第237話 煩い剣は嫌いだよ

 アリエルの浮かべた笑みからして、やらかす結果が齎されるだろうと思ったが、詳しく話を聞かないで否定するのは良くないからシルバは続きを促す。


「実験ってどんな実験を考えてる?」


「呪われた剣の呪いを解くことができるか調べる実験だね」


「なるほど。アリエルが提案しようとしてる内容が大体わかった」


「流石はシルバ君。付き合いが長い分、僕とシルバ君は以心伝心だね」


 アリエルのこの発言には熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュに対する細やかな対抗心が見えた。


 エイルもシルバと同じスキルを会得していることから、アリエルが何をしようと提案しているのか理解した。


「私もわかりました。シルバ君とレイちゃん、私がいれば3段階に分けてできますね」


「エイルもわかっただと? 俺だけ仲間外れ?」


「ロウ先輩、そんなに落ち込まないで下さいよ。いつものことじゃないですか」


「そうだな。いつものことだって違うわ! サラッと酷いこと言うの止めてくれる!?」


 アリエルが慰めるようでいてしっかり口撃して来るものだから、ロウはノリツッコミ気味で否定する。


 アリエルがやろうと提案していることの答え合わせだが、実験とは背教剣タローマティに光付与ライトエンチャントをかけることだ。


 シルバは普段、熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュを使って【村雨流格闘術】の光の型を使わない。


 これは光付与ライトエンチャントが呪われた剣に良い影響を与えないと思ってのことだ。


 その発想を利用し、どうせ破壊するのなら呪われた剣に光付与ライトエンチャントをかけた際の反応を確かめようというのがアリエルの考えである。


 エイルの言う通り、光付与ライトエンチャントはシルバだけでなくエイルやレイも使えるから、単発で足りない時には二重がけや三重がけも試せる。


 仮に背教剣タローマティを壊したところで、困るのはトスハリ教国だけだからこそ考えられる実験と言えよう。


 ということで、レイが<道具箱アイテムボックス>で亜空間に保管していた背教剣タローマティを取り出し、それを地面に置いた。


 その瞬間、シルバに憑依した熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュが喋り出す。


『人を堕落させる卑しい雌の臭いがするわっ』


『弁舌のみ、取り柄。堕落、観察、愉悦。反吐、出る』


 熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュは背教剣タローマティを毛嫌いしているため、歯に衣着せぬ容赦ない物言いをした。


 自分が現れて早々にボロクソに言われれば、背教剣タローマティだって文句の一つや二つ言いたいところだろう。


 だが、感じられる熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュの気配が自分の知っていた時よりもずっと強まっており、下手に刺激をしたら何をされるかわからなかったので言い返せなかった。


 そんな事情をシルバは関係ないので、準備が整ったシルバは光付与ライトエンチャントを背教剣タローマティにかけてみた。


『ピギャァァァァァァァァァァ!?』


 光付与ライトエンチャントが懸けられた直後、シルバ達全員の頭に甲高い悲鳴が響いた。


 自分にとって効果が抜群な攻撃を不意に喰らわされたため、背教剣タローマティのリアクションは随分と大きかった。


 今も継続ダメージが入っており、背教剣タローマティは体をブルブルと震わせている。


 その悲鳴が煩かったため、レイはムッとした表情で反撃に出る。


『煩い剣は嫌いだよ』


『消えちゃう消えちゃう消えちゃう消えちゃう消えちゃうぅぅぅぅぅ!』


 レイも光付与ライトエンチャントを発動すれば、背教剣タローマティは本気で自分が消滅の危機にあると思って叫んだ。


 その叫びは耳を塞いでも頭に直接届くものだったから、いつもは温厚なエイルもムッとして表情で仕返しし始める。


「喧しいです」


『・・・あっ』


 エイルの光付与ライトエンチャントで背教剣タローマティにかかった光付与ライトエンチャントは三重になった。


 これにはもう叫ぶ余裕もなく、背教剣タローマティは短く声を漏らしてから沈黙した。


 (タルウィ、ザリチュ、背教剣タローマティの様子はどうだ?)


『消滅確認なのよっ』


『反応、消滅。性質、転換。味方、鼓舞』


 (消滅して性質が転換ってどゆこと? 味方を鼓舞するの?)


 てっきり呪いが解けて普通のハルパーになると思っていたら、渇尖拳ザリチュが気になる発言をしたのでシルバは詳細を話すよう促す。


『呪い、祝福、転じる。この剣、使用、味方、鼓舞』


『補足するわねっ。呪われた剣に込められた怨念が三重の光付与ライトエンチャントで強制的に性質を変えられたのよっ。人を堕落させて背教を促す性質だったけど、今は人の希望になって味方を鼓舞する効果に転じたんだからねっ』


 (それはすごいな。アルケイデス兄さんが使ったら良さそうだ)


 ワイバーン特別小隊に所属する自分が使うよりも、皇帝であるアルケイデスが使うべきだろうとシルバは判断した。


 シルバの場合、熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュと魂約しているから、他の武器を使えば彼女達が嫉妬するのは間違いない。


 その上、仮に使えたとしてもシルバはレイと一緒に他の小隊メンバーと別行動することも多いから、味方の鼓舞に使える機会は少ない。


 だとすれば、アルケイデスに使ってもらって軍人を鼓舞するのに使ってもらうのが良さそうと考えるのは自然である。


「終わったぞ。タルウィとザリチュ曰く、呪いが消えて使用者の味方を鼓舞する効果が付いたらしい」


「うわぁ、それはすごいね。てっきり、呪いと一緒に剣も消えちゃうかなって思ってたんだけどな」


「呪いが消えるだけでも切れ味の良いハルパーになるってのに、味方を鼓舞できるってのはすげえな。シルバ、これは皇帝陛下に献上するのか?」


「そのつもりです。俺達が使っても効果は最低限ですから、せっかくならアルケイデス兄さんに使ってもらいましょう」


 ロウはシルバと同じ思考に至っていた。


 味方を鼓舞できるならば、国のトップが持っているべきという考えは常識的なようだ。


『シルバ、この剣に別の名前を付けるべきだわっ』


『同意。背教剣タローマティ、消失。名付け、必要』


 熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュの意見を聞いてそれもそうかとシルバは頷いた。


「レイとエイルに相談だ。この剣に新しい名前を付けたいんだけど、何か良いアイディアはない? 剣の性質を変えるのに協力してもらった訳だし、良い名前だったら採用するよ」


「本当ですか? シルバ君とレイちゃんとの共同作業でしたよね。うーん、どうしましょう」


 エイルは突然のことでどうしようかと悩むが、それは生まれ変わったハルパーが自分とシルバ、レイが家族となった証にもなるので良い名前にしたいと嬉しそうな雰囲気を醸し出している。


 レイはシルバに相談されたことが単純に嬉しかったので、思いついた名前をすぐに口にする。


『希望剣アルマはどうかな?』


「・・・希望剣アルマですか。良い名前ですね。私はレイちゃんの考えた名前に賛成です」


 レイがすらっと出した名前の響きが良かったため、エイルは考えるのを止めてその名前に賛成した。


 レイとエイルがそれで良いならば、シルバがそれに反対する理由はない。


「決まりだな。俺も良い名前だと思うし、今からこれは希望剣アルマだ」


 背教剣タローマティは今この時から希望剣アルマになった。


 名付けをすることで、刃が輝くハルパーは完全に呪われた剣ではなくなった。


 これで万が一トスハリ教国が難癖を付けて来たとしても、希望剣アルマを見せれば別物と判断せざるを得ないだろう。


 呪いが消えて別の効果が付与されているのだから、元々が背教剣タローマティだと証明する手段はもはや存在しないのだ。


 希望剣アルマはレイの<道具箱アイテムボックス>でしまってもらい、そのついでにシルバは自分が壊した催眠剣アンラ・マンユの破片全てを取り出した。


 (ザリチュとタルウィに質問。これらの破片に催眠剣アンラ・マンユの気配って感じる?)


『残滓は感じるわねっ。万全を期すために光付与ライトエンチャントで消滅させるべきだと思うわっ』


『念には念。残滓、消す。用心、大事』


 破壊したとはいえ、熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュが魂約をできるぐらいにパワーアップさせたのだから、催眠剣アンラ・マンユの破片にまだ力の残滓があってもおかしくないとシルバは考えていた。


 その予想が熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュに裏付けられたため、シルバは光付与ライトエンチャントで破片に残る催眠剣アンラ・マンユの呪いを消した。


 今回もレイとエイルの力を借りて三重の光付与ライトエンチャントを使ったところ、光属性を宿す金属になってしまったのは思わぬ副産物と言えよう。

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