第230話 格付けだよ。ご主人、レイはあいつよりも格上だってわからせたの

 3日後、シルバ達ワイバーン特別小隊は研究部門の軍人達がいる研究棟に呼び出された。


『ご主人、今日はどんな用事だと思う?』


「俺達が持ち帰った卵が孵ったんじゃないかな。それで、禁書庫の本にも載ってないモンスターが孵化したとか」


『でも、禁書庫の本ってご主人が知ってる情報を追記したんじゃなかったっけ?』


「そうなんだよな。まあ、俺も追記した後で思い出したことを追記したりすることもあるから、記入漏れがあるかもしれないとは思ってるけど」


 シルバはレイがそんな風に話していると、研究部門のモンスター研究室の室長が研究棟の待合室に入って来た。


 その人物はどことなくエイルに似た柔らかい雰囲気を纏っていた。


「エイル、おはよう。それにシルバ君達もおはよう」


「お父さん、階級が上のシルバに最初に挨拶して下さい」


「おはようございます。俺は別に構わないですよ。親子の挨拶を優先して下さい」


「シルバ君もこう言ってるよ?」


「はぁ・・・。まったく、仕方のない人です」


 モンスター研究室の室長の名はジルドレ=オファニム。


 エイルとクレアの父親にして校長ジャンヌの夫だ。


 階級は主天使級ドミニオンであり、シルバとジャンヌの1つ下だ。


 だからこそ、エイルは娘よりも小隊で最も位の高いシルバにジルドレが挨拶しなかったことを注意した。


 シルバは将来義理の父親になるジルドレが娘を溺愛していると知っているし、それを理由に真っ先に自分への挨拶がないからといって不快に思うこともない。


 ジルドレの雰囲気が柔らかく、シルバと衝突するような性格でないことからも今の関係性を良しとしている。


 ジャンヌが女傑と呼ぶべき性格だから、ジルドレが優しくて夫婦としては丁度良いのかもしれない。


 なお、先程のレイの問いにジルドレがエイルに会いたいからだとシルバが答えなかったのは、ジルドレが仕事は仕事としてきっちりこなすタイプだからである。


「ジルドレ室長、今日は一体何事でしょうか?」


「シルバ君、今はお義父さんと呼んでくれないのかい?」


「今は仕事中ですので、呼ぶのでしたらプライベートの際にさせていただきます」


「そっか。そうだよね。オホン、シルバ君達に足を運んでもらった理由だけど、シルバーレイヴンの巣から持ち帰って来た卵が孵ってね。それらを見てもらいたいんだ。皇帝陛下から特別に貸していただいた禁書庫の本の写しにも見られない個体もいたよ」


 ほんわかした様子のジルドレだけど、咳払いをして少し真剣な表情になった。


 ジルドレの話を聞き、シルバの予想が当たったとレイはシルバにすごいねと尊敬の視線を向けた。


 そんなレイの頭を優しく撫でながら、シルバはジルドレに応じる。


「やはりそうでしたか。では、早速見せていただきましょう」


「勿論だよ。案内するね」


 シルバ達はジルドレの案内で孵化したモンスターのいる部屋に移動した。


 その部屋は訓練室と同じ構造で、室内と廊下を隔てる強化ガラスで部屋の中が見えるようになっている。


 部屋の中には5種類のモンスターがいた。


 5体の内、シルバーレイヴンの雛と鎧のような皮膚を持つ蜥蜴、怠けている蛇を見てシルバはジルドレに声をかける。


「シルバーレイヴンとアーマーリザードとレイジースネークはモンスター学に載ってる個体ですね」


「その通り。この3体はまあ、モンスター学に載ってたから大丈夫なんだけど、残り2体の方がわからないんだ」


 残り2体の外見は、翼を持たない茶色い鳥の雛と緑の甲羅を背負った蜥蜴だった。


「茶色い方はランドードですね。俺がモンスター学に追記できてませんでした」


「ランドードとはどういったモンスターなんだい?」


「鳥型モンスターなんですが、翼がなくて空を飛べない代わりに足が速いです。成体になれば、人を騎乗させて走るぐらいはできますね」


「それはまた面白いね。甲羅のモンスターについては何かわかるかい?」


 ジルドレはランドードのことを知れただけでも収穫だと思ったが、わかることなら甲羅のモンスターについても知りたかったのでシルバに訊ねた。


「すみません。流石に俺も見たことはありませんし、師匠からも聞いたことがないですね」


「ほう。であれば、正真正銘新種のモンスターなのか。せめて、何型のモンスターなのかわかれば育てるのに助かるんだけど・・・」


 異界から紛れ込んだモンスターとしては初めて現れたと知り、ジルドレは甲羅のモンスターに対して期待すると共に不安も感じた。


 シルバでもわからないとなると、今後の育成方針を立てるのに支障が出る。


 どうしたものかとジルドレが腕を組んで悩んでいると、シルバは甲羅のモンスターがレイにペコリと頭を下げたことに気づいた。


「レイ、あの甲羅のモンスターに何かしたのか?」


『格付けだよ。ご主人、レイはあいつよりも格上だってわからせたの』


 その言葉を聞いてシルバはマリアから教わった話を思い出した。


 (確か、ドラゴン型モンスターは上下関係をはっきりさせるんだったよな)


 エリュシカにおいて、ワイバーンはドラゴン型モンスターに含まれる。


 ワイバーンのレイが上下関係をはっきりさせたということは、甲羅のモンスターも見た目からは考えにくいがドラゴン型モンスターなのだろう。


「ジルドレ室長、どうやら甲羅のモンスターはドラゴン型モンスターのようです」


「えっ、そうなの?」


「はい。レイがあれと格付けを行い、自分の方が上だとわからせたことであれはレイに頭を下げました。ドラゴン型モンスター同士が会うと格付けをする修正があるので、あれもドラゴン型モンスターのはずです」


『レイの方が偉いんだよ』


「よしよし」


 自分の説明に補足する形で胸を張るレイを愛らしく思い、シルバはその頭を優しく撫でた。


「ディオニシウス帝国2体目のドラゴンだったとはねぇ。でも、そうすると困ったな」


「どうしたんです?」


「あのドラゴン型モンスターは孵化に立ち会ったメンバーにも懐かなかったんだ。刷り込みが上手くいかなくてね」


「刷り込みが失敗したんですか。それって初めてのケースですよね?」


「うん。初めてだらけで困っちゃったよ」


 ジルドレはどうしたものかと苦笑する。


 今まで刷り込みが上手くいっていたものだから、上手くいかないケースに遭遇するのは初めてだった。


 しかも、甲羅のモンスターがドラゴン型モンスターだとわかれば、やはりドラゴン型モンスターは一筋縄ではいかないと思うのは当然だろう。


 その時、シルバのベルトに収まっていた熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュがシルバに話しかける。


『ちょっとちょっと、タラスクの子供がいるのよっ』


『タラスク、成体、硬い。リベンジ、チャンス?』


 (タルウィとザリチュはあいつを知ってるのか? タラスクって言ったよな?)


 最近では知恵袋のようになっている熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュだから、シルバは期待して訊ねた。


『う~んと昔にアタシ達の所有者が遭遇したことがあるんだからねっ。甲羅が硬過ぎて貫けなかったわっ』


『次、貫く。負けっ放し、嫌』


 (硬いドラゴン型モンスターだってことはわかった)


 熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュからもらった情報により、シルバはタラスクが防御面で優れたモンスターだと理解した。


 この事実をふまえ、シルバはマジフォンである人物に連絡を取った。


 その人物とはアルケイデスであり、ジルドレが少し慌てた。


「陛下、急にいかがされましたでしょうか?」


「シルバからドラゴン型モンスターが孵化したと聞いてやって来た」


「そうでしたか。シルバ君、何か考えがあるのかい?」


「はい。熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュがあのモンスターについて少し知ってました。タラスクという種族だそうです。ジルドレ室長、俺とレイ、アルケイデス兄さんが部屋の中に入っても良いですか?」


「・・・わかった」


 モンスターに関する知識では国一番のシルバに考えがあるならば、ジルドレは任せた方が良いだろうと思って頷いた。


 シルバとレイ、アルケイデスが部屋の中に入り、タラスクに近づく。


「シルバ、もしやこいつを俺の従魔にするつもりか?」


「その通りです。主人がいないなら兄さんに従属してもらいましょう。幸い、レイがタラスクよりも自分の方が格上だとわからせたので、言うことを聞かせられると思います。タラスクの甲羅は熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュの攻撃も防ぐらしいので、兄さんを守る従魔にぴったりではありませんか?」


「なるほど。それは魅力的だな。しかも、タラスクはドラゴン型モンスターだから皇帝になった俺が従魔にしたとなれば、箔が付く訳だ」


「その通りです」


 シルバの考えを理解してアルケイデスは良い考えだと賛同した。


 タラスクはレイにアルケイデスの従魔になれと言われて首を縦に振った。


 格上からの命令は絶対のようだ。


 こうして、研究室では今後の対応に困っていたタラスクがアルケイデスの従魔になり、ジルドレはシルバとレイに感謝した。


 アルケイデスはタラスクが雄だと知ってトーラスと名付けた。


 この日、ディオスではアルケイデスがタラスクをテイムした話題でお祭り騒ぎになったのは言うまでもない。

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