第74話 媚薬を少々
ゴブリンが水場から離れていくと、その後ろをシルバとタオが馬から降りて静かに追いかける。
ゴブリンは自分が尾行されているとは全く考えていないのかどんどん先に進んでいく。
(うじゃうじゃいないと良いんだが)
ゴブリンは1体いれば30体いるなんて言われるモンスターなので、巣を討伐するならば10体程度倒せば終了なんてことは考えにくい。
30体倒して終わりならまだマシだが、100体ぐらいの巣があったなんて報告もない訳ではない。
シルバにとってゴブリンは雑魚だが持久戦になると数は戦局を変えることもある。
今日はタオもいるが、タオは薬品を使って戦うスタイルだから薬品が切れると戦力は半減する。
むしろ戦えなくなったタオはシルバの弱点になるかもしれないから、さっさと巣を潰すべきである。
ゴブリンは水場から10分程離れた所に長い草むらに巣を作っているようで、ゴブゴブゲヒゲヒと声が聞こえた。
「どうやらここが巣のようだ。巣に飛び込んで戦うには視界が悪いのが面倒だな」
「シルバ君、ゴブリンホイホイがあるけど使いますか?」
ゴブリンホイホイとはゴブリンが好む匂いのする香水だ。
ゴブリンの巣に乗り込まずに戦うにはどうすれば考えた先人が作り上げた薬品である。
「使おう。ゴブリンホイホイなんてよく持ってたな」
「ゴブリンから逃げるにも倒すにも便利ですから、ディオス以外では持ち歩くようにしてるんです。勿論、うっかり試験管が割れたら袋叩きにされてしまうので扱いには細心の注意を払ってますが」
タオが言う通り、ゴブリンから逃げるにもゴブリンホイホイは有用だ。
適当な木にかけて逃げてしまえば、ゴブリンをその木で足止めできる。
ゴブリンを誘き寄せる匂いは攻撃にも撤退にも使えるから、要は使う人次第ということだ。
「タオが自分で割る姿は想像つかないけどな。あそこにある枯れ木にかけてみるか?」
「そうですね。他に適当な場所もありませんし、あの木にかけてみましょう」
「かけるのは俺がやる。俺が囮として暴れるから、タオは馬が逃げないようにしつつ援護を頼む」
「わかりました。お願いします」
タオもゴブリンにわらわら来られたら捌けないので、シルバの作戦に頷いた。
タオからゴブリンホイホイを受け取ったシルバは枯れ木にそれを振りかける。
基本的に試験管1本が1回分なので、蓋を開けたらそれを使い切るのがセオリーだ。
「「「・・・「「ゴブ!?」」・・・」」」
枯れ木にゴブリンホイホイがかかった直後、長い草むらからゴブリンの群れが飛び出して来た。
(即効性があるなんてもんじゃないぞ?)
「ゴブゥ?」
「ゴブゴブゥ?」
「ゴブゴブゴブゥ!?」
ゴブリンの群れは枯れ木に押し寄せる。
「弐式雷の型:雷剃!」
シルバは雷を右手に纏わせてから大振りで横に薙いだ。
それによって雷をまとった斬撃がゴブリンの群れ目掛けて飛んで行き、まとめてそれらを真っ二つにする。
冷静なモンスターであれば、一撃で複数体の味方を倒す敵がいれば逃げ出すものだ。
ところが、ゴブリンホイホイのせいでゴブリン達は完全に冷静さを失っている。
その証拠に無事だったゴブリン達は仲間の屍を越えて前進する。
「壱式水の型:散水拳!」
「「「・・・「「ゴブァ!?」」・・・」」」
シルバが繰り出した拳から無数の水滴を飛ばし、それが散弾の如くゴブリン達の体を貫通した。
それでも生き残ったゴブリン達は依然として枯れ木を求めて前に進む。
(これってまさか特別性のゴブリンホイホイか?)
シルバはゴブリンホイホイの効き目が強いのでそのように考えた。
彼の知る限り、ゴブリンホイホイはゴブリンを惹き寄せる程度の効き目しかないはずだ。
それがタオに貰ったゴブリンホイホイの匂いを嗅いだゴブリン達は目がハートマークになっている。
酷い個体なんて腰を振りながら歩いていて確実に盛っているレベルだ。
少し考え事をしている間にゴブリン達との距離が縮まっていたので、シルバは再び動き出す。
「肆式:疾風怒濤!」
殴られたゴブリンが後ろにどんどん吹き飛ばされ、それが後ろにいたゴブリン達をドミノ倒しにしていく。
直接殴られたゴブリンは力尽きているが、巻き込まれただけのゴブリンはまだ生きている。
息のあるゴブリン達が倒れている所を狙ってタオが紫色の液体の入った試験管を投げた。
試験管が割れると中の液体が気化してまだ息のあったゴブリン達が次々に泡を吹いて動きが止まった。
草むらから出て来たゴブリンの群れを倒し終えたところでタオが馬と共にシルバの近くに来た。
「シルバ君、ごめんなさい。渡した奴は試験的に改良したゴブリンホイホイでした。こっちが通常のやつです」
「やっぱり? あの効き目で普通のゴブリンホイホイとは思えなかったぞ。何を入れたらこんなことになるんだ?」
驚いたものの有用であることは間違いなく、シルバが対処できる範疇に収まったから怒ってはいない。
そうだとしても、予想以上の効果を発揮したゴブリンホイホイに興味が湧いたからシルバは訊ねた。
タオは当然の質問に対してもじもじしながら答える。
「媚薬を少々」
「お、おう。なんでその発想になったんだ?」
「ゴブリンは性欲の強いモンスターです。そこを刺激すればゴブリンホイホイの効果が上がると思ったんです」
「効果覿面だったな。それを渡したのはわざと?」
「通常のものの効果がいまいちな時に渡そうとは思ってましたが、色が通常のものと試作品で同じだったので渡す順番を間違えてしまいました」
タオが自分の失敗に気付いたのはゴブリン達の反応を見てのことだ。
通常のゴブリンホイホイでは見たことのない反応を示すゴブリンがいて慌てて確認したところ、シルバに渡したそれが試作品だとわかったのである。
「タオが俺を嵌めるつもりはないと信じるけど、他の人が同じ判断をしてくれるとは限らない。これからは注意してくれよな」
「はい。今度は色を変えたりして一目で区別できるようにします」
「その方が良い。それで、試作品のゴブリンホイホイは軍に提出してないんだろ? まだ残ってるなら俺からタオの名義で提出しようか?」
「良いんですか?」
「別に良いぞ。使える物は使うべきだ。実際、効果があったんだから報告すべきだろ。それに、上手くいけば他のモンスターをホイホイできる薬の研究にも良い影響が出るかもしれない」
「よろしくお願いします」
そこまで言ってもらえるならタオはシルバにもう一つ残していた試作品を渡した。
それから、シルバとタオは討伐の証拠になるゴブリンの耳を削いで死体を穴を掘って埋めた。
耳を数えてみた結果、ゴブリンの数は55体だとわかった。
100体はいなかったけれど、やはり1体見たら30体以上いるという話は事実だったと証明された。
「草むらの巣も見てみよう。何か役立つものがあるかもしれない」
「そうですね」
巣が近くにあるのにゴブリンだけ倒して巣を確認しないなんてことは、余裕がある状況でするべき判断ではない。
シルバとタオは馬を連れて草むらの巣の捜索に移った。
草むらの巣にはパッと見ただけでも齧りかけの木の実や人や動物の骨、ゴブリンベビーがいた。
「不衛生な巣だ。長くこの場に止まったら病気になりそうだ」
「ゴブリンベビーがいますね。殺しましょう」
「ちょっと待ってくれ。このまま連れ帰りたい」
「・・・なるほど。軍の実験台ということですね?」
「その通り。俺が聞いた話じゃゴブリンベビーの実験台が少ないらしい。連れ帰れるなら連れ帰った方が軍のためになる」
ゴブリンも年に何体かは捕獲して軍の施設に運ばれる。
ゴブリンは割とすぐに見つけられるが、ゴブリンベビーはなかなか見つからない。
何故ならゴブリンベビーが成体になるまで1ヶ月もかからないからだ。
他に目ぼしい物はなかったため、ゴブリンベビーを捕獲したシルバ達は巣を壊して埋めた後、水場に移動して点滅苔を採集してからディオスに急いで戻った。
試作品のゴブリンホイホイ改良版とゴブリンベビーというお土産により、ミッション達成報告の後、タオはB1-1で三番目の
このフィールドワークにより、タオとの関係が深まったことはシルバにとっての収穫だろう。
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