第38話 大人の癇癪とは見苦しい

 デイブは懐から取り出したナックルダスターを嵌める。


「汚い! 素手対素手じゃなかったかよ!」


「いや、誰もそんな話はしてないぞ」


「だとしてもピンチになったら武器に頼るのか?」


「使える物は使うべきだろ」


 周囲が騒がしくなって来たところでデイブがシルバに声をかける。


「1年坊主は汚いとか言わねえんだな」


「ハンデですよ、ハンデ。少しは差を埋めてくれないと俺が退屈ですから」


「そうか・・・。そのムカつく顔面をぶん殴ってやらぁ!」


 デイブが再びラッシュを繰り出すとシルバは先程と違う技を使用する。


「參式:柳舞やなぎまい


 デイブの拳を全て受け流すことでシルバはまともに一撃を喰らうことなく躱し切る。


 それどころか最後の一撃を見切って背負い投げまで決めてみせた。


「がはっ!?」


「ふつくしい」


「なんだ今のは?」


「芸術的だ!」


 デイブの肺から空気が吐き出されている一方で、観客の中でも戦闘コースの学生はシルバの見事な背負い投げに感心していた。


 シルバはデイブが起き上がるよりも前に彼の重心を見極めて踏みつける。


「くっ、起き上がれねえ」


「人型のモンスターを捕獲する時に有効な手段でしたが、人間にも当然効果がありますよね」


「俺はモンスターじゃねえ」


「害をばら撒くという点では同類ではないですか?」


「ブフッ」


 シルバの発言にロウが思わず吹き出した。


 自分もデイブのことを面倒だと思っていたけれど、モンスターと同じカテゴリーで見たことはなかったのだから無理もない。


 そんなロウをスルーしてシルバはデイブを踏みつけたまま2つの選択肢を提示する。


「どちらが良いですか? 1年坊主に衆人環視の中でボコられるのと負けを認めて拳者研究クラブの自主廃部を宣言するのと好きな方を選んで良いですよ?」


「くそごふっ」


「選択肢以外の回答は認めません」


 悪態をつこうとしたデイブを力強く踏みつけることで、シルバはデイブに選択を強要した。


 暗に与えた選択肢以外を口にしたらもっと痛めつけると態度で示したのだ。


 シルバがグリグリと脚を回すことで痛みが増し、時間稼ぎは認めないと言外に告げる。


 これにはデイブも恐怖を感じた。


 今まで自分は父親の名前を使って好き勝手やって来たが、それを全く気にせずに自分を痛めつけられる存在が現れたからだ。


 シルバの自分を見下ろす目には慈悲や容赦が感じ取れず、誰も止めなければいつまでも自分のことを痛めつけるのだろうと察して心が折れた。


「ま、参った。降参だ」


 デイブはシルバに対して降参することを選んだ。


「そこまで! 勝者はシルバ!」


 ロウがシルバの勝利を告げると学生達が歓声を上げる。


「勝ちやがった!」


「下剋上だ!」


「踏みつけられたい!」


「え?」


「「「・・・「「シルバ! シルバ! シルバ! シルバ!」」・・・」」」


 一部耳を疑う声が聞こえたが気にしてはいけない。


 そんな中で学生達の後ろから野太い声が聞こえる。


「どけ! 貴様等どくんだ! 学生風情が俺の行く手を遮るんじゃない!」


 学生達を掻き分けてやって来たのはデイブをそのまま大人にしたような見た目の軍服の男だった。


 来訪者を見てロウは恭しく挨拶をする。


「これはこれはデイブのお父君ではないですか」


「ホープ気取りの門番の弟か。息子にこんなことをしたのは貴様等の仕業か!」


 (ん? ロウ先輩ってソッドさんの弟なの?)


 普段の言動からソッドとロウが兄弟であるとすぐには結び付かなかったが、よくよく思い出してみれば顔のパーツが似てなくもない。


 シルバは心の中で気づかなかったと思っていたが、アルはそれを留めることなく口にする。


「ロウ先輩、ソッドさんの弟だったんですね。普段の行いが違い過ぎて気づきませんでした」


「アル、言葉のナイフって知ってるか?」


「僕は1年生なのでわかりません」


「そ、そうか」


 (アルさんや、それは無理があるだろう)


 アルの賢さならわからないはずがないのにしらばっくれるものだから、シルバはアルの態度に戦慄した。


「おい! 俺を無視するんじゃない! 貴様は俺の息子から脚をどけろ!」


 (やべっ、この人踏みつけたままだった)


 シルバはデイブの父親が来たことでデイブを踏みつけていたことがすっぽ抜けてしまい、今の今まで踏みつけていたことを忘れていたのでデイブから脚を下ろした。


「貴様、よくも俺の息子に土を付けてくれたな!」


「これは貴方の息子との模擬戦の結果です。俺を悪者のように言ってますが、フライングをしたのもそちらですし、こちらが素手なのに対してそちらはナックルダスターを使ってますが何か?」


「そうだな。卑怯なのはデイブの方だった」


「シルバは正々堂々戦ってたぞ」


「煩い煩い煩い!」


 (大人の癇癪とは見苦しい)


 シルバの反論に学生達が加勢するとデイブの父親がそんな言い分なんて認めぬと喚き立てた。


 一概にそうであると決めつけてはいけないけれど、親が親なら子も子という典型例である。


 自分に都合が悪くなると喚き立てる所がデイブとその父親でそっくりだった。


「貴様には俺の息子と同じ痛みを受けさせてやる」


「模擬戦の結果に親が出張るのが軍隊では当たり前なんですか?」


「ブフォッ」


 再びロウがシルバの言葉に吹き出した。


 よくぞ言ってくれたという気持ちとシルバは怖いものなしかと思う気持ちが入り混じって笑いになったようだ。


「学生如きが能天使級パワーに口答えするな!」


「ほう。その論法からすれば、座天使級ソロネの私に貴様は口答えできない訳だな?」


 その声が聞こえて来た方角を見れば校長ジャンヌがいた。


「オファニム卿!? どうしてこちらに!?」


「学生達の模擬戦に口出しをするつもりはなかったのだが、横やりを入れる者がいると聞いてな。私の教育に文句があるんじゃないかと思ってわざわざここまで足を運んでやった訳だ。それで、何か言いたいことがあるんじゃないか?」


「そ、そんなことは・・・」


 デイブの父親はジャンヌが現れたことで先程までイキっていたのに顔色が悪くなった。


 座天使級ソロネのジャンヌに悪い意味で目を付けられたならば、完全に出世の道が断たれてしまう。


 加えて言うならば、今の地位すらもキープできるか怪しくなってしまう。


 贅沢を覚えた者は贅沢ができなくなることを嫌がるため、どうか被害を最小限に済ませたいというのがデイブの父親の願いである。


 ところが、それをわざわざ出張って来たジャンヌが許すはずない。


「では私から言いたいことを言おう。貴様はその息子に私の学校の一部を私物化させることを手伝い、それを正そうとした勇気ある学生を権力で潰そうとしたのだ。そんな者が能天使級パワーに居座って良いとでも思ったか?」


「申し訳ございません!」


「謝るぐらいなら最初からそんなことをするな。それに謝ってももう遅い。動かぬ証拠として貴様が現れた以上、拳者研究クラブは廃部決定。貴様も国民を守る誉れある立場にありながら目下の者を弾圧し、搾取を続けたことから能天使級パワーに相応しくないものと判断した。この件は私から上に報告しておこう」


「それだけはご勘弁を!」


「黙れ。そして失せろ。処分が下るまでは家でおとなしくしてるんだな」


 ジャンヌは言うべきことを言い切ってからこの場を去って行った。


 それからすぐにデイブとその父親は待機していた衛兵に連行された。


 野次馬も解散したけれど、この場にはシルバとアル、ロウが残っており、シルバとアルはロウにジト目を向けている。


「な、何かな?」


「僕達を利用して政敵を排除したことについて何か言うべきことがあるんじゃないですか?」


 ロウが笑って誤魔化そうとしたところにアルが容赦なくぶち込んだ。


「いやあ、助かったよ。俺が直接デイブを叩くと兄貴に迷惑が掛かっちゃうからさ」


「ソッドさんは今回の企みに関与してるんですか?」


「してない! 兄貴は企むとかできない人だから!」


「わかりました。では、今回の一件をソッドさんと会長達に報告しましょう」


「話せばわかる! 話せばわかる!」


 (アルがとても良い笑顔だなぁ)


 この後、アルが自分とシルバの今晩の夕食をロウに奢ってもらうことで話が決着した。


 ホッとした様子のロウだったが、生徒会室で待っていたエイル達留守番組から小一時間説教をされることになって買収は失敗に終わった。


 失敗の原因はシルバとアルの口を閉じても野次馬の口を閉じていなかったからだ。


 結局、ロウは迷惑をかけたお詫びとして生徒会全員に夕食を奢る羽目になった。

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