第219話 チッ、若いくせに老害共と同じことを言うんですね

 メイド服を着ている刺客はアリエルとリトの攻撃をひたすら避けていた。


「チッ、面倒ですね」


「面倒だったら人生ごと諦めてくれて良いんだよ?」


「お断りです。私の人生は貴様ではなく神に捧げるんです」


「出たよトスハリ教。いるかどうかわからない神を信仰して何が楽しいんだか」


「貴様ぁ! 絶対に口にしてはならないことを口にしたな!」


 刺客はスカートの中から手斧ハンドアックスを取り出し、アリエルと距離を詰める。


「スカートの中にそのサイズの手斧ハンドアックスは入らないでしょ」


 町長の屋敷を派手に壊す訳にもいかないから、アリエルは鋼弾乱射メタルガトリングで攻撃していく。


 それを刺客は素早く動いて躱す。


 リトも<石化眼ペトリファイドアイ>で刺客の動きを鈍らせようとするが、刺客のスピードが速くてなかなか石化させられない。


 そんな場面にシルバがやって来たため、刺客は分が悪いと判断した。


 立ち止まったらアリエルとリトにやられてしまうため、刺客は舌打ちしてシルバ達から距離を取り始める。


「チッ、四剣どころかトネクも使えないとは勘弁してほしいですね」


「アリエル、あいつは俺とレイで追う。ユリ様を頼む」


「了解」


 機動力は刺客の方が上だから、アリエルは刺客の追跡を任せて部屋の中にいるユリと合流した。


 シルバとレイは逃走した刺客を追って屋敷を出る。


 逃げていた刺客は町の外に出た途端に立ち止まって振り返った。


 それと同時にスカートから取り出したものと併せ、2本の手斧ハンドアックスを投げた。


 シルバもレイもそれを難なく躱したが、シルバはツッコまずにはいられなかった。


「スカートに手斧ハンドアックスが2本入ってたっておかしくね?」


「甘いですね、拳聖。トスハリ教にはスカートの中に無限の可能性があるという教義があるんです」


「そんな教義ある訳ないだろ」


「チッ、若いくせに老害共と同じことを言うんですね」


 刺客は親の仇を見るような目でシルバを見た。


「そっちの老害のことなんざ知らないっての。というか、スカートの中に無限の可能性があるって教義を認められてない今、果たしてお前はトスハリ教信者と呼べるのか?」


「・・・神は死んだ」


「待て待て。ちょっと待て」


「今この時から私はネイビー=ワーエフの名前を捨てて自由にスカート道を極める。さらばだ」


『逃がさないよ』


「ふげっ」


 ネイビーは勝手なことを言ってこの場から逃げ出そうとしたが、レイが光壁ライトウォールを彼女の目の前に創り出してそれを邪魔した。


 結果として、ネイビーは激しく光の壁に顔面をぶつけて仰向けに倒れてしまった。


「レイ、よくやった」


 レイを褒めながらシルバは倒れたネイビーに駆け寄り、鳩尾に一撃喰らわせてネイビーを気絶させた。


 ネイビーを尋問するために持ち上げて連れ帰ろうとした時、シルバは彼女がまだスカートの中に手斧ハンドアックスを隠し持っているのではないかと思ってスカートに触れた。


 しかし、触れた感じではスカートの中に何か忍ばせている様子はなかった。


 スカートの中に手斧ハンドアックスが入っていた手品は不明だけれど、ひとまず合流するのが先だと判断してシルバはネイビーを町長の屋敷まで連れ帰った。


 屋敷に戻った時、町長はシルバに対して腰を90°曲げて謝罪した。


「この度は私の観察眼が甘く、雇ったメイドに刺客が紛れ込んでしまい誠に申し訳ございませんでした」


「ネイビー、あぁ、このメイドのことだけど町長はいつから雇ってたんだ?」


「去年からでございます。あの時は使用人が立て続けに怪我や病気で辞めてしまったため、人手が足りず審査が甘かったようです」


「1年前か。トスハリ教国もかなり前から仕込んでたらしいな」


 直近で働きたいと言って来たならば、このタイミングでわざわざそう告げて来る怪しさを感じ取れたかもしれない。


 ところが、去年から町長の屋敷で働いており、今日まで何も不審な動きをしなかったのだとしたら町長が見抜けなかったのも仕方ないだろう。


 もっとも、町長という責任ある立場の者が仕える国の王族を狙った刺客を雇い入れ、その気になれば機密情報を探れるポジションに置いていたのは不味い。


 襲われたユリは処罰を弟に任せると告げ、この場でどうこうすることはなかった。


 その後、目を覚ましたネイビーを尋問したが、ネイビーは本気でスカートのことしか考えていなかった。


 だからこそ、シルバ達が手を加えずともトスハリ教国に関して包み隠さず話した。


 ネイビーはクセが強いけど利用価値があるという判断から、シルバ達はネイビーをディオニシウス帝国に連れ帰ることにした。


 シルバが掲示板で変わったトスハリ教国の密偵を拾ったと掲示板で報告すると、第一皇女ロザリーが飼うから連れて来てと秒で返信した。


 情報戦が得意なロザリーだからこそ、ネイビーを有効利用するプランをすぐに思いついたに違いない。


 ネイビーの尋問を終えた頃には朝になっており、朝食を済ませたシルバ達は町長の屋敷を出発してディオニシウス帝国に向かった。


 昼前にはディオニシウス帝国に入り、その日の夕方にはアーブラに到着した。


 アーブラの基地ではロザリーがシルバ達を出迎えた。


「シルバ~、お姉ちゃんだよ~!」


 ロザリーはシルバを見つけた途端、両手を広げてシルバを抱き締めた。


「ロザリーお姉ちゃん、落ち着いて下さい。ユリ様が見てますよ」


「あぁ、義妹になるのよね。よろしく」


「・・・軽くないですか?」


「良いのよ。そんなことよりお姉ちゃんはシルバを抱っこする方が大事なの」


 シルバはロザリーから疲れている気配を感じ取り、自分をハグすることで多少なりとも精神的に癒されるならばとおとなしくハグされることにした。


「アリエル様、あの方がロザリー殿下なのですよね?」


「そうだよ。シルバ君が第三皇子だとわかってからは大体あんな感じだよ」


「えぇ・・・」


「こういうのは早く慣れた方が良いと思うな。その方が色々と円滑に進むし」


 アリエルの割り切った考え方を聞き、ユリはそれで良いのかとエイルの方を向いた。


「あはは、仮にも第一皇女殿下ですから。それに、家名持ちとはいえ私如きでは文句を言える立場じゃないんです」


「もしかして、アルケイデス様もロザリー殿下にあんな風にされてるのでしょうか?」


「それはないよ」


「安心して下さい。ロザリー殿下がハグするのはシルバだけです」


 心配な表情になったユリだったが、アリエルとエイルがビシッと断定したことでホッとした。


 嫁ごうとした相手にブラコンの姉がいたとあれば、自分の立ち位置をどうするのが良いかと思ったからである。


 ロザリーがシルバ限定でブラコンだと知り、ユリが心の底から安心したのは間違いない。


 自分の結婚相手が安全であるとわかった後、ユリは大きな欠伸をしてしまった。


「ユリ様、はしたないですよ」


「仕方ないじゃない。刺客のせいであまり寝られなかったんだもの」


 タリアに窘められたユリだったが、ユリの言い分は同情すべきものだった。


 移動中にアルケス共和国の四剣に襲われたことから、夜襲も十中八九あるだろうと考えていた。


 それゆえ、ユリは眠りが非情に浅かったのだ。


 馬車でもうたた寝はしてしまったけれど、それでも寝足りないというのが正直なところである。


「そうだったわ。シルバ達は刺客に襲われて大変だったのよね。基地の仮眠室で良ければ使ってちょうだい。掃除は済ませてあるから」


 夕食までの1時間程度だが、ロザリーの配慮によってユリとタリアは仮眠を取ることにした。


 その間にシルバ達はロザリーの執務室に移動し、ネイビーの引き渡しとそれに付随する引継ぎ事項や四剣との戦い、トネクとの戦いについて報告した。


 報告を受けたロザリーはシルバ達を労う。


「大変だったわね。シルバ達じゃなかったら、犠牲者が何人出たかわかったものじゃないわ。アルケイデスも良い人選をしたわね」


「労ってくれるのは嬉しいんですけど、そろそろ離してくれませんか?」


「やだ。だって、シルバは明日ディオスに帰っちゃうんだもん。それまでは私がめいいっぱい可愛がるの」


 ロザリーはアルケス共和国の四剣とトスハリ教国の密偵2人のネタを使い、明日から頭をフル回転させて両国の力を削ぎに行くらしい。


 その前段階として、自分を愛でるのならば仕方あるまいとシルバは諦めた。


 夕食の後は交代でシャワーを浴び、基地のベッドではあるが安心して眠れたシルバ達は翌朝にディオスに向かって出発した。

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