第7章 拳者の弟子、二足の草鞋を履く

第71話 ハワード先生、俺ってば元々猿じゃないですからね!?

 夏休みが開けた9月後半、登校したシルバとアルはB1-1のクラスメイトに囲まれた。


「シルバ、マジで能天使パワーに昇進したのかよ!?」


「キマイラ中隊第二小隊長って何!?」


「学生会長と副会長が小隊メンバーってなんで!?」


 そこにポールがやれやれと言わんばかりの態度で現れる。


「お前等席に着けー。休み明けだからってはしゃぎ過ぎだぞー」


 主天使ドミニオンに昇格しているポールの存在は階級がない者にとって雲の上の存在だ。


 だが、ポールには主天使ドミニオンらしい覇気がないからそのような印象を与えない。


 それでもおとなしく席に着くあたり、なんだかんだでポールはB1-1の学生達から良い先生だと思われているのだろう。


「連絡事項だ。つってもみんな知ってると思うがな。シルバが割災で現れたモンスターと遭遇したことにより、2学期のカリキュラムに変更がある。実技の授業はフィールドワークが解禁されることになる」


「よっしゃあ!」


「ヨーキ、静かにしろー」


「あっ、すみません」


 テンションが上がったヨーキだが、ポールに注意されてすぐに謝った。


 戦闘コースのカリキュラムだが、シルバ達が夏季合宿で割災に遭ってことで変更になった。


 本来、1年目は基礎固めや模擬戦を中心とした実技の授業を受けることになっている。


 しかし、割災が起きた時にそれだけやっていても生存率は高くならないという声が多く集まり、本来2年目に予定していたフィールドワークが前倒しで行われるようになった。


 ちなみに、2年目~5年目の1学期は模擬戦とフィールドワークが実技の授業で行われ、5年目の2学期から階級がある者のみ階級に沿った任務を受けられる。


「今日は実技の授業があるから、模擬戦で夏休み中の成果を見せてもらった後にフィールドワークについても話すことにする。早速グラウンドに移動するぞ」


 ホームルームが終わってシルバ達はグラウンドに移動した。


 模擬戦の組み合わせは順位に基づくものであり、主席と次席、3位と4位、5位と6位、7位と8位、9位と10位のペアだ。


「んじゃ、最初はシルバとアルの模擬戦からだな」


「ちょっと待って下さい」


「どーしたタオ?」


「いきなりシルバとアルに戦われると私達が自信を失いかねません。戦う順番は逆にしてもらえないでしょうか?」


 タオの言い分にポールはなるほどと頷いた。


「よーし。それなら最初はタオとウォーガンの勝負から始めるぞー」


「「はい!」」


 タオとウォーガンは元気に返事をした。


 2人は前に出て向かい合うと一礼する。


「始めー」


 ポールのやる気が感じられない合図を聞いてウォーガンが盾を前に出して突撃を開始する。


「うぉぉぉぉぉ!」


 ウォーガンは防御に自信があっても攻撃に自信がなかった。


 夏休みの間、その弱点を補うのか長所を更に伸ばすかという点で彼は後者を選んだらしい。


 大きな声を張り上げて盾を持って突撃されれば、相手はその迫力にビビって本領を発揮できなくなる可能性が高い。


 それを狙ったウォーガンの突撃に対し、タオは白衣から取り出した薬品の入った試験管をウォーガンの盾に向かって投げる。


「効かなぐぁぁぁぁぁ!?」


 盾に試験官が当たって割れた時、試験管の中に入っていた薬品がビリビリっと電気を帯びて盾を持つウォーガンが感電した。


 それによってウォーガンの動きが止まった隙にタオはウォーガンに走って近づき、ウォーガンの前で別の試験管を開ける。


 その薬品の臭いを嗅いだ瞬間、ウォーガンが気絶してその場に倒れ込んだ。


「そこまでー。勝者はタオ。エレキポーションとスタンポーションを作れるとは大したもんだ」


「ありがとうございます」


 エレキポーションは触れると感電する攻撃性の高いポーションであり、スタンポーションは臭いを嗅がせて気絶させるポーションだ。


 どちらも調合研究クラブの2年生が作るようになるポーションなのだが、タオは夏休みに自力で作れるようになったらしい。


 タオとウォーガンの模擬戦が終わると次はリクとメイの番だ。


「始めー」


 ポールのやる気が感じられない合図の直後、リクとメイがそれぞれ斧と戦槌ウォーハンマーを何度もぶつけ合う。


「メイ、力、上がった」


「でしょ? まだまだいくよ!」


 訓練用の武器同士が何度もぶつかり合うことで火花が散る。


 リクもメイもパワータイプであり、ひたすら撃ち合った結果、メイが先に戦槌ウォーハンマーを握れないぐらい手が痺れてしまって降参した。


「そこまでー。勝者はリク。リクもメイもこの夏にパワーを鍛えて来たのがよくわかる一戦だったぞ」


「ぬがぁ、負けたぁ」


「勝利」


 リクが発した言葉は短いが、それでも勝ったことが嬉しいのか口許が少し緩んでいる。


「次だ次ー」


 三戦目はロックとソラだ。


 両者の準備が整ってポールが開始の合図を告げると、ロックがあちこち移動しつつ<罠術トラップ>で罠をどんどん仕掛けていく。


「厄介」


 ソラは罠を放置しておくと自分の足場がなくなると判断し、槍の先端で罠を突いて罠を作動させながら回る。


 踏んだら痺れたり揺れたり等とあらゆる行動阻害が生じる罠だが、ソラはその被害に遭わないように素早く槍を突いては引くのを繰り返したから行動阻害を受けていない。


 表情を変えずに淡々と罠を無力化していくソラにロックは投げナイフも使って追い込もうとするけれど、ソラは全てに対応してロックの手を全て潰してしまった。


「参りました」


「そこまでー。勝者はソラ。ロックも罠のレパートリーや遠距離攻撃が良くなってきたが、ソラの胆力がすごかったな」


「勝利」


 リクもそうだがソラも相変わらず単語で喋るようだ。


 四戦目はヨーキとサテラだ。


「準備できたな。始めー」


 合図が出た瞬間にサテラがヨーキに向かって矢を素早く放つ。


「甘い!」


 ヨーキは矢を最小限の動きで避けながら前進する。


「だったらこれでどう?」


 速射には自信があったけれど、それをあっさり避けられてしまったサテラは驚いた。


 しかしながら、驚いて固まっていればあっさりやられてしまうのでサテラは一気に2本の矢を放ってみせる。


 (懐かしい。マリアが平気で3本ずつ放って来たっけ)


 シルバはサテラの技術に感心しつつ、異界でマリアに鍛えてもらっていた時にマリアがまとめて3本の矢を同時に放って来たことを思い出した。


 【村雨流格闘術】が一番得意だっただけで、マリアはあらゆる武器に精通していたから曲芸じみた攻撃が飛んで来ることもあったのだ。


 多少は弓矢も使えるシルバも2本同時に発射できる技量はない。


 だからこそ、サテラは夏休みに相当修練を積んだのだろうと推測できる。


 そんなサテラに対してヨーキもしっかり鍛えて来たのか難なく躱して距離を詰める。


「キェェェェェ!」


 ヨーキが上段に構えた剣を振り下ろすのを見て、サテラはバックステップで躱しつつ煙幕を使った。


「ゲホッ、ゲホッ」


 煙を吸ってしまったヨーキが咳き込んでいる間にサテラは体勢を立て直し、2本ずつの矢をどんどん放つ。


 咳き込む音を頼りにヨーキの位置を狙って矢を放ったのだ。


 矢が煙の中に消え、咳き込む音が止むとヨーキが死んでしまったのではないかと心配になり、サテラが慌てて煙の方に駆け寄る。


 その時のサテラは警戒心が緩くなっており、突然煙の中から伸びて来るヨーキの手に捕まってしまった。


 ヨーキは煙の中から飛び出してサテラを力で地面に倒して剣先を近づけた。


「ヨーキのくせに騙し討ちなんて生意気よ」


「騙し討ちじゃねえ! 油断させてできた隙を突いただけだ!」


 それは騙し討ちなんじゃないだろうかと観戦していたシルバ達は思ったが、その感想を口にする前にポールが口を開く。


「そこまで。勝者はヨーキ。騒がしい猿から賢い剣士に成長したな」


「ハワード先生、俺ってば元々猿じゃないですからね!?」


 褒められたことは嬉しいが、猿と思われていたことにショックを受けたヨーキがツッコミを入れた。


「ヨーキ、それよりも早く剣をしまってよ。危なくて起き上がれないわ」


「おっと、悪いな。ほれ、手を貸すぞ」


「・・・猿が紳士になった?」


「だから猿じゃねえよ!」


 ヨーキはサテラからも猿扱いされたことに怒った。


 (アルの表情からしてこれが猿知恵かなんて考えてそうだな)


 シルバはチラッと隣を見てアルの表情から考えていることを読み取った。


「シルバ君、猿知恵だなんて思ってないからね?」


「思ってるじゃん。つーか言ってるから」


「あっ、しまった」


 ヨーキは強くなったけれど、三枚目ポジションからの脱却は険しい道のりのようだ。

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