第193話 上には上がいるのさ

 昼食後、シルバ達は学生会室に移動した。


 そのドアを開けた途端、ジョセフがシルバの前に駆け付けて頭を下げた。


「シルバさん、俺を弟子にして下さい!」


「そう言われる予感はしてた。良いよ」


「ありがとうございます!」


「あぁ、そういうことね」


 シルバがジョセフを弟子にしたことでアリエルは先程のシルバの発言に納得した。


 すぐに決まるとはジョセフが立候補するからだと思えば、納得できないはずがない。


 ジョセフはまだ天使級だったので、師弟制度によってシルバの弟子になることができる。


 <格闘術マーシャルアーツ>と<付与術エンチャント>を会得しており、普段からシルバに面倒を見てもらっているジョセフならばシルバが求める根性もあるだろう。


 弟子になる条件が難しいものであれば、ジョセフの他にこの条件を満たす者がおらず足切りとしては申し分ない。


 これでシルバは学生会の時間以外でもジョセフの面倒を見られるようになった。


 ジョセフがシルバの弟子になったと決まってイェンやメリルがパチパチと拍手する。


「「おめでとう」」


「ありがとうございます。これでシルバさんから少しでも【村雨流格闘術】を教えてもらえます」


 ジョセフのバトルスタイルはシルバが偶にアドバイスをしているが、基本的には我流である。


 それをきっちりシルバに鍛え直してもらえるならば、師弟制度はジョセフにとって非常に価値のある取り組みと言えよう。


 それはそれとして、シルバ達は入学試験や新人戦にまつわるデスクワークを済ませた。


「シルバがいるとやっぱり仕事が早く済む。アリエルもメアリーさんがいた頃の会計と同程度の処理速度。おかげで私が楽をできる」


「とは言っても承認系は会長にお任せするしかないですし、軍の仕事で公欠の日は俺とアリエルがいませんから、今年の採用でその辺をカバーできると良いですね」


「確かに。今年も年次を問わず広く採用すべきでしょう」


 シルバがそう言うとイェンは間違いないと頷いた。


 その会話にメリルが加わる。


「あ、あの、実はこんな物を用意したんですが」


 そう言ってデスクの引き出しからメリルが取り出したのは学生会の会員募集ポスターだった。


「上手い。メリルは絵も描けるんだね」


「良いじゃん。クラブ説明会だけじゃなくてそのポスターも掲示板に貼って新人を呼び込もう」


「掲示板の一番見えやすいところは僕の伝手で確保できるよ」


 アリエルの伝手とは脅迫手帳であり、間違いなく掲示板の目立つ場所にポスターを貼り出せるだろう。


「校内の巡回がてら貼りに行こう」


 イェンがそう言ったことで学生会全員で校内の巡回を始めた。


 ポスターはメリルが持ち、掲示板が見えたらそこに掲示するだけだから巡回ルートはいつもと変わらない。


 巡回を始めるとシルバ達は早速注目を集める。


「学生会だ」


「今日は副会長と会計がいるんだな」


「学校にいてくれた方が国内の平和を感じられてありがたい」


 (そんなふうに思われてたとはな)


 シルバとしては特に意識していなかったが、自分とアリエルが軍学校に来ているなら国内は平和だと思われていた。


 その発想はなかったのでシルバが静かに驚いた訳である。


「レイちゃ~ん」


「今日も可愛いね~」


 シルバに抱っこされるレイを見て学生達が手を振るから、レイはニコニコしながらそれに応じる。


『ありがと~』


 レイに翼を振り返された学生達は良いものが見られたとご機嫌だった。


 校内の巡回は無事に終わり、ポスターも一番目立つ場所に学生会の会員募集のポスターを貼れたから今日の学生会活動は終わりだ。


 まだクラブ活動終了時刻まで時間があるので、ジョセフがポンと手を打った。


「シルバ先輩、余った時間で模擬戦をしてもらえませんか?」


「良いよ。ジョセフが弟子になったアピールにもなるし、変なのが湧いて来なくなるなら一石二鳥だ」


 イェンとメリルとここで別れ、シルバとアリエル、レイ、ジョセフはグラウンドまで移動した。


 決闘バトルクラブがグラウンドを使っていたが、隅の方は空いていたのでシルバとジョセフはそこで模擬戦をすることにした。


「ジョセフ、俺はいつでも構わないからどこからでも仕掛けて来い」


「参ります」


 シルバが指をクイクイと動かすと、ジョセフが風付与ウインドエンチャントで足を覆ってからシルバに突撃した。


 ただし、普通に突撃するだけではシルバからあっさりカウンターを喰らってしまうから、ジョセフはジグザグに進んだ。


 その際に足に纏わせた風がジェット噴射すれば、ジョセフの移動速度がさらに上がる。


「せぁっ!」


 急加速してからの正拳突きを放つジョセフに対し、シルバは冷静に対処する。


「參式:柳舞」


 いくら速くてもシルバの目はしっかりとジョセフの動きを捉えていたため、属性付与をしない基本の型でシルバはジョセフの正拳突きを受け流した。


 それだけで終わることなくジョセフの脳天にチョップを打ち込み、ジョセフは地面に倒れた。


 並の学生なら立ち上がれないが、ジョセフはシルバに時々鍛えてもらっていたおかげで打たれ強くなっており、すぐに立ち上がってシルバから距離を取った。


「あれでも駄目でしたか」


「発想は悪くない。もっと速く動かなきゃ俺には通用しないけど」


「シルバさんの目にも留まらぬ速さって実現できますか?」


「師匠は俺よりずっと速いぞ」


「マジですか・・・」


「上には上がいるのさ」


 マリアがシルバよりも速く動くと聞いてジョセフの表情が引き攣った。


 シルバとジョセフの模擬戦が始まったと知ってか、決闘バトルクラブの学生達が少しでもシルバの強さの秘訣がわかればと集まって来た。


「ギャラリーが増えて来たか。ジョセフ、おしゃべりはこの辺にして次の攻撃を仕掛けて来い」


「わかりました」


 ジョセフは再び足に風付与ウインドエンチャントをかけ、動き出しから飛ばした。


 今度はシルバの周囲をグルグル回り、纏わせる風の量を調整して加速と原則を自在に操る。


 一定の速度だと目が慣れてしまうから、不規則に速度を変化させているのである。


 (この方法は俺もマリア相手に使ったっけ。懐かしい)


 シルバがそんなことを思っていると、死角からジョセフが全速力で突撃しながら拳をこれでもかと連続して繰り出す。


正拳乱打ガトリングストレート


「肆式:疾風怒濤」


 ジョセフの正拳乱打ガトリングストレートは決して軽い攻撃ではない。


 ところが、シルバの肆式:疾風怒濤は殴る度に轟音が鳴るぐらい激しい。


 ジョセフの拳はシルバの拳に威力負けしてしまい、ジョセフは後方に大きく吹き飛ばされた。


 地面にぶつかる際、ジョセフは咄嗟に体全体に風付与ウインドエンチャントを発動して受け身を取ったからダメージをいくらか軽減できたが、それができなかったら大怪我間違いなしである。


 ジョセフが隙を見せる時間を減らすべくすぐに立ち上がるのを見て、シルバはそろそろ終わりにした方が良いだろうと判断する。


「これ以上やると明日に響くだろうからここまでにしよう」


「ふぅ。ありがとうございました」


「どういたしまして」


 終わりにすると言われて息を吐き出し、ジョセフはシルバにお礼を述べた。


 模擬戦が終わったことを知って周囲の野次馬達が散っていく。


 それを見届けてからシルバはジョセフに近づいた。


「どうだった? 2つ技を見せてみた訳だが、何か掴めるものはあった?」


「參式:柳舞はあと少しで盗み切れそうです。肆式:疾風怒濤はまだまだ先の話ですね。參式:柳舞の後は壱式:拳砲から習得します」


 昨年の夏、風紀クラブとの模擬戦で見様見真似:柳舞を使ったジョセフだが、そこから完全な柳舞に仕上げるには受け流すべきあらゆる攻撃を知り、それを捕捉する目が必要になる。


 ジョセフが【村雨流格闘術】の基本の型で最初に習得できそうなのは參式:柳舞だろうけど、その後にいきなり肆式:疾風怒濤を習得するのは難しい。


 それは風付与ウインドエンチャントによる加速を用いてもラッシュで力負けしたことから明らかだ。


 だとしたら、壱式:拳砲から順番に習得した方が良さそうである。


「それが良い。俺が教えた筋トレと正拳突きのトレーニングは今もちゃんと続けてる?」


「勿論です。毎日欠かさずやってます。正拳突きも前にやったら石は砕けるようになりました」


「よろしい。基本の型の拳砲でも岩や煉瓦が砕けるから、少しずつではあるけど着実に力は付いてるぞ」


「ありがとうございます。これからも精進します」


 ジョセフのトレーニングの進捗確認を終え、シルバ達は下校時刻になったのでそれぞれ家と学生寮に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る