第216話 アチシ、オマエスリツブス

 レイがスピードを上げて移動してから2時間程経ち、隠れる場所のない高原に着いたところでシルバ達は昼食を取ることにした。


「随分と早く移動できましたわ。これならば、今日の夜にも国境付近の町に到着できるのではありませんか?」


「ユリ様、四剣の残りが現れたらわかりませんよ。どれぐらい強いかによって、戦闘にかかる時間も変わります。戦闘の激しさによってはすぐに動けないかもしれません」


「確かにそうですわね。アリエル様から既に聞いているかもしれませんが、一の剣マンダは呪われた剣の持ち主である可能性が高いんです」


「そのようですね。ユリ様の護衛を最優先にしますので、できればマンダと遭遇したくありません。ですが、アルケス共和国がスロネ王国とディオニシウス帝国の結びつきを強固なものにさせたくないなら必ず襲って来るでしょう」


 シルバの言い分を聞き、ユリはそうなるでしょうねと頷いた。


 刺客を警戒するのも大事だが、休む時に休まねばいざという時に力を発揮できない。


 だからこそ、昼食のタイミングでしっかり休むのだ。


 無論、護衛をするシルバ達全員が休めばその隙を突かれる恐れがあるので、シルバとエイル、アリエルとロウがペアになって交代で昼食を取ることにした。


 これで時間は短くとも休む時間は確実に確保できる。


 ユリとタリアはゆっくりと用意して来たハンバーガーを食べ、シルバ達は交代でハンバーガーを食べた。


 後半組のシルバとエイルが食事をしている時、高原にシルバ達を挟むようにして2人の人物が現れた。


 後ろからやって来た方がメイスを握っており、前からやって来た方は大量の蠅に集られていた。


 蠅の群れがベールのようになっている人物は、一歩歩く度にショーテルを振って蠅を切っており、見ているだけで鬱陶しく感じる程だった。


「ロウ先輩、後ろの二の剣は任せて良いですよね?」


「おう。悪いが一の剣は頼むぞ」


 アリエルとロウはすぐに自分達がどちらを対応するか決め、それぞれの担当がユリに背を向けて刺客2人を迎撃する構えを取った。


 アリエルは隣にいるリトに指示を出す。


「リト、石化させちゃえ」


「ピヨ」


 リトはアリエルに指示されて<石化眼ペトリファイドアイ>を発動した。


 このスキルはリトが睨んだ相手を石化させる効果があり、決まれば相手の隙を作れる。


 ただし、リトは<石化眼ペトリファイドアイ>を会得したばかりであり、熟練度が大して高くない。


 その結果、リトはマンダを睨んだつもりがその周囲の蠅を石化させてしまった。


「おっ、蠅の動きが鈍ったじゃん。ラッキー」


 蠅の群れの中から嬉しそうな声が聞こえた後、斬撃が激しさを増して周囲にいた蠅の群れがごっそりと斬られてその場に落ちた。


 そこには長い髪の毛がゴワゴワで、服装が野伏のような見た目の女性がいた。


 その女性を見てアリエルが一言述べる。


「うわっ、汚い」


「好きで汚れてるんじゃないわ!」


 アリエルの口撃により、マンダは好き勝手言うんじゃないとキレた。


 蠅が寄り付かないように虫が嫌う草を磨り潰して服に塗りたくっているせいで、マンダの着ている服は緑色のシミがあちこちにある。


 それでもショーテルのせいで蠅に集られてしまい、斬った蠅のせいで汚れてしまうこともあるのだから、マンダだってどうにかしたいと思っているのだ。


 本当にこの状況が我慢ならないならショーテルを手放せばいいのだが、斬られた傷口がすぐに腐る効果を持つショーテルは捨て難いようで、なかなかその決断をできないらしい。


「不潔な女ってモテないのはご存じ? あぁ、知らないよね。だからそんなに汚いんだ」


「お前、女か? パッと見て男かと思ったわ。声が高いから辛うじて女だってわかったけど」


「「あ゛?」」


 アリエルだけでなく、マンダもなかなか口撃が得意なようで舌戦が始まった。


 その一方、ロウはメイスをフンフン言いながら振り回すディネと向かい合っていた。


「フンフンフンフン煩いな」


「これがアチシのルーティーンなのよ」


「アチシ? なのよ?」


「何か文句あるかしら?」


 ロウが違和感を覚えたような表情でディネを見てしまい、その態度がディネの額に血管を浮かべさせた。


 何故このようなことになったかと言えば、ディネはメイスを持った漢女おとめだったからだ。


 ムキムキで背も高く、ボディービルをしている男性に見えなくもない外見だったから、ロウはディネを女性だと気づけなかったのだ。


 それが癇に障ってディネがキレた訳だ。


 しかも、自分は女性なのだと胸を張って大胸筋を動かし始めるものだから、ロウは若干引いている。


「べ、別に」


「アチシ、オマエスリツブス」


 片言でそう言ったディネの目はハイライトを失っており、メイスをスイングする音が一段と強くなった。


 ディネがフンフン言いながら走り出し、走っている最中にメイスをブンブン振るうものだからロウはあることを思い出した。


 そして、思い出した内容を活かすために軍服に仕込んでいたナイフを次々にディネに投げつけた。


「無駄無駄無駄ぁぁぁ!」


 ナイフをメイスで弾き落としながら進み続けるので、ディネの突進は勢いが落ちる気配を感じられない。


 このままではディネの突進の餌食になってしまうはずなのに、ロウは落ち着いた様子でナイフを投げ続けた。


 それを弾き落としていたディネは、ロウが無駄な足掻きをしているだけだと思って深く考えずに進んでしまった。


 その決断がディネを窮地に陥らせる。


 ディネがロウまで残り5mというところまで迫って来た瞬間、彼女は足場を踏み抜いて穴に落ちた。


「ぬぅあぁぁぁんですってぇぇぇぇぇ!?」


 穴に落ちていったディネの声が周囲に響いた。


 ロウが先程思い出したこととは落とし穴のことだった。


 この落とし穴はアリエルが休憩中に敵の接近を防ぐ仕掛けとして用意したものだ。


 普通の落とし穴とは異なり、踏まなければ足場が崩れないのでわからないようになっている。


 ロウはディネに落とし穴の存在を気付かせないようにするため、ナイフを投げ続けてディネの意識を地面から自分に向けさせたのである。


「ジェット、穴の様子を見てくれ」


「キィ」


 パッと見た感じではディネに遠距離攻撃の手段はなさそうだった。


 しかしながら、本当にないという確証もないからジェットに穴の上からその中を覗いてもらった訳だ。


「キィ!?」


 ジェットは宙返りするように穴の真上から離れた。


 その直後にメイスが空に向かって投げられ、ジェットがいた位置に到達した。


 メイスがジェットの飛んでいた位置まで投げられたということは、穴に落ちたはずのディネがまだ戦える状態であることを意味する。


 そんな馬鹿なとロウが思っていると、両手がフリーになったディネが穴を両手両足だけで登って来た。


 登り詰めたディネは大型の猿のようであり、穴に落下した時にダメージは負ったようだが戦闘は続行できるように見えた。


 そうだとしても、状況はディネが穴に落ちる前後で異なっている。


 ディネは穴に落ちてダメージを負っただけでなく、投げたメイスをジェットに回収されたからである。


 ジェットは自分目掛けて飛んで来たメイスを宙返りで躱してから、メイスが地面に落ちる前にキャッチしていたのだ。


「アチシの武器を返しなさい」


「あれれ~? おっかしいぞ~? 一度投げた武器を戦場で拾えると思ってるの~?」


「黙らないと犯すわよ!?」


 あまりにも恐ろしい脅し文句にロウは尻を押さえて黙った。


 クレアとの結婚生活でハラハラすることの多いロウだけれど、なんだかんだクレアのことを愛しているから結婚している。


 自分にはクレアがいれば十分だと思っているのに、ディネがとんでもないことを言い出せば言葉を失うのも当然だ。


 ディネはロウのストライクゾーンからかけ離れており、ロウは間違っても怪しい雰囲気にはなりたくないと思っている。


 それでも、ロウは気を取り直して無言で籠手を構えた。


 この籠手はルシドが使っていたものだ。


 鋼線の使い勝手が良さそうだと判断し、ロウがシルバ達に許可を得て貰い受けたのである。


 鋼線を射出しながら横に薙ぐことで即席の鞭になる。


 てっきり鋼線で自分のことを捕まえようとすると思い込んでいたディネは、想定外の鋼線の使い方に反応が遅れて鞭に叩かれてしまう。


「アチシの美しい肌になんてことしてくれるのよぅ!」


 自分の肌を美しいと言い切るディネをスルーし、ロウは鋼線の鞭でどんどん攻撃する。


 ジェットも<突風衝撃ガストインパクト>や<風刃ウインドエッジ>で攻撃に加わったことにより、防戦一方だったディネは力尽きた。


 ディネを倒した時にはロウとジェットが疲れていたが、それはディネが攻撃を受ければ受ける程変な声を出したからだ。


 早くこの戦いのことを忘れたいとロウやジェットが思ったとしても、それを咎める者は誰もいないだろう。

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