第238話 残念、それは幻覚だよ

 森の入口で呪われた剣と魂約したり、呪われた剣やその破片の呪いを解除していたせいで、森に潜んでいたモンスター達がやって来てしまった。


 現れたモンスターはブラックウルフとブラックバイパー、ブラックモスだった。


「実験台として丁度良いから俺がやる」


 シルバがそのように宣言すれば、アリエル達はそれに従うまでだ。


 熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュと魂約した結果、シルバは火属性の適性を得た。


 それにより、【村雨流格闘術】の火の型が使えるようになったため、シルバが試しに使ってみたいのだろうとすぐに思い当たったのだ。


 シルバはブラックモスに狙いを定め、早速火の型を試し始める。


「壱式火の型:蒼炎拳そうえんけん


 シルバが赤い炎を纏った拳を振り抜く瞬間、青色に変わって拳を模った炎がブラックモスに命中する。


 その瞬間、ゴォッと派手な音を立ててブラックモスが燃えて地面に落ちた。


「少し加減を誤ったか」


「シルバさんや、少しどころじゃないぜ。魔石以外燃え尽きちゃってるじゃないか」


「ロウ先輩、シッ」


「今のは俺の方が正し、はい、なんでもありません」


 これ以上言えばアリエルの口から何が飛び出るかわからなかったから、ロウは自分の口にチャックした。


 真実はいつも口にして良いとは限らないのだとロウはそろそろ学習すべきである。


 ブラックモスが一瞬で燃え尽きてしまったから、ブラックウルフとブラックバイパーは単独でシルバに勝てないと判断したらしい。


 同時にシルバを挟むようにして動き、左右から噛みつこうとする。


「弐式火の型:焔裂ほむらざき


 シルバが腕を振るえば炎の刃が飛んで行き、右側から噛みつこうとしたブラックバイパーの体が真っ二つになった。


 切り口から火が回り、真っ二つになったブラックバイパーから香ばしい匂いがするぐらいに焼けた。


 今度は力加減ができたらしく、シルバも納得した表情になっている。


 その一方、自分と同じブラック級モンスターが立て続けに2体倒されてしまい、ブラックウルフは勝ち目がないと悟ったようだ。


 噛みつこうとしていたのを中断し、その場からの逃走を試みる。


「逃がさない。壱式火の型:蒼炎拳」


「キャイン!?」


 今度は壱式火の型:蒼炎拳の加減が先程よりはマシになり、シルバの攻撃が命中したブラックウルフの骨と魔石が残った。


「ぶっつけ本番だと厳しいな。帰ったらちゃんと調整しないと」


 大前提として、森を燃やすような出力は出さなかったとはいえ、素材を駄目にしてしまう威力になってしまったのは事実だ。


 だからこそ、シルバはこの結果を反省してミッションが終わったらしっかり技のコントロールを練習することにした。


 後続の敵は現れなかったので、それを確認してからレイがシルバにダイブした。


『ご主人、火の型も強かったね!』


「ありがとう。でも、まだまだ未熟だったから精進するよ」


『レイも練習のお手伝いするからね』


「そうしてもらえると助かるよ」


 レイはシルバに頭を撫でてもらいご機嫌になった。


『想像以上の火力になったわねっ。きっと、アタシ達との相性が良過ぎたからだわっ』


『私達、魂約。火属性、適正、急上昇。シルバ、体、びっくり』


 (なるほど。俺の体が急に火属性適性を得て戸惑ってるから、細かい調整をできるまで時間が要る訳か)


 熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュの見解を聞き、シルバは急に力を得たことで自分の体に不具合が生じたのだと理解した。


 その時、とんでもない事態が起きてしまった。


 なんと、地震が発生すると共に空に巨大な穴が出現し、その中から肩に該当する部分から翼が生えている蛇にそっくりなモンスターが現れた。


 シルバ達の目視で体長は3m程度で太さは人間の足ぐらいしかなく、全身は青緑色の鱗に覆われており、鋭い牙が生えた口には舌が2枚あった。


 普通の二枚舌かといえば、片方は普通だがもう片方は鏃のような形状をしている。


 (ワイバーンとは違うけど、これってドラゴン型モンスターだよな?)


 シルバが生まれてからというもの、割災でドラゴン型モンスターが現れたという記録は残されていない。


 しかも、空に出現した穴は複数あり、パッと見ただけでも国境を越えた向こう側にも穴が見受けられることから、今回の割災は世界規模のものなのだろう。


『アンピプテラなのよっ。ワイバーンの成体と同等の強さなんだからねっ』


『注意。火、吐く。風、纏う。油断、駄目』


 様々な使用者に渡っていたため、熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュには異界に繋がる穴から出て来たモンスターに見覚えがあった。


 アンピプテラという名前を知っており、ある程度の強さとどんな戦闘スタイルか教えてくれるあたり、シルバの足りない知識を補うという点でも熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュは役に立っている。


「プルァァァァァ!」


『ご主人、ここはレイに戦わせて。絶対に負けられない戦いがそこにあるの』


「あいつに何か言われたのか?」


『可愛い雌だから俺様の番にしてやるって上から目線で言われた。ボコボコにしてお肉にしてやる』


 レイがいつになくやる気になっているのは、自分を弱い雌だと思われたからだった。


 あのアンピプテラの上から目線が気に入らないらしく、レイが身の程を教えてやると思っているならば、シルバはあいつをレイの踏み台にするべきと判断して頷いた。


「わかった。厳しそうだったら助けるけど、やれるところまでレイだけでやってみて良いぞ」


『ありがとう』


 レイはシルバにお礼を言った後、<収縮シュリンク>を解除して元通りのサイズになる。


 それにより、レイが自分と同じサイズまで大きくなったから、アンピプテラは嘘だろうと口をあんぐり開けた。


 ここまで大きくなるとは予想外だったようだ。


 だがちょっと待ってほしい。


 シルバの肩に乗れるぐらいのサイズのレイを可愛いから嫁に来いと言い、元通りのサイズのレイを見て言葉を失ったアンピプテラは果たして正常なのだろうか。


 人間で例えるならば、自分よりもずっと小さいロリ少女を相手に俺様発言で求婚し、ロリ少女が正体を表したらそこの恋心が冷めたということになる。


 はっきり言ってアウト判定である。


 レイは変態なアンピプテラに対し、惜しみなく嵐刃ストームエッジを連射する。


 それがアンピプテラを守る風鎧ウインドアーマーによって防がれるが、レイの攻撃でガリガリとその耐久度は削れていく。


「プルァァァァァ!」


 やられてばっかりではいられないと反撃の意思を示し、アンピプテラは<火炎吐息フレイムブレス>を発動した。


 それがレイに命中したように見えたが、炎に包まれているレイに自分の攻撃が効いていないようでアンピプテラが動揺する。


『残念、それは幻覚だよ』


 アンピプテラが燃やしたのはレイが幻影ファントムで創り出した幻だった。


 答え合わせをしたレイはアンピプテラの頭上に現れ、至近距離から突風衝撃ガストインパクトを放った。


 風鎧ウインドアーマーはこれによって完全に壊れ、シルバー級モンスターが相手でも力押しできるレイの攻撃により、アンピプテラは地面に墜落させられた。


『バイバイ』


 地面から起き上がろうとしたアンピプテラだが、そうはさせまいとレイが嵐刃ストームエッジを放てば首を切断されて力尽きた。


 戦闘が終わった時には頭上の穴が閉じられていたため、シルバは褒めてほしそうに自分を見ているレイを手招きした。


 レイは<収縮シュリンク>で小さくなり、笑顔を浮かべながらシルバの胸に飛び込んだ。


『ご主人、勝ったよ~!』


「よしよし。ちゃんと見てたぞ。幻影ファントムを使った作戦で危なげなく勝てたのは見事だった」


『エヘヘ♪』


 シルバに頭を撫でられてレイは喜んだ。


 レイがシルバに甘えている間、シルバは先程実験台にしていたブラック級モンスターの魔石をリト達に譲った。


 レイにはアンピプテラの魔石があるし、ブラック級モンスターの魔石では既に物足りなくなっているから魔石を譲ったのである。


 5分後、レイが満足したのでシルバはアンピプテラの死体から魔石だけ回収した。


 戦闘中のアンピプテラの写真はマジフォンで撮っておいたが、その死体は研究部門が調べたがるだろうからこの場で全て解体するのは遠慮したのだ。


 魔石をレイに与えると、レイの体を光が包み込んだ。


 光が収まった時にはレイがニコニコしていた。


『ご主人、<浄化クリーン>を会得したよ。これでどこでもスッキリサッパリだね』


 そう言ってレイが<浄化クリーン>を連続で使えば、シルバとレイがシャワーを浴びた後のような清潔な見た目になった。


「何これすごい」


「レイ、僕にもお願い!」


「レイちゃん、その次は私もお願いします」


『は~い』


 レイが体を清潔にできるスキルを得たことで、アリエルとエイルが目の色を変えて迫った。


 レイも雌であり、シルバとイチャイチャしたいけど戦場帰りで汗臭くないか心配な2人の気持ちを理解できたから、リクエスト通りに<浄化クリーン>を使ってあげた。


 今まで以上にレイが生活面でも活躍する未来が見えたため、シルバはレイが満足するまでその頭を撫で続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る