第220話 アリエルさんや、学びから実践が速過ぎるって

 シルバ達はアーブラからディオスまで何事もなくユリを連れて来れた。


 それから5日後、ディオスの城の謁見の間には国内の有力な軍人達が集められた。


 無論、赴任地で各種ミッションを受けている者はいないが、多くの軍人が集められたのにはそれだけの理由がある。


 皇太子のアルケイデスとスロネ王国の国王代理だったユリの結婚式のためだ。


 謁見の間で結婚式を開くなんて皇族ぐらいしかできないだろう。


 しかも、司会はロザリーがやるからそれが決まった時は国内がざわついたものだ。


「それでは、新郎新婦の入場です」


 ロザリーの言葉が式場内に響き渡った直後、荘厳な扉が開いてアルケイデスとユリが腕を組んで入場し始めた。


 それを見た参加者達が羨ましそうに口を開く。


「アルケイデス殿下も遂にご結婚かぁ」


「ユリ様も堂々としていてお似合いだ」


「これでこの国の次代も安泰ですね」


 参列者達は今日という日が来たことを心の底から喜んでいた。


 現皇帝フリードリヒが治めるディオニシウス帝国は、数々の問題を抱えながらもどうにか国としての評価を下げずにここまで来た。


 例えば、カヘーテ渓谷の問題もそれに含まれる訳だが、シルバ達のおかげでディオニシウス帝国内において今は盗賊の数が著しく減っている。


 国が少しずつ良い方向に向かって来ている中、アルケイデスとユリが結婚することは帝国民にとって喜ばしいことだ。


 景気も一時的に良くなることは間違いない。


 それをどこまで持続させられるのかは各商会にかかっていると言えよう。


 アルケイデス達がフリードリヒの前に辿り着くと、ロザリーが開式を宣言する。


「只今より、私の弟であるアルケイデス=ディオニシウスと、これから義妹になるユリ=ディオニシウスの結婚式を始めるわ」


 ディオニシウス帝国の結婚式は人前式がベースであり、今日の式はそれにディオニシウス家の希望を混ぜてアレンジしている。


「最初は新郎新婦の誓いの言葉よ」


 ロザリーにバトンを託されると、最初にアルケイデスが口を開いた。


「本日、私達が諸君の前で結婚式を挙げられることを感謝し、ここに夫婦の誓いを行う」


「常にお互いを大切にし、国政においてそれぞれの長所を活かして取り組みます」


「いつも感謝を忘れない」


「笑顔の絶えない明るい家庭を築き、子供が生まれれば笑顔の溢れる家庭にします」


「どんな時にも家族を信じ支え合い、死が2人を分かつまで永遠に寄り添おう」


「喧嘩をしても必ず仲直りします」


「これらの誓いを心に刻み、これらは夫婦として力を合わせて新しい家庭を築いていくことをここに誓う。アルケイデス=ディオニシウス」


「ユリ=ディオニシウス」


 誓いの言葉が終わると、再びロザリーにバトンが回った。


「素敵な誓いの言葉をありがとう。素敵な夫婦になることを祈ってるわ。さて、新郎と新婦の指輪の交換に移りましょう」


 アルケイデスがユリの左手の薬指に結婚指輪を嵌めると、ユリもアルケイデスの左手の薬指に結婚指輪を嵌めた。


「アルケイデスとユリの指輪の交換が終わったわ。それじゃ、この特別な結婚証明書に記入と押印をしてちょうだい」


 両者の記入と押印が終わり、ロザリーがそれを確認してから進行を再開する。


「署名が終わったわね。最後にアルケイデスはユリと誓いのキスをしちゃってちょうだい。それもって夫婦の成立とさせてもらうわ」


 アルケイデスとユリがキスをすると、シルバの両隣でアリエルとエイルが興奮してシルバの服を引っ張る。


「シルバ君、僕達の時も熱烈なキスをしてね」


「シルバ、キスは平等にですよ」


「わかったから落ち着いてくれ」


 流石に式が続いているのに大声を出す訳にはいかないから、アリエルもエイルシルバにだけ聞こえるように言っている。


 それでも、自分達の発言を聞いていなかったとは言わせない圧を感じるのだから不思議である。


 シルバもスルーしたら後が怖いから、こっそりと2人に聞こえるよう応じた。


「このキスをもって、アルケイデスとユリの結婚が成立したわ。参列者諸君、新郎新婦に温かい拍手で祝福してちょうだい!」


 ロザリーに言われて参列者全員が盛大な拍手でアルケイデスとユリの結婚を祝福した。


 ここで司会がロザリーからフリードリヒに移る。


「さて、めでたいついでに我が帝国にとって重要な発表をする。今日この時をもって、余は皇帝の座を辞して上皇となる。そして、新たにアルケイデスが皇帝となることをここに宣言しよう」


 フリードリヒの宣言により、再び参列者全員が盛大な拍手でアルケイデスの即位を祝った。


 フリードリヒからバトンタッチされ、アルケイデスが参列者全員に向けて話しかける。


「諸君、今この時から皇帝に即位したアルケイデス=ディオニシウスだ。諸君らの期待に応え、この帝国をモンスターに怯えずに暮らせる強くて安定した国にしたい。これからも俺に力を貸してくれ」


 アルケイデスが言い終わると共に頭を下げたため、謁見の間がざわついた。


「陛下、頭を上げて下さい!」


「我等は死ぬ時まで陛下をお守りいたします!」


「皇帝陛下万歳!」


「「「・・・「「万歳! 万歳! 万歳!」」・・・」」」


 突然始まった万歳三唱に対し、アリエルはニヤリと笑みを浮かべるロザリーの方を見て頷いた。


「なるほど、流石はロザリー殿下」


「どゆこと?」


 シルバは万歳をした後でアリエルに訊ねた。


「万歳って言い出したのはロザリー殿下の仕込みだよ。いやぁ、ロザリー殿下はこういう雰囲気作りも美味いね」


「えぇ・・・」


 アリエルがロザリーに感心しているのを見て、万歳と言い出した者が仕込みだったのかとシルバの顔が引き攣った。


 アルケイデスのために一定以上の階級の軍人達の心を一つにする必要があれば、ロザリーはそういうアシストもやってのける。


 アリエルが流石だと言ったのは、今後シルバが活躍した後にそれを華々しく広めるためには仕込みが必要だと気付いたからだった。


 謁見の間にいる参列者達が静かになると、アルケイデスは再び喋り始める。


「さて、この場を借りて俺はいくつもの功績を積み上げた者に報いたいと思う。シルバ=ムラサメ。シルバー級モンスターの討伐に加え、レイの力も借りて俺の妻を無事に届けてくれた功績を称えて座天使級ソロネに任命する。今後とも帝国のために励んでくれ」


「承知しました。尽力いたします」


 いきなり昇進を宣言されて驚いたけれど、この場で呆けてはいられない。


 それゆえ、シルバはすぐに頭を下げて礼を述べた。


 アルケイデスはシルバを前に呼び、その胸にある主天使級ドミニオンのバッジを座天使級ソロネのものに付け替えた。


「現在、シルバは国内外を問わず拳聖と呼ばれている。アルケイデス=ディオニシウスの名において、シルバには公式に拳聖の二つ名を与える。拳者の後を継ぎ、帝国をより良い方向に導いてくれることを期待する」


「ありがたき幸せ。必ずや期待に応えましょう」


 シルバの昇進と拳聖の二つ名の獲得により、謁見の間は盛り上がる。


「拳聖誕生万歳!」


「「「・・・「「万歳! 万歳! 万歳!」」・・・」」」


 今度はアリエルがニヤリと笑う番だった。


 アリエルは参列者達の中で自分が弱みを握る者を特定し、ロザリーのようにサクラに仕立てたのだ。


 (アリエルさんや、学びから実践が速過ぎるって)


 シルバは万歳の仕掛け人がアリエルだと悟り、心の中で苦笑した。


 そうしている内に熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュが喋り出す。


『もっとアタシを褒め称えてほしいんだからねっ』


『称賛、もっと。私、喜ぶ』


 (タルウィとザリチュが褒め称えられてる訳じゃないぞ?)


『がーんなのよっ』


『真実?』


 シルバの心の声を聞き、熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュはショックを受けた。


 勝手に喜んでいたから落ち込むことになっただけである。


 アリエル達のいる場所にシルバが戻ると、レイがそろそろ喋っても良いだろうと判断してシルバに話しかける。


『ご主人、昇進おめでとう』


「ありがとな。アルケイデス兄さんも言ってたけど、レイの協力もあって昇進できたんだ」


『エヘヘ』


 レイはシルバに頭を撫でられて嬉しそうに笑った。


 アルケイデスが皇帝になって初めての仕事は無事に終わり、シルバが今まで以上にディオニシウス帝国で影響力を強めて結婚式と突発的な即位式は幕を閉じた。

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