第72話 どこからでもかかって来い

 ヨーキとサテラの模擬戦が終われば、残すところはシルバとアルのペアだけだ。


 キマイラ中隊の第二小隊に配属されて以降、第二小隊のメンバーは学生と軍人の二足の草鞋を履くことになった。


 夏休みの間は学生会の仕事を午前中に素早く済ませ、午後は第二小隊として招集される時のために各々できることを増やす時間に使われた。


 シルバはエイルの力を借りて調合の知識を深めた。


 エイルも学生会長だがクレアと同じぐらい調合できる実力を有している。


 エイルはシルバに調合の知識を教える代わりに戦う術をシルバから学び、夏休みが終わる段階ではB1-1の学生と戦っても簡単には負けない強さまで鍛えられた。


 アルはソッドやマルクスの空き時間に質問して兵站について学び、あっという間に兵站の知識でソッドに並んでしまった。


 流石にずっと専門で勉強していたマルクスには追い付けなかったが、それでも先に勉強していたソッドに追いつくのだからアルは賢いのだろう。


 ロウはエレンから作戦立案のノウハウを学びつつ、エレンがソッドを好きだと知って効果的なアプローチを教え返した。


 なお、4人は第一小隊のメンバーと模擬戦も行って確実に実力を引き上げられている。


 余談だが、ソッドは家名をガルガリンに決めたため、ロウもロウ=ガルガリンを名乗っている。


 それはさておき、シルバとアルが模擬戦をする番だ。


 キマイラ中隊を監督する立場にあるポールは2人の実力を知っているから釘を刺すことを忘れない。


「お前等ー、くれぐれもやり過ぎんなよー?」


「はい」


「わかりました」


「なら良し。始めー」


 ポールが気の抜けるような合図を出した瞬間、シルバを中心にその半径5mの地面が落とし穴に変わる。


「やると思った」


「やっぱりバレちゃったか」


「「「・・・「「えぇ・・・」」・・・」」」


 シルバが宙を蹴ったままアルを見下ろして言うと、アルはペロッと舌を出して応じた。


 そのやり取りを見てヨーキ達は最初から非常識な戦いに顔を引き攣らせた。


 アルは凹ませた地面を逆に隆起させてシルバを天高く打ち上げようとするが、シルバはそれを見抜いて空を駆けるからアルの攻撃が当たらない。


 地形操作だけが自分の攻撃手段じゃないぞとアルが火の玉に攻撃手段を変更したら、シルバは攻撃を躱しつつ接近して反撃に出る。


「肆式:疾風怒濤!」


「それっ!」


 シルバの攻撃がアルに当たる前に鉄の壁が出現して身代わりになる。


 それが間に合わなかったならば、アルは鉄の壁のようにいくつもの拳の痕によって形が歪んでいただろう。


「あいつ等夏休みだけでどんだけ強くなってんだよ」


「まさかこれほどまでとは・・・」


「強い」


「見事」


 ヨーキ達はシルバやアルとの差を詰めたと思ったら差をつけられていたと知って戦慄した。


「シルバ君、拳は大丈夫?」


「そう思うぐらいなら鉄の壁なんか出さないでくれよ」


「そんなこと言ったって岩の壁じゃあっさり砕かれちゃうじゃん」


「そう思って属性付与はしてないだろ?」


 シルバが間接的に本気を出していないと告げたことでヨーキ達がざわつくけれど、その声は集中しているシルバの耳には届いていない。


「まだまだいくよ」


「どこからでもかかって来い」


 アルは会話を中断して大量の火の玉で作ったドームに自分とシルバを閉じ込める。


 これはシルバだけを閉じ込めようとすれば、その考えを読んで自分の背後に移動しているなんてことになりかねないからだ。


 そうであるならば、自分が攻撃に当たるリスクがあったとしても自分ごと無数の火の玉で作ったドームの方が良いという判断である。


「全部避けられるかな?」


「肆式水の型:驟雨!」


 両腕に水を纏わせたシルバは次々に自分に襲い掛かる火の玉をひたすら殴って消火していく。


 アルの全包囲攻撃も異常だが、それを完全に消していくシルバの集中力と技の威力はそれ以上に衝撃的だった。


 ヨーキ達は驚き過ぎて言葉が出なくなっている。


「うーん、これ以上やるとグラウンドが酷いことになっちゃうなぁ」


「今回も俺の勝ちかな?」


「そうだね。ハワード先生、降参します」


「ふぅ、この辺で終わってくれて良かったぜ。模擬戦はここまで。勝者はシルバ。お前等は軍学校内で本気で戦うなよ? あちこちに説明するのが面倒だから」


 ポールが本気で戦った2人を見たような口ぶりだったので、ヨーキ達はこれでもまだ本気ではないのかと驚く。


「わかってます」


「勿論です」


 シルバとアルは言うことを聞かない手のかかる学生ではない。


 それがポールにとっては救いだった。


 5回の模擬戦で各自の夏休みの成長度合いは大体わかった。


 この実力ならばフィールドワークを行っても無駄死にすることはないだろうと判断し、ポールはフィールドワークについて説明を始める。


「なんでそうなったかまではわからんが、割災はいつどこでどれぐらいの時間起きるか解明されてない。もしも割災が起きたとしても、冷静に行動できるようにするにはフィールドワークで慣れておくのが効果的だ。これがフィールドワークを行う理由だ。ここまではついて来れるかー?」


 ポールの問いかけに10人の学生が首を縦に振った。


「よろしい。そんじゃ、次はフィールドワークで何をするか説明しよう。簡単に説明するならば、合同キャンプのミッションに近いことをやってもらう」


「はい!」


「なんだヨーキ? 昼休みはもっと先だぞ?」


「お腹が空いたことを伝えたいんじゃありません!」


「すまん。なんだか空腹っぽい感じがしたからついそう言っちまった。それで、どんな質問だ?」


「腹は減ってますけど我慢できます。じゃなくて、フィールドワークは1人でやるんですか? それともコンビやチームを組むんですか?」


 ポールの観察眼は正確にヨーキの空腹度合いを見抜いていた。


 わざわざ答えなくても良いのに答えるあたりがヨーキらしい。


 それはそれとして、ヨーキの質問はシルバ達全員が気になっていたところだ。


 合同キャンプの時は5人チームでいた訳だが、フィールドワークでは単独もしくはコンビなんてこともあり得るなら事前に聞いておきたいと思うのは当然である。


「ミッションの内容による。最初はコンビの想定でいてくれ。慣れて来たらソロもある。4人や5人で挑ませる時は難易度が高いと思っておくと良いぞ」


「コンビは自分達で決めるんですか?」


「最初の何回かは俺が決める。その様子を見てコンビも好きに組んで良いかどうか判断する」


 ポールはフィールドワークを前倒しで解禁することに対していきなり教え子達に自由にさせたりしない。


 仲が良いからという理由でコンビを組んだとしても、与えられたミッションに適性がないことだって十分あり得る。


 そうならないように最初の数回はポールがミッションに応じて組み合わせを決めるつもりだ。


 そこまで聞いたら今度はサテラが手を挙げる。


「サテラは何が訊きたいんだ?」


「フィールドワークを行うのはニュクスの森だけでしょうか?」


「いや、へメラ草原とアイテル湖も対象だ」


 ニュクスの森とへメラ草原、アイテル湖はそれぞれディオスの南西部と南東部、北部にある。


 シルバは異界から戻って来た場所がニュクスの森だったため、孤児院にいた頃を除いてニュクスの森とディオス、オファニム家の別荘以外に行ったことがない。


 それゆえ、へメラ草原やアイテル湖でのフィールドワークは楽しみだったりする。


「ハワード先生、僕も良いですか?」


「今度はアルか。アルはどんな質問だ?」


「ミッションとそれを行うコンビの発表は今すぐですか?」


 アルの質問もまたクラスメイト全員が気になっていたことだ。


「安心しろ。お前等の模擬戦を見ながら決めといた。俺の独断と偏見で決めたからチェンジは認めないんでよろしく」


 そう言ってポールはミッションとコンビを発表した。


 シルバとタオはアイテル湖で植物採集のミッション。


 アルとウォーガンはへメラ草原で植物採集のミッション。


 ヨーキとリクはニュクスの森ではぐれモンスターの討伐ミッション。


 サテラとソラはニュクスの森で不審な鳴き声の調査ミッション。


 ロックとメイはへメラ草原ではぐれモンスターの討伐ミッション。


 シルバやアルが討伐ミッションに割り当てられていないこと、前衛と後衛や成績の順位も考えられた組み合わせなので文句は出なかった。


 アルもいつもシルバと同じミッションを受けられるとは思っていなかったため、ごねるようなことはなかった訳である。


「よーし、そんじゃ明日は早速それぞれのコンビにフィールドワークをしてもらうんでよろしくなー」


 ここで時間が来たので昼休みになった。


 昼休みはコンビになった学生同士で食べることになり、明日のフィールドワークの準備は既に始まっていた。

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