第138話 知ってるのかシルバ?

 廃坑内部を進んでいく内に岩壁の色が焦げ茶色からオリーブ色に変わった。


 先程まで出て来たコボルドや蜘蛛、蝙蝠系のモンスターは出て来なくなり、変わりに出て来たのは2体の赤い蟷螂だった。


「レッドマンティスが2体。廃坑内にいてくれて良かった」


「そうだね。流石に外に出て来られたら不味いよね」


「シルバ、どうする? 俺とシルバで1体ずつやるか?」


「1体は僕がやりたいのでロウ先輩はエイルさんの護衛をお願いします」


「了解。無理すんなよ」


 アルが騒乱剣サルワを構えたのを見てロウはおとなしく引き下がった。


 シルバはレイに風付与ウインドエンチャントを使ってもらったので、素早くレッドマンティスと距離を詰めてその首を弐式雷の型:雷剃で刎ねた。


 レッドマンティスをさっさと片付けたのは、アルが騒乱剣サルワを使った戦闘で危険な状態になった時にシルバが介入するためだ。


「かかって来なよ」


「キシィ」


 レッドマンティスは同胞を瞬殺したシルバを倒したかったが、目の前に立つアルから目を逸らすと面倒なことになりそうだと判断して先にアルを倒すことにしたようだ。


 レッドマンティスが鎌を力強く振ることで、アルに向かって斬撃が飛んでいく。


「無駄だよ」


 アルは即席の岩壁でレッドマンティスの斬撃を防ぎ、壁の後ろから飛び出してサルワを振りかぶる。


 迎撃目的でレッドマンティスが鎌を振り上げようとしたその時、アルはレッドマンティスの足場を崩して落とし穴に落とした。


「一体いつからサルワで攻撃すると錯覚してたのかな?」


「キシィ!」


 この鬼畜めとレッドマンティスが訴えるように見えたが、本当のところはどうなのかわからない。


 落ちた時に足を怪我したらしいレッドマンティスに対し、今度はその足場を無理やり上に押し出すことでレッドマンティスは仰向けの状態で穴の外に放り出された。


 そこにサルワを振り下ろしてレッドマンティスの首を刈れば、レッドマンティスとの戦いは無事に終わった。


 (結局サルワで攻撃してるのでは?)


 シルバはそんな感想を抱いていたけれど、それを口に出すことはなかった。


 しかし、シルバの気遣いを無駄にする男が小隊内にいた。


「アル、結局サルワで攻撃してたな」


「OKです、ロウ先輩。気絶しない範囲で岩の弾丸を浴びる程受けたいなら最初からそう言って下さいよ」


「待てって! 受けたいなんて一言も言ってないけど!?」


「そう遠慮しなくて良いんですよ? イェン先輩から虫が余計なことを口走ったらお仕置きしても私が許すって言ってくれましたし」


「イェン!? なんてことをなんて奴に言ってるんだ!」


 護衛する立場だったはずのロウがエイルの背後に隠れるあたり、ロウは本気でアルならやりかねないと思ったようだ。


「アル、じゃれ合うのはその辺にして討伐証明だけ回収したら先に行くぞ」


「はーい」


「ふぅ。シルバ、助かったぜ」


「ロウ先輩はいつも一言多いので気を付けましょう」


「はい。すみません」


 シルバに注意されてロウは素直に謝った。


 廃坑の中でアルに<土魔法アースマジック>を使わせれば、不自然じゃない形で自分だけ生き埋めにされる可能性もあると思ったのあろう。


 戦利品の回収を済ませて先に進んでいると、シルバは手で他のメンバーの動きを制した。


「シルバ君、どうしたの?」


「近くにモンスターがいる。臭いがするんだ」


「「「え?」」」


 アルとロウ、エイルはそれに気づけなかったので、辺りをきょろきょろと見まわした。


 それでもどこにモンスターがいるのかわからず、首を傾げるしかなかった。


 その一方、レイは先程からずっと一ヶ所を凝視していてシルバに訴える。


「キュイ」


「あそこか。壱式氷の型:砕氷拳!」


 レイの視界の先にシルバが拳から氷の散弾を発射すれば、姿を見えなくしていたモンスターが正体を表して飛び退いた。


 それは黒い色をしたカメレオンであり、そのサイズは大型犬よりも少し大きいぐらいだった。


「なるほど。ブラックカメレオンか。面倒だな」


「知ってるのかシルバ?」


「聞いたことがあります。あいつは背景に溶け込むスキルや不意打ちのスキルを有してるそうです。しかも、色が黒ですから普通に強いです」


「うへぇ、嫌な奴だなぁ」


 シルバからブラックカメレオンの特徴を聞き、ロウはそんな相手と戦わなきゃならないのかとうんざりした様子である。


「ベロァ!」


 ブラックカメレオンは舌を鞭のように伸ばして薙ぎ払った。


「弐式雷の型:雷剃!」


 舌の薙ぎ払いに対してシルバは雷の斬撃で応じ、ブラックカメレオンの舌が切断された。


「ベロァァァァァ!?」


「君、煩いよ」


 アルがブラックカメレオンの真下から硬い岩の棘を創り出し、それでブラックカメレオンの体を貫いた。


 こうなってしまえば背景に溶け込むことも不意打ちすることもできない。


 シルバがとどめを刺してブラックカメレオンは力尽きた。


「キュウ!」


「ありがとう。レイはあいつの魔石が欲しいのかな?」


「キュウ?」


「よしよし。ちゃんとあげるから待っててくれ」


 レイがブラックカメレオンの魔石を欲しがるから、シルバは魔石を死体から取り出してレイに与えた。


 魔石を取り込んだことでレイの体は大きくなり、もう少しでシルバが両手を使っても抱え込めないサイズになりそうだった。


「キュイ!」


 レイが元気に鳴いた直後にその姿が見えなくなった。


 だが、レイは自分の近くにいるとシルバは気配を察して確信した。


 その確信から、シルバはレイが<光魔法ライトマジック>を用いた新しい技を編み出したのだと気づいた。


「レイ、光をコントロールして自分の姿を隠せるようになったんでしょ?」


「キュイ」


 そうだよと言わんばかりにレイが姿を現して頷いた。


 レイが今やったのは光学迷彩で自分の姿を周りの誰にも見えないようにすることだった。


「もしかして、俺のことも一緒に見えなくできる?」


「キュウ」


 シルバの問いに頷き、レイは光学迷彩の魔法を自分とシルバにかけた。


「シルバ君も消えちゃった!」


「おいおいマジかよ」


「こんなこともできるんですね」


 アル達はシルバの姿がレイと一緒に消えてしまったことに驚いた。


 敵から姿が見えなくなるのはメリットが大きい。


 それだけでも奇襲の確率が上がる。


 シルバは異界で拳者マリアに鍛えられていたおかげで、自分の気配を殺したり偽ることができる。


 その技能とレイの光学迷彩が合わされば奇襲し放題である。


 今後、シルバと敵対した者は暗殺に気を付けなければならないだろう。


 その後の廃坑探索はシルバとレイのコンビネーションの実践練習をメインに行い、サクサクと先に進むことができた。


「岩壁の色が変わってからモンスターの色が最低でも赤っておかしいでしょ」


「レッドアントにレッドモール、ブラックラットってすごかったね」


「俺は最近王国で発見された黒いモンスターが2体もいたことに驚いたが」


「それでもシルバ君達の奇襲には敵いませんでしたけどね」


 そんな話をしながら到着した廃坑の最奥部には、ブラックスケルトンが率いるレッドスケルトンの群れが待ち構えていた。


「ロウ先輩、良かったですね。黒いのが3種類目ですよ」


「良くねえだろこれ。この廃坑ヤバ過ぎるだろ」


「多分、割災の時にこの廃坑も異界と繋がったんでしょうね。とりあえず、敵は殲滅させましょう」


「だな」


 会話を打ち切った後、まずはアルが<土魔法アースマジック>で無数の岩の棘を創り出して敵集団の機動力を封じ込んだ。


 動けない相手に攻撃を当てるのは容易い。


 ただし、レッド以上のモンスターはパープル以下のモンスターよりも当然硬いから、火力を手数で補うロウにとっては倒す作業もなかなか大変だったようだが。


 最後にシルバが肆式:疾風怒濤でブラックスケルトンの頭部を残して破壊すると、レイがシルバに近づいて声をかける。


「キュウ!」


「ありがとう。レイもお疲れ様。ブラックスケルトンの魔石も欲しいのか?」


「キュイ~」


「欲しがりさんめ。おあがり」


 シルバから魔石を貰ってレイは嬉しそうにそれを飲み込んだ。


 あと数回魔石を取り込めば、レイはシルバと同じぐらいの大きさになりそうである。


 大きくなったレイにも協力してもらい、シルバ達は討伐証明や敵が使ってた武器を回収して廃坑の外へ向かった。


 廃坑の外で昼食兼休憩を取った後、シルバ達はサバーニャ廃坑でやるべきことを済ませたのでディオスに帰ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る