取ったという意味が込められている。
それからエイルはポタージュを一口飲んだ。
「・・・美味しいです。やはりシルバ君達のクラスの料理は当たりでしたね」
「そう言ってもらえると嬉しいです。みんな今日のために一生懸命準備しましたから」
作ってもらった料理を褒められて嬉しくないはずがなく、シルバは笑顔で応じた。
エイルが頼んだ料理を食べ終えると、シルバとエイルは予定通りに視察に出ることにした。
既にシフトは後半のサテラ組にバトンタッチされているから、シルバは時々B1-1のチラシを配るだけで良いのだ。
2人並んで歩き始めたところでエイルが思い出したように口を開く。
「そうでした、下着泥棒が見つかったそうです」
「見つかったんですか。犯人は誰だったんです?」
「用務員の1人でした。ひょろひょろの人なんですがわかりますか?」
「あぁ、あの人ですか。風紀クラブの人達が用務員の部屋を捜索したんですか?」
「その通りです。シルバ君の推理を参考に用務員を怪しい順で選んで抜き打ちで調べたところ、一番大人しそうなあの人の部屋に盗まれた下着が見つかりました」
「案外、いつかやると思ってましたって人の方が無実だったりしますよね」
エイルが予想外ですと言いたげな口調で言うのに対し、シルバはそんなこともありますよと告げた。
「でも、これで贋作士の捜査に集中できますね」
「そうですね。まあ、今年の風紀クラブは気合の入り方が違うみたいですから逮捕してほしいものです」
気合の入り方が違う原因は当然の如くシルバだ。
ロウはシルバが犯人の絞り込みにシルバが関与したことをサラッと口にしたらしく、風紀クラブはここまでお膳立てされて逮捕できないのはあり得ないと気合を入れたらしい。
「それはさておき、まずは他の学生会メンバーの出し物を見に行きましょう。私のクラスは後で良いのでまずはロウのクラスの出し物からです」
「腕相撲大会でしたっけ?」
「はい。B5-1に向かいましょう」
シルバとエイルは腕相撲大会の様子を見に行った。
腕相撲大会は午前2回と午後2回に分けて行われる。
午後1回目の大会はまだエントリー可能であり、シルバとエイルが顔を出すとそれを見た5年生がシルバの方にやって来た。
「良かったら参加して下さいませんか?」
「すみません。今は視察中ですのでずっと同じ場所にはいられないんです」
「そうでしたか。残念です。気が変わったら午後にもう一度あるので参戦して下さいね」
学年はシルバの方が下でも階級ではシルバの方が上だから、そのB5-1の学生はシルバに丁寧な言葉遣いでエントリーしないか訊ねた。
話題作りのためには自分の参戦が必要なのだろうと理解したが、シルバはここで悪目立ちして面倒事に巻き込まれたくないからエントリーしなかった。
諦めたようで諦めていないその学生に言質を取らせぬようにB5-1の教室を出た後、エイルが苦笑しながらシルバに声をかける。
「シルバ君は大人気ですね」
「客寄せの置物になるつもりはありませんよ。今は会長と視察中ですから会長優先です」
「そ、そうですよね。
「はい?」
エイルの言葉に違う意味が込められていた気がしたが、シルバはエイルがそれ以上何も補足しなかったので気のせいだと判断した。
「それよりも次は私のクラスを見に来ませんか? 私はシルバ君とアル君のクラスを見ましたが、シルバ君はまだ見てないでしょうから」
「行きましょう。午前は屋台にかかりきりだったので何も見れてないんです」
シルバが自分のクラスに来てくれると知り、エイルはこっそりとガッツポーズした。
H5-1の教室は飾り付けのおかげで一目でマッサージ屋だとわかった。
そこにはエイルと同じくナース服っぽいクラスお揃いの服を着たクレアが立っていた。
「クレア先輩、こんにちは」
「あら、いらっしゃい。・・・もう、エイルったらなかなかやるわね。丁度ベッドに空きがあるからやってあげなさいよ」
「ク、クレア!?」
クレアはエイルがシルバを好いていると察してエイルがシルバにマッサージをしてあげれば良いと告げた。
エイルは顔を真っ赤にしてクレアに詰め寄るが、クレアは一歩も退かずにエイルの耳元で囁く。
「普段の頑張りを労うとか口実は色々あるでしょ? 頑張りなさいよ」
「・・・わかりました。シルバ君、偶には私がマッサージしますよ」
「本当ですか? それならお願いします」
クレアが自分を助けてくれているのは事実なので、エイルは頷いてシルバを連れて教室の中に入った。
H5-1は待合スペースとカーテンで仕切られたベッドが置かれたスペースという内装になっている。
一番奥のスペースが空いており、誰も待合スペースでは待っていなかったことからエイルはシルバをそこに連れて行く。
シルバが靴と靴下を脱いでベッドの上に俯せになると、エイルはシルバの足をおしぼりで綺麗にする。
「私達のクラスでは肩と背中、腰、腿、ふくらはぎ、足ツボのマッサージを行ってるんです」
「そうなんですね。早速お願いします」
「任せて下さい。こう見えても私、クラスで一番マッサージが上手いと言われてるんです」
エイルは得意気に言った。
シルバはその顔を見ていないけれど、多分ドヤ顔なんだろうと思った。
エイルは<
彼女の手つきは慣れたものであり、シルバは安心してエイルにマッサージしてもらった。
「シルバ君、力加減はいかがですか?」
「丁度良いです。ありがとうございます」
「いえいえ。私こそいつもシルバ君にはお世話になってますから」
エイルはその後もシルバと会話を楽しみながら体の上から下に向かってマッサージを行っていく。
シルバの体は細マッチョなので、それに触れたエイルはまだ1年生なのにすごいと感心している。
「シルバ君には夢はありますか?」
「夢ですか? うーん、あんまり考えたことないですね。あぁ、でも、師匠は一度倒したいです」
「シルバ君のお師匠様ってどれぐらい強いんでしょうか?」
「控えめに言って世界最強ですね」
「世界最強・・・」
言葉の意味は理解できるけれど、普段使いする言葉ではないのでエイルの思考が一瞬止まった。
「母よりも強いのでしょうか?」
「多分強いと思います。校長とハワード先生は強いと思いますが、それでも師匠に勝てるビジョンが見えません」
「そんな人がいたんですね。今はどちらにいらっしゃるんですか?」
「・・・わかりません」
(異界ですとは答えられないんだよね)
エイルの質問にシルバは正直に答えられなかった。
異界に行くには割災を利用しなければならないが、異界に渡ってからマリアの住む場所にすぐにたどり着けるとは限らない。
したがって、わからないというシルバの回答が真っ赤な嘘という訳でもない。
ただ正直に答えなかっただけである。
エイルはシルバがマリアとどんな別れ方をしたのかわからないが、声色から触れてはいけない部分に触れてしまったのかもしれないと思ってすぐに謝る。
「ごめんなさい」
「謝らなくても大丈夫ですよ。気長にまた会える時が来るのを待ちますから」
「その時は私もついて行きたいです。シルバ君のお師匠様に興味がありますから」
「それはアルも言ってました。やっぱり気になるものなんですかね?」
「勿論です」
シルバが孤児であることは知っているので、シルバにとってマリアは親も同然だ。
そんなマリアに挨拶に行くのはシルバと結婚するために避けて通れぬ道だから、アルもエイルもマリアに会いたいと言ったのだ。
気づいていないのはシルバだけである。
それはそれとして、マリアのマッサージのおかげでシルバの体は施術前よりも軽くなった。
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