第127話 後継者争いって大変ですね

 アルケイデスにマリアとの修行を本気で望むのか確認した後、シルバはモンスター学の本をペラペラと捲りながら修正すべき点をテキパキとメモして修正した。


「おぉ、今まで理論として未完成だったものがここまで完成するとは」


「師匠のおかげです。師匠が異界で得られた知識を俺に詰め込んでくれたからこそ、躓いてるモンスター学を発展させられるんですから」


「そうだな。確かに拳者様のおかげだ。だが、それはそれとしてシルバが拳者様から学んでエリュシカに持ち帰ってくれたからわかったことでもある。お前にも感謝してるぞ」


「勿体なきお言葉です」


 第二皇子アルケイデスに感謝されてどう返事をすれば良いかと考えた結果、シルバの口調がやや硬くなった。


 多少のことなら無礼討ちされることはない関係だとしても、こういった時に丁度良い言葉がパッと出て来ないのは悩ましいところだ。


 アルケイデスもシルバが言葉選びに困ってそう言ったと理解しているので、もっと気楽に話してほしいと注文したりはしなかった。


「理論以外では俺の知らぬモンスターも追記されてるようだな。こいつ等も割災で現れるとなると面倒だ」


「割災の起きるタイミングは少なくともにはわかりません。つまり、現れないとは言えません」


「だよな。ん? ちょっと待てよ? シルバにはってことは拳者様にはわかるのか?」


「100%とまではいかないようですが、ある程度経験則で割り出せるようです。俺がエリュシカに帰って来ることになった時も、師匠がどこで割災が起きるか予測してたようですから」


「拳者様マジすげえわ」


 シルバの話を聞いてアルケイデスはここにいないマリアへの尊敬の念を強めた。


 モンスター学の本の虫食いになった知識の補完とシルバが知り得た情報をメモに追記した後、今度は食文化の本にシルバが手を伸ばした。


 魔法工学についてはモンスター学のように急いで補完しなければならない知識はない。


 それゆえ、アルケイデスが楽しみにしていた食文化の本を優先したのである。


 食文化の本は半分がレシピであり、もう半分が食糧事情改善のためのマリアが記したポイントである。


 育てた牛や豚、鶏以外にも食べられる肉はあるという書き出しにより、モンスターは食べられる旨が記されている。


 実際、アルケイデスもシルバからモンスターを倒して保存食にしたという報告を受けており、先程もワイバーンが食べられるという話が出てくるぐらいにはアルケイデスもシルバの話を聞く耳を持っていた。           


「シルバ、新しいレシピとかないの?」


「待って下さいね。この本にないレシピがないかちょっと探してみます」


 アルケイデスからのリクエストを聞いてシルバはパラパラと食文化の本を読み進めてみた。


 パッと見た感じではマリアが頻繁に作ってくれた料理は網羅されていた。


 それでも、家畜や栽培した穀物や野菜を使った料理がメインだったため、シルバはモンスター食材ならばこのように置き換えて作るという注釈をメモに残しながらこの本のページを次々に捲る。


「ほう、シルバはモンスター食材にも明るいのだな」


「そりゃ異界にいた時はモンスター食材しか食べてませんから」


「今度何か俺に作ってくれないか?」


「それは構いませんが、モンスター食材だけで作るにはそのモンスターがいなきゃどうしようもありませんよ?」


 異界なら頑張ればモンスター食材を調達できたかもしれないが、エリュシカで全てモンスター食材を使った料理を作るのは容易ではない。


 シルバがそういうのも無理もないだろう。


「流石にそこまでは求めないさ。だが、拳者様が食べたいと口にしたが完成できなかったカレーには興味がある。シルバ、カレーについて何か知らないか?」


「カレー? あぁ、スパイシードとロウキュウコンとか色々使って作るやつですね」 


「食べたことがあるのか!?」


「キュ!?」


「アルケイデスさん、落ち着いて下さい。レイがびっくりしてます」 


 シルバがカレーを食べたことがあると知り、アルケイデスが詰め寄るとウトウトしていたレイがその大きな声でびっくりして目を覚ましてしまった。


 これにはシルバも苦笑してレイの頭を撫でて落ち着かせた。


「おっと、すまない。まさか本当にシルバが伝説のカレーを食べたことがあるとは思ってなくてな。拳者様は異界でカレーを完成させてたのか・・・」


「そういえば、師匠もエリュシカでは香辛料が見つからなくて作れなかったって言ってましたね。その代わりがスパイシードやロウキュウコンみたいな植物系モンスターだったそうです」


「そいつ等だけ割災でこっちに来ないかな?」


「アルケイデスさん、不謹慎です」


「こりゃ失敬」


 食欲塗れな発現をシルバに咎められてしまい、アルケイデスは不適切だったと謝った。


「まあ、今度カレーではありませんが、何か師匠から教わったメニューを作らせてもらいますよ」


「そうか。それは楽しみだ」


「キュイキュイ?」


 ツンツンと突かれた方を見ると、レイがその料理って自分にも作ってくれるよねと上目遣いに訊ねて来た。


「よしよし。勿論レイの分も作るから安心して」


「キュイ♪」


 レイはシルバに自分の分も作ってもらえると言質が取れて機嫌を良くした。


 食文化の本についても知識の補完を済ませたところで、そろそろ昼食の時間となった。


「そろそろ昼か。キリも良さそうだし、シルバもレイも城の食堂で昼飯でもどうだ?」


「キュ!」


「なんだなんだ? レイは城の食事が気になってたのか?」


「キュイ!」


 アルケイデスの質問に元気良くレイは頷く。


 素直なことは良いことだとアルケイデスは笑った。


「いただきます。本は元の場所に戻した方が良いですよね?」


「あー・・・、うん、そうだな。昼飯喰ったらここに来るけど戻しておこう」


 自分の質問でアルケイデスが微妙な表情になったことが気になり、シルバはアルケイデスに訊ねてみることにした。


「アルケイデスさん、何か懸念事項でもあるんですか?」


「いや、どうせ戻って来るからって本をそのままにしてたら兄貴と姉貴が探りを入れてきそうだなって思っただけだ」


「第一皇子殿下と第一皇女殿下ですか?」


「おう。俺と違って皇帝陛下の後を継ぐって気合入ってるからさ、レイをテイムしたシルバを味方に引き込もうと色々情報を探ってるのを思い出したんだよ。今朝は珍しく2人が俺にシルバと禁書庫に行くのか訊いて来たなぁって」


「後継者争いって大変ですね」


「それな。どっちが皇帝陛下の後を継いでも良いけどさ、それで国内に迷惑をかけたら駄目だと思うんだがねぇ」


 自分を除いた後継ぎ2人がまだ流血沙汰にはなっていないものの、既に後継者争いでお互いに自分の派閥を少しでも大きくして次代の皇帝になろうとあれこれ策を練っている。


 次代の皇帝になりたいと前向きな姿勢なのは良いが、その座を勝ち取るために国内に与える影響を無視して争いはしないでほしいとアルケイデスは遠い目になった。


 特に隣のサタンティヌス王国は後継者争いが血で血を洗うような内戦状態に発展しており、その影響で帝国に逃げ込んで来た者達もいる。


 それが今度は帝国で行われるようになったならば、王国と帝国の弱った所をトスハリ教国に狙われるかもしれない。


 加えて言うならば、割災だっていつどこで発生するかわからない。


 場合によっては帝国が第一皇子派と第一皇女派で割れ、指揮系統に影響が出てしまったタイミングでモンスターが異界から乗り込んで来る可能性だってある。


 どちらもあくまで可能性の話だけれど、それを予想して動けるなら動くに越したことはないだろう。


 片付けを済ませた後、シルバとレイはアルケイデスに連れられて城の食堂に案内された。


「そうだシルバ、城にも軍学校と同じような大食いチャレンジがあるんだが興味はあるか?」


「気になります。どんな大食いですか?」


「巨大ハンバーガーチャレンジ。俺が面白いと思って食堂のメニューに追加してもらったんだ」


「アルケイデスさんって本当にハンバーガーがお好きですね」


「片手で食べられるのにそこそこボリュームがあるってのが良いんだよ」


 ハンバーガーについて語るアルケイデスの目はとてもキラキラしていた。


「キュ、キュイ」


「レイは普通のハンバーガーを2つぐらいにしような。残したら勿体ないから」


「キューイ」


 自分も大食いにチャレンジしてみようかと悩むレイに対し、シルバは大食いは止めて置けと言った。


 食べられる量ならば止めたりはしないが、今のレイでは壁に貼られた巨大ハンバーガーの食べ切れるとは思わなかったからだ。


 その後、シルバとアルケイデスは仲良く巨大ハンバーガーをペロリと平らげ、レイは普通のハンバーガーを2つ食べて昼食を終えた。                                                                                                                                                               

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