第217話 汚物は消毒なんだからねっ
ロウがディネを倒した頃、アリエルは未だにマンダと舌戦を繰り広げていた。
「ねえ、これ以上喋らないでよ。臭い息がこっちに来ちゃうじゃん」
「安心しろよ。外ばかり気にしてるけど、お前の心の汚れはちょっとやそっとじゃ落ちないレベルだ。息なんかで左右されねえよ」
(食べ終わるどころかもう動けるぐらいの時間は経ったぞ。アル達はいつまで口喧嘩してるんだ?)
シルバはやれやれと首を横に振った。
その時、シルバのベルトから熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュが話し出す。
『不義剣ドゥルジ・ナスなのよっ。不意打ちで斬った箇所が腐るから気を付けなさいっ』
『あいつ、不潔。蠅、燃やす』
(掲示板でアリエルから聞いてたけど、やっぱり呪われた剣だったか。ザリチュもタルウィもマンダの剣が嫌いなのか?)
シルバは熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュが不義剣ドゥルジ・ナスを嫌っている雰囲気だったから、自分の感じた者が正しいか訊ねた。
『汚物は消毒なんだからねっ』
『汚物、不快、湿り気、ある。消滅、推奨』
普通に嫌いと答えるどころか、不義剣ドゥルジ・ナスを積極的に消し去りたいという回答が熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュから返って来た。
呪われた剣同士が仲良しなケースは熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュぐらいであり、それ以外は敵だからとか汚いからとか理由を付けて消したいと思うのがデフォルトらしい。
(ちなみに、タルウィとザリチュは騒乱剣サルワのことをどう思ってるんだ?)
『牙を抜かれた獣ねっ』
『静か。騒乱、嘘。静寂剣、改名、推奨』
アリエルに躾けられたことで、騒乱剣サルワは熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュにとって呪われた剣としては一枚格落ちの扱いらしい。
そんな声が聞こえたのか、騒乱剣サルワがアリエルの背中で抗議するようにブルブルと震える。
アリエルがその震えに気づかないはずなく、マンダを煽るのに丁度良いと判断した。
「ほら、お前が臭過ぎて僕の剣が嫌がってるじゃん」
「騒がしい剣なんて戦闘の邪魔だ。お飾りなんて背負ってたら死ぬぞ?」
そろそろお互いの煽り耐性を超える勢いでヘイトがどちらも溜まっているようで、アリエルもマンダも額に青筋を浮かべていた。
そこに何処からともなく蠅の群れがマンダを求めてやって来た。
それが舌戦から戦闘に切り替わる合図となり、アリエルとマンダが動き出す。
アリエルは定石通りに初手落とし穴だったが、マンダはそれを跳び回転斬りで移動し、アリエルの攻撃を躱してみせた。
ついでに言えば、マンダの跳び回転斬りによって放たれた斬撃のおかげで、蠅の群れはごっそり斬り落とされてその死骸は地面に落ちた。
移動と同時に攻撃する跳び回転斬りにより、マンダの斬撃はアリエルのいた場所にも放たれていた。
しかし、アリエルは落ち着いて騒乱剣サルワを操り、自分に襲い掛かる斬撃を受け流すことに成功した。
「ふん、その剣は飾りじゃなくて盾ぐらいには使えたのね」
マンダに盾扱いされて騒乱剣サルワは再びブルッと震えた。
熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュに格下扱いされた後だったこともあり、どいつもこいつも自分を甘く見たなと騒乱剣サルワは怒ったらしい。
アリエルはその怒りを放出するタイミングになっていないと思い、
「私に火で戦おうとは舐めた真似をしてくれるじゃないか」
マンダは
その状態ならば
「プププ。残念だったわね。私に<
「あっそ」
その結果、余裕ぶっていたマンダは足元を掬われバランスを崩す。
「ピヨ!」
今までタイミングを見計らっていたリトが動いた。
<
先程は熟練度足らずで周囲の蠅の群れを石化させてしまったが、今回は周りに蠅の群れがいない。
そのおかげでリトの<
「チッ、クソが!」
マンダはリトを倒せば<
「やらせないよ」
アリエルは
そうしている内にマンダの石化が膝上まで到達し、マンダの動きが鈍くなった。
「おい、逃げるのか!? この卑怯者!」
「自分が窮地の時だけそんな都合の良いことを言うなんて無様だね」
マンダが焦りから口にした言葉を聞き、アリエルはそのように応じながら
膝上まで石化していれば、マンダが跳躍して穴に落下するのを阻止することなんてできない。
悔しさを顔に滲ませながら、マンダは穴に落ちていく。
穴は深く掘られており、落下エネルギーによって穴の底に落ちた瞬間にマンダの膝から下が割れた。
「クソッ、クソッ、クソッ、クソッ!」
石化の影響で痛覚が麻痺しているから、マンダはどうにか痛みで動けない状態にはなっていなかった。
少しでも状況を改善しようと思い、上半身を捻ってなんとか地上に斬撃を飛ばすマンダだけれど、その斬撃は威力不足で地上に届く頃には消えてしまった。
アリエルは穴を覗き込み、マンダの石化が上半身に届きつつあるのを確認して隣のリトに指示を出す。
「リト、もう一度<
「ピヨ!」
頑張りますと鳴いてリトは再び<
マンダと遭遇してから何度も<
それはマンダの両手が石になったことで明らかである。
「こんな性格ブスな女にやられるなんてクソッ」
マンダの悪態を聞き逃さなかったアリエルは、
「ほら、喜べよ。飾りだ盾だって言ってたサルワで首を斬ってやるからさ」
「ペッ。世の中クソだな」
最後の足掻きとして、唾をアリエルに吐こうとしたが、唾はアリエルに届くことなく地面にかかった。
遺言はそれだけだろうと判断し、アリエルは騒乱剣サルワでマンダの首を斬り落として戦いを終えた。
「サルワ、良かったね。ちゃんと首切り包丁としての仕事ができたよ」
アリエルが騒乱剣サルワに声をかけると、胸がスッとしたぞと言わんばかりに短く震えた。
煩くすると
アリエルがまだ石化していないマンダの服で騒乱剣サルワを拭った後、シルバはアリエルとリトに近づいて声をかける。
「お疲れ様。激しい戦いだったな。戦闘してる時間よりも口喧嘩してる時間の方が長かったぞ」
「しょうがないじゃん。相手が突っかかって来るんだもの。おとなしく負けを認めればこんな負け方にはならなかったのに」
「アリエルは容赦ないよな」
「僕、敵にかける慈悲はないと思うんだ」
「うん、アリエルはそれで良いと思うぞ」
アリエルが敵に配慮して攻撃するところは想像できなかったから、シルバは今のままのアリエルで良いと思うと口にした。
矯正は不可能だと諦めたのである。
「ところでシルバ君、このショーテルは回収する? 回収したら蠅に集られそうだけど」
「放置して敵国が強化されるのも困るから、ひとまず回収しよう。適当な布でグルグル巻きにして直接手で触れないようにすれば、不義剣ドゥルジ・ナスの効果も発揮されないはずだ」
「そんな名前だったんだね。不義剣ドゥルジ・ナスか。ふーん」
「アリエル、まさか欲しいの?」
シルバはアリエルが不義剣ドゥルジ・ナスをじっと観察するものだから、まさか彼女がこのショーテルを欲しがっているのかと気になったのだ。
不意打ちで効果が出るのはアリエル向きではあるけれど、蠅に集られるのは誰だって嫌だろう。
「いやね、どうにかしてデメリットを打ち消す方法があれば良いのになって思ってさ」
「そういうことか。蠅に集られないようにするならば、マンダが選択したアプローチを発展させれば良い」
「どうするの?」
「例えば、蠅が嫌がる薬品に不義剣ドゥルジ・ナスを漬け込む。これだけでも蠅が近寄りたがらなくなるんじゃないか?」
「錆びちゃうんじゃない?」
「濡れた剣を空気に当てて放置するから駄目なんだ。漬け込んだ後にしっかりと水気を切って空気に触れないように鞘にしまっておけば良いんじゃないかな」
「その発想はなかったよ。流石はシルバ君だね」
まだ仮説の段階でしかないが、シルバもアリエルもこれならいけるのではと思った。
それはそれとして、共和国の四剣全てを倒したシルバ達は馬車に乗ってディオニシウス帝国目指して出発した。
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