第73話 一言で言えば地上最強

 翌日、シルバとタオはフィールドワークでアイテル湖にやって来た。


 人数が2人でアイテル湖のディオス寄りの位置ということもあり、シルバとタオは馬1頭に2人乗りする形で移動している。


 この馬は軍学校所属であり、シルバが夏休みに乗馬の訓練をして乗れるようになったのだ。


「シルバ君は馬に乗れるんですね」


「夏休みに俺とアルは乗馬と御者は空き時間に練習させられたんだ。会長とロウ先輩は元々乗れたから」


「学生なのに軍人って大変なんですね」


「まあな。成り行きでそうなったとはいえ、まさかここまで早く軍人になるとはって感じだけど」


「思えば入学初日で天使級エンジェルになってましたし、シルバ君は本当に規格外です」


 タオはシルバの後ろに座ってシルバの腹部に腕を回して抱き着くようにしている。


 これをアルが知ったらジェラシー全開になるだろうがそれは少し後の話である。


「タオは夏休みに何をしてたんだ?」


「私は実家の手伝いと戦闘訓練、薬品の調合ですね」


「実家の手伝い?」


「はい。私の家は薬屋なんですよ。なので、薬を作るのは5歳ぐらいからやってました」


 シルバは思い返してみるとタオと話す機会がそれほどなかったため、この機会にタオとも交流を深めようと思った。


 薬品の調合はシルバが勉強中であり、何かとタオにも知恵を借りるかもしれないという下心もある。


「5歳からってのはすごいな。今、俺も調合の勉強をしてるんだ。もしかしたら、タオに調合の知識を借りるかも」


「私の力で良ければいつでも頼って下さい」


 タオも同い年にして能天使パワーに昇格したシルバと仲良くすることはメリットがあると考えており、シルバの申し出に笑顔で応じた。


「話は変わるけど、今日のミッションで採集するのはどれも薬品に使われる物だよな?」


「そうですね。3級ポーションと4級ポーション、爆弾ポーションの素材にするんだと思いますよ」


「爆弾ポーション? あぁ、調合が難しいあれか」


「そうです。あれは危険物ですから調合するのに一定の実力が必要です。その口振りからしてシルバ君も作れるんですね」


「ということはタオも?」


「勿論です。実家では爆弾ポーション作りも行ってましたから」


 シルバとタオはお互いの調合の実力が1年生レベルどころか5年生にも通じるものだと理解した。


 例外こそあれど、爆弾ポーションを扱える実力は大体5年生ぐらいだと言われている。


 爆弾ポーションの素材自体は危険ではないのだが、それを調合すると化学反応が起きて急激に危険な代物に変わるのだ。


「軍学校に来たってことはタオは卒業後に実家を継がないのか?」


「はい。私の兄が実家を継ぐ予定ですので、私は今の暮らしを守るために帝国軍に入ろうとしてます」


「なるほど。タオは将来のこともしっかり考えてるんだな」


「既に能天使パワーになってますけどシルバ君は考えてないんですか?」


 タオはシルバが思い描く将来に興味があって訊ねてみた。


 突然訊くような話題でもないので質問するなら今だと思ったのである。


「ぶっちゃけるとそこまで将来の計画とかないんだよな。軍学校に来たのは師匠に言われたからだし」


「シルバ君の師匠ってどんな方なんですか?」


「一言で言えば地上最強」


「地上最強ですか?」


 シルバが断言するものだからタオは目を大きく開いた。


 現時点ではシルバよりも強い人がゴロゴロいるのだろうというのがタオの認識だが、シルバがそれだけ自信を持って言い切るなんてどんな人なのだろうと更に興味が湧いた。


「俺が主席で入学できたのは師匠のおかげだし、どんなに強くなっても師匠だけには勝てるビジョンが見えない。徒手空拳だけじゃなくてあらゆる武器に精通してるし、知識量も多分軍学校で学べる以上だろうな」


「それならその師匠の所にいた方がシルバ君としては良かったんじゃないでしょうか? 一体どうして軍学校に来ることになったんですか?」


「師匠曰く何人たりとも若人から青春を取り上げてはならないんだってさ」


「えぇ・・・」


 自分には考えつかなかった理由でシルバが軍学校にやって来たため、これにはタオも反応に困った。


 タオは自分が現実主義である自覚がある。


 それゆえ、マリアの考え方は思いつきもしなかったのだ。


「俺は何が青春かってのはまだよくわかってないけど、軍学校生活も楽しめてるからこれで良いんじゃないかと思ってる」


「そうですか。まあ、考え方は人それぞれですからね。いずれにせよ、シルバ君なら帝国軍で上を目指せるでしょうから頑張って下さい」


「おう。タオも一緒に頑張ろうぜ」


「はい」


 話し込んでいる間にシルバとタオはアイテル湖に到着した。


 2人がミッションとして持ち帰るように指示されたのは点滅苔とキュアハーブ、チックの実だ。


 点滅苔は3級ポーションの調合素材であり、日中に浴びた光を夜になって点滅しながら放出する特性を持つ。


 キュアハーブは4級ポーションの調合素材であり、そのまま服用しても自己治癒力を高めて疲労を回復する効能がある。


 チックの実は爆弾ポーションの調合素材であり、これ単体では爆発することはないが特定の成分が含まれた他の素材と調合することで爆発する特性を持っている。


「ヒヒィン」


 シルバとタオが乗って来た馬が何かを見つけたらしく、それがある場所に向かって勝手に進んで行く。


「キュアハーブでも見つけたか?」


「そうかもしれません。よく走る馬はキュアハーブを好みますし」


 よく走る馬はただ歩く馬よりも疲れる。


 だからこそ、キュアハーブを好むということだ。


 キュアハーブを採集する際は、乗っていく馬の分も確保する必要がある。


 それを考えずに採集するとうっかり馬に納品分まで食べられてミッション失敗なんてこともあったりする。


 昨日、学生会室でイェンからその情報を仕入れたシルバは馬の分もキュアハーブがあれば良いのだがと祈った。


 幸い、キュアハーブは馬が食べても十分な量生えていたため、シルバもタオも安心して採集できた。


「この馬がムシャムシャ食べても納品分確保できて良かったな」


「本当ですね。私達を運んでくれたんですから、馬に我慢させるのも申し訳ないですし」


「そうだな。馬も疲れたままじゃパフォーマンスが悪くなっちゃうから労える時に労わないと」


「ヒヒィン♪」


 よくわかっているじゃないかと馬は鳴いた。


 馬だって生き物だから、自分の扱いが酷ければ乗り手のために頑張ろうと思わなくても当然だろう。


 馬の疲れが取れた頃に近くにチックの実が生っているのを見つけてそちらも採集した。


 この実は食べるのには向かないので馬は少しも興味を示さなかった。


「チックの実はこれぐらいあれば充分か?」


「はい。採り過ぎは良くありません。今後のことを考えればこの辺で止めておくのが良いでしょう」


 緊急事態でもない限り、採集し尽くしてしまうのは悪手である。


 それはシルバもタオも同意見だったので、最後の点滅苔を探すために移動した。


 点滅苔は水場にしか存在しない。


 そして、水場には動物やはぐれモンスターが現れるから、周囲を警戒せずに採集する訳にはいかない。


 水場が間近に迫ったところでシルバは静かに馬を止まらせた。


「いるな」


「何がいますか? まさか、はぐれモンスターですか?」


「ゴブリンだ」


「・・・何処かに巣がありそうですね。潰しに行きませんか?」


 タオがゴブリンの巣を潰すことを真っ先に口にしたのは採集するのにゴブリンが危険な存在だからだ。


 採集は質さえ問わなければ誰にもできる。


 貧しい暮らしをしており、手に職のない者は植物を採集してその日暮らしをすることだってある。


 タオの実家の薬屋ではそういった者達からも買い取りをしており、彼等がゴブリンに襲われたり攫われたまま帰って来なかったなんて話も聞く。


 ゴブリンは人間の女性を使って同族を増やすこともあるから、叩ける時に叩いておきたいというのがタオの正直な気持ちである。


「潰しに行くか。俺も軍人だ。これから被害に遭うかもしれない人がいるとわかって放置する訳にはいかない。それに、俺が行かなくてもタオだけ行きそうだし」


「すみません。どうもゴブリンの話を聞くと穏やかな気持ちではいられないんです」


「この状況だから俺の指示に従って戦ってくれよ? タオが考えなしに行動するとは思ってないけどさ」


「勿論です。そこは小隊長殿の指示に従いますとも」


 タオに軽口が叩ける余裕があることにシルバはホッとした。


 ミッションを一時的に中断し、シルバとタオはゴブリン退治に向かう。

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