第75話 悲しいこと言うなよ
学食で夕食を取った後、シルバとアルは交代でシャワーを浴びた。
アルが先に入っている間にシルバが
両方がシャワーを浴びて後は寝るだけという状態になってから、今日のフィールドワークの情報共有を行う。
「シルバ君、どっちから話す?」
「アルからで頼む」
シルバがそう言ったのはタオとのミッションで共有することが多かったからだ。
色々とアルからツッコミを受けそうなので、先にアルの報告を聞いた方が良いだろうという判断である。
「わかったよ。僕のミッションはウォーガン君とヘメラ草原で植物採集だった。採集したのはポットフラワーとナメリソウ、アッツィクローバーだよ」
「そっちも3級ポーションと4級ポーション、爆弾ポーションの素材か」
「そっちもってことはシルバ君達もだったんだね」
「まあな。すまん、先を続けてくれ」
ポットフラワーは3級ポーションの調合素材になる話であり、壺のような花には綺麗な水が蓄積される。
綺麗な水は薬品調合になくてはならない物であり、2級ポーション以上を作ろうとすればもっと綺麗な水が必要になる。
ナメリソウは葉がベタベタする草だが、そのベタベタする成分が4級ポーションを調合するのになくてはならないものだ。
アッツィクローバーは日光を浴びて熱を溜め込む植物であり、葉の数が多い程溜め込む熱量が多い。
アッツィクローバーの熱と点滅苔が合わさるとほとんど爆弾ポーションは完成だ。
むしろ爆発の威力はこのままの方が強いけれど、持ち運びできないぐらい危険なので衝撃を与えるまで爆破しないようなストッパーとなる素材を混ぜる必要がある。
シルバは話を遮ってしまったのを詫びて続きを話してくれと促した。
「先と言ってもウォーガン君はあまり喋る方じゃないから大した話はしてないんだ。せいぜい野生動物やはぐれモンスターに遭遇した時の対応について事前に話したぐらいかな」
「事務的だなぁ。ウォーガンにもうちょっと興味を持ってやれよ」
「そう言われてもなんだかウォーガン君が僕を避けてるみたいなんだもん」
「避けてるか? どっちかって言うとウォーガンがアルに怖がってるイメージがあるけど」
「そうなの? なんで?」
ウォーガンが自分を怖がる理由がわからないのでアルは首を傾げた。
「夏休み前の実技の授業でアルとウォーガンが戦った時のことを覚えてるか?」
「覚えてないや。多分、あっさり終わっちゃったんだと思うけど」
「正解。ウォーガンが
「それだけで怯えられるのは困るね。落とし穴で戦闘不能にする時だって、殺傷力の高い棘とか用意してないのに」
(その容赦のなさに怯えてるんだよなぁ)
言ってしまいたい気持ちもあったが、言ったところでウォーガンのメンタルが弱いという結論を出しそうなのでシルバは口にしなかった。
「確かにアルが本気ならもっと容赦しないよな。それで、ミッションの間は野生動物やはぐれモンスターに襲われたの?」
「いや、何にも襲われなかった。だからすぐに採集して帰って来れたよ」
「無事に帰って来れて良かったじゃん」
「まあね。でも、やっぱり僕はシルバ君と一緒が一番だなって思ったよ。他の人だと気が抜けないし」
アルは身バレしないようにいつも気を引き締めているため、シルバと二人きりの時だけ少し緩めている。
勿論、外では最低限注意しているから、実際のところは夕食後から翌朝の身支度をするまでの時間だけしか気を緩めていないのだが。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、アルはもっと他の人と仲良くなった方が良いんじゃね? いざって時のために頼れる奴は1人でも多い方が良い」
「それはまあそうなんだけどね。もっと偉くなれれば身分を偽る必要もないんだけど」
「偉くってどれぐらいだ?」
「最低でも
ここまで軍人を育てるのは大変なので、
今のアルが
「楽な道じゃなさそうだな」
「うん。でもね、僕には別の方法もあるかなって思ってるんだ」
「と言うと?」
「偉くなったシルバ君と結婚する。その時に実は女でしたってサラッと発表するんだ」
いきなり自分との結婚を選択肢として提示して来たアルに対してシルバはジト目になる。
「アルさんや、結婚をそんな手段みたいに扱うんじゃありません」
「王族とかお偉いさんの家なんて政略結婚ばっかりだよ? 恋愛結婚なんて幻想なんだよ?」
「悲しいこと言うなよ」
「悲しくなんてないよ。僕、シルバ君のこと大好きだし。シルバ君の子供産みたいぐらい好きだもん」
「お、おう・・・」
ストレートにアルの気持ちを伝えられてシルバは言葉に詰まった。
まだ恋愛がよくわかっていないので、自分の子供を産みたいぐらい好きと言われてもどう反応すれば良いかわからないのだ。
「別に今すぐ答えてほしいとは言わないけど、僕がシルバ君を好きだってことは忘れないでね」
「・・・参考までに聞きたいんだけど、俺のどこが好きなの?」
恋愛についてよくわかっていないからと考えないで逃げるのは良くない。
そう考えたシルバはアルに自分のどこが好きか訊ねた。
他人の好きという感情が何故生じるのかわかれば、自分も相手を好きなのかどうかわかるのではと考えたのである。
「シルバ君の好きなところ? いっぱいあるけど特に好きなところは3つかな。まずは文武両道なところだね。突き抜けてるなら片方あれば良いなんて人もいるけど、どっちもできる方が良いよ」
「文武両道か」
シルバはアルの言葉を自分でも口にしてみた。
今のシルバが力も知恵も身に付けたのは異界に飛ばされたからだ。
脳筋なだけでは頭脳戦でやられるし、賢いだけでは頭でっかちで終わってしまう。
マリアという師匠が文武両道であり、それが生き残るにはベストだと思うからここまでやって来れたし、これからもそのつもりである。
確かに自分のパートナーとなる人が文武両道なのは良いことだとシルバは納得した。
「次に移るよ。次は入学前に僕を助けてくれたことだね」
「あれは掏摸を見てムカついたし衛兵に突き出せば金になると思って助けただけなんだが」
「それでも助けてくれたことに変わりはないよ。人ってね、案外助け合わない生き物なんだ。少なくとも僕は母さんが死んでから売買契約以外で助けてもらったことはない。だから、シルバ君が僕に対して善意で助けてくれたのは嬉しかった」
シルバは孤児院にいた時のことを思い出した。
あの頃は自分も周りもどうやって自分が飢えずに生きていくかばかり考えており、他人は利用すべき存在でしかなかった。
その考えはマリアによって力と知恵を得た結果、自分に余裕が生まれたことで変わった。
助けた相手に見返りを求めない人の方が、助けた相手に必ず見返りを求める人よりも良いという考えにシルバは納得した。
「その点も納得した。最後の理由は何?」
「僕という面倒な存在を受け入れてくれたこと」
「うん。うん?」
一旦は頷いてみたがよくわからなくてシルバは首を傾げた。
「僕は自分が面倒な人間だって自覚してる。生まれもそうだし性格もね。それでもシルバ君は僕のことを受け入れて協力してくれたでしよ? どんなに強がっていても人は1人じゃ生きられない。僕にはシルバ君が必要なんだ」
「・・・俺もアルに必要としてもらえるのは嬉しい。異界に飛ばされた時、マリアが足手纏いな俺を助けて育ててくれたことも嬉しい。多分、そういうことを言ってるんだよな?」
「う〜ん、こればっかりは理屈じゃなくて気持ちの問題だよ。僕はシルバ君のためならなんだってしてあげたいと思ってる。だから、シルバ君が僕に対してそう思えるようになったら教えてよ」
「わかった。これからはもっとアルのことを真剣に考えてみる」
「ありがとう」
この後、シルバから報告する空気ではなくなったため、そのままシルバとアルは寝ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます