第218話 話が通じないな。話したいとも思ってないけど

 四剣との遭遇で時間がかかったこともあり、シルバ達はスロネ王国の最南端の町で一夜を過ごすことになった。


 シルバ達は仕事柄野宿に慣れているが、国王代理として城にいたユリは野宿に不慣れだ。


 だからこそ、レイにスピードを上げてもらって最南端の町までやって来た。


 到着は日が暮れてからではあったものの、野宿よりはこちらの方がユリも落ち着けるだろうから仕方あるまい。


 ユリは野宿してみたい気持ちもあったが、タリアからジト目で睨まれて野宿よりも町に行けるなら行きたいと言ったのはここだけの話である。


 町長はユリが町に来たことを知り、兵士を迎えにやらせてシルバ達を自分の屋敷に招いた。


 いくら屋根があるとはいえ、ユリを行商人向けの宿屋に泊めさせる訳にはいかないからだ。


 温かい食事をご馳走になった後、交代でシャワーを浴びる。


 夜が明けるまでの間、町の兵士達が交代で町長の屋敷を警護することになっているが、シルバ達も食事のペアと同じように二交代制で護衛を行う。


 客人に護衛させるのは町長のプライドを傷つけさせると思うかもしれないけれど、ユリに何かあったら一族郎党首を斬られる覚悟だったため、実力者であるシルバ達の力を借りたいと町長は頭を下げた。


 今はシルバとエイルが護衛をする時間帯であり、ユリが寝ている部屋のバルコニーにシルバとレイが待機し、部屋の前にはエイルとマリナが待機している。


 護衛の番が来ていないアリエルとロウだが、2人もユリの部屋の床で寝ている。


 いざという時にすぐに2人を起こせた方が良いからだ。


 ついでに言えばメイドのタリアもアリエル達と同じ形式で寝ている。


 この配置についてもユリは自分の身を守ってもらっている以上、何一つ文句を言うことはなかった。


『ご主人、敵襲はあると思う?』


「あるんじゃないかな。多分、仕掛けて来るならこのタイミングがラストチャンスだ。帝国に入ってからユリ様を襲えば、俺達に戦争する大義名分を与えることになる。この国にいる間ならば、かなり強引な物言いでそれを回避できなくもない」


『そうなんだ~。それじゃあ、レイも見張りを頑張るね』


「よしよし」


 シルバは健気なことを言うレイが可愛く思い、優しくレイの頭を撫でた。


 シルバの言う通り、ユリを害そうとする者がいるならば、チャンスはスロネ王国を出るまでだ。


 敵襲があると思ったからワイバーン特別小隊が派遣された訳であり、現にシルバ達は移動中に共和国の四剣に襲われた。


 (ユリ様とタリアさんの話によれば、アルケス共和国には四剣以上の手練れはいない。そうなると、後はトスハリ教国が介入してくるぐらいか)


 そんな風に考えていたところ、屋敷の外が騒がしくなった。


「何者だ! 止まれ!」


「本日は誰も町長の屋敷に近寄ることを禁じられてると知らないのか!」


 見張りの兵士達が屋敷の門の前に現れた分厚い本を持った人物に対して注意した。


 しかし、現れた人物は止まることなく歩き続けながら口を開いた。


「貴方達は神を信じますか?」


「何を言ってるんだ貴様?」


「いきなりどうした? 頭でも打ったのか?」


 見張りの兵士達は目の前の人物が急に頓珍漢とんちんかんなことを言い出したため、何を言い出すんだこいつはという視線を向けた。


 その視線を受けてその人物は大袈裟なリアクションを取る。


「嘆かわしい! あぁ、嘆かわしい! 偉大なる神、我等が神を信仰しない者が存在するなんてなんと嘆かわしいことだ! 今こそ神の忠実なるしもべであるトネク=ワーエフが神の偉大さをその体に叩き込んで差し上げましょう!」


 その瞬間、トネクが手に持っていた分厚い本が光を放って夜空が暗雲に覆われ始めた。


 (やっぱり来たか。というか、ワーエフ? トスハリ教国の密偵じゃね?)


 バルコニーからシルバはトネクのことを眺めていたが、ワーエフという家名を聞いて思い出したことがあった。


 それはディオニシウス帝国内に潜伏していたウェハヤのことだ。


 彼も家名はワーエフであり、密偵が少なくともあと15人はいると尋問によって吐いた。


 その内の1人がトネクなのだろうとシルバは思ったのである。


 トネクの実力がウェハヤと同等ならば、おそらく見張りの兵士達程度では敵わないだろう。


 シルバは自分がトネクと戦うべきではないかと思ったけれど、自分が持ち場を離れたタイミングで別の刺客がその隙を突こうとする可能性があって動けなかった。


 トネクがわざと目立って陽動に従事すれば、別の刺客もユリを殺害しやすくなるのだ。


 護衛する身としては、最優先がユリの安全なのでアリエルかロウを起こさない限りシルバは持ち場を離れられない。


 そんな風に思っていた時、準備万端のアリエルがリトと一緒にバルコニーに出て来た。


「シルバ君、敵襲だよね。バルコニーの守りは僕が引き継ぐから行っても良いよ。ロウ先輩も起きてユリ様の護衛をしてるから安心して」


「そうか。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ。レイ、行くよ」


『うん!』


 シルバはアリエルとリトに送り出され、バルコニーから門の前までレイの背中に乗って飛んで移動した。


 暗雲が雷を纏い始め、それが高い位置にいたはずのシルバとレイに落ちずにトネクの持つ本に落ちた。


 不思議なことに本は雷が落ちても燃えず、帯電しているだけだった。


 その本を持つトネクも雷に触れているはずなのに怪我をした様子はない。


「来た来た来たぁぁぁ! ヒィィィハァァァァァ!」


『ご主人、あの人が変だよ』


「見ちゃいけません」


 レイのもっともな指摘を聞き、シルバは小さい子に言い聞かせる母親の回答を口にした。


 トネクはバルコニーから飛んで来たシルバとレイを見つけ、好戦的な笑みを浮かべる。


「お前が拳聖と呼ばれる男か! 偉大なる神を信仰しないくせに聖の字で呼ばれるとは不届き!」


「別に俺は拳聖と呼んでくれなんて誰にも頼んでないっての」


「問答無用! お前には神の偉大さをわからせてやる!」


「話が通じないな。話したいとも思ってないけど」


 トネク相手に会話は難しいだろうと考えていたので、シルバは想定通りと思いながらレイの背中から飛び降りる。


「神の怒りを知れぇぇぇ!」


 トネクがそう言った直後、雷が暗雲からシルバに向かって落ちた。


「伍式雷の型:雷呑大矛」


 シルバは両手の親指と人差し指をくっつけて三角形を作り、そこに雷を誘導してそのまま吸収した。


 雷がシルバの力に還元されてシルバの体を覆えば、トネクは目を見開いた。


「どういうことだ! 貴様のような不敬の存在が神の怒りを取り込んだだと!?」


「神の怒りじゃなくてただの雷だ。それ以上でもそれ以下でもない」


「おのれ! おのれぇぇぇ!」


 目の前で起きた光景が信じられない、いや、信じたくないからだろう。


 トネクは手に持った本の力で何度もシルバに雷を落とす。


「無駄だってわかれよ。伍式雷の型:雷呑大矛」


 全ての雷がシルバに吸収され、シルバを覆う雷の出力が増していく。


 それと反比例するようにトネクの持つ本を覆う雷は弱まっていった。


 本の充電が必要らしく、トネクは雷雲を見上げる。


「偉大なる神よ、私にもっと力を!」


「伍式雷の型:雷呑大矛」


 本来、トネクの本に落ちるはずだった雷をシルバはインターセプトして吸収した。


 これにはトネクも地団太を踏んだ。


「ええい、邪魔をするな!」


「そんなに雷が欲しけりゃくれてやる。肆式雷の型:雷塵求」


 シルバはトネクと距離を詰め、雷を纏った両手でトネクの体を連続して殴りつけていく。


 一撃が重いこともあり、雷に耐えうるトネクの体も次第に悲鳴を上げた。


 本を握る力も残らなくなり、途中からはトネクも本を地面に落としていた。


 シルバが最後の一撃を放った時にはトネクの体からすっかり力が抜け落ちており、吹き飛ばされたトネクの生死を確認しに行った見張りの兵士は重々しく頷いた。


「死亡確認。お見事でした」


「いえいえ。その本は俺が回収しますが構いませんね?」


「「はっ! どうぞお持ち下さい!」」


 見張りの兵士達はシルバに逆らう気なんて微塵も起きなかったため、重要そうな本だったけれどそのままシルバに託した。


 戦いを終えてシルバがレイとバルコニーに戻ると、アリエルの姿はなかった。


 急いで部屋の中に入ったところ、エイルとロウ、マリナ、ジェットがユリとタリアを守るように囲っており、廊下に続くドアが開いていた。


 開いたドアの向こうではアリエルとリトがメイド服を着た刺客と戦っている真っ最中だった。

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