第139話 圧倒的じゃないか、キマイラ中隊は

 道中でキャンプをして翌日、シルバ達はディオスに帰って来た。


「やっと帰って来たぜ」


「ロウ、報告が完了するまでミッションは継続してますよ?」


「固いこと言うなよエイルってなんだ?」


 御者台に座っていたロウが違和感を覚えて馬車を停めた直後、前方の空間が音を立てて割れて異界と繋がった。


 あろうことかディオスで割災が起きてしまったのである。


「シルバ、割災だ!」


「降ります。ロウ先輩とエイル先輩は馬達が暴れないように離れて下さい」


「わかった」


「シルバ君とアル君、気を付けて下さい」


「「はい!」」


 シルバとアルを降ろして馬車は異界へと続く穴から離れていった。


 その穴からのっそりと黒い大蛇が現れた。


「ブラックパイソンか。暴れられる前に先手を取る。アル、落とし穴」


「了解」


 シルバの指示を受けてアルはブラックパイソンが進む先の地面に落とし穴を設置した。


 仕掛けた位置もサイズも絶妙であり、ブラックパイソンの体は落とし穴に吸い込まれていった。


 その隙を狙ってシルバが空を駆け、穴の中にいるブラックパイソンに攻撃を仕掛ける。


「壱式光の型:光線拳!」


 穴の底目掛けて拳から光線を飛ばせば、穴の中のブラックパイソンは巨体ゆえに避け切れない。


 壁を上って地上に出ようとしていたのだが、シルバの放った光線に押し戻されてしまった。


 それでも、ブラックパイソンは自分にダメージを与えたシルバ達に仕返しすべく、威嚇しながら穴の中から這いずり出て来た。


「シャアァァァァァ!」


「出て来てくれるのを待ってたぞ! 肆式氷の型:氷点穴ひょうてんけつ!」


 シルバは冷気を纏わせた両手でブラックパイソンのツボを次々に突いていく。


 肆式氷の型:氷点穴は冷気を纏わせた手でツボを次々に突くことにより、身体機能の低下と内面からの破壊を引き起こす技だ。


 蛇系モンスターは寒さに弱くて肆式氷の型:氷点穴は正に効果が抜群であり、ブラックパイソンの動きが鈍って数秒後にブチブチという音を立てる。


 その結果として、ブラックパイソンは自重を支えられなくなって倒れてしまい、ピクリとも動けなくなった。


「とどめだ。弐式氷の型:氷結刃」


 シルバが右手に氷の刃を纏わせた城代で振るえば、ブラックパイソンの首が刎ねられて討伐が完了した。


 その頃にはアルが落とし穴を埋めて元通りにしており、異界に繋がる穴も閉じていた。


 シルバ達の完全勝利に避難していた者達が建物から出て来て沸き始めた。


「圧倒的じゃないか、キマイラ中隊は」


「すげえぇぇぇぇぇ!」


「ブラックって最近発表された一段とヤバい奴だろ!?」


「武器を使ってないなんて嘘でしょう!?」


「無傷で勝ちやがった!」


 突然発生した割災が無事に終わったと思って沸いている者達だったが、マジフォンを見たエイルがシルバとアルに駆け寄る。


「シルバ君、アル君、大変です。ディオスの別の場所にブラックトードとブラックスラグが現れたそうです」


「ブラックパイソンの死骸を基地に移送次第、応援に向かいましょう。ここに転がしたまま行くと邪魔になります」


 大通りのど真ん中にブラックパイソンの死骸を置いていく訳にはいかないので、シルバ達は馬車にそれを積み込み、はみ出る部分はシルバが馬車の外から支えて基地まで持ち込んだ。


 馬車の速度に追いつけるレベルで空を駆けるシルバを見て、ディオスの人々が目を見開くのだがそれは置いておこう。


 基地の敷地に馬車とミッションの討伐証明、ブラックパイソンの死骸を預けた後、シルバ達は戦闘音が近い方に移動する。


 エイルがマジフォンの掲示板で入手した情報に寄れば、基地に近い場所に現れたのはブラックトードと呼ばれる大きく黒光りした蟇蛙だ。


 ブラックトードはレッドトード3体を引き連れて異界からやって来たようで、ブラックスラグの方もレッドスラグ3体を引き連れているらしい。


 ブラックパイソンが出て来た穴からはレッドパイソンが出て来なかったが、それは運が良かったようだ。


 ブラックスラグが出た場所にはキマイラ中隊第一小隊と第三小隊が向かっており、ブラックトードが現れた場所にはポールが向かっている。


 これが現時点でキマイラ中隊の掲示板でわかっている情報である。


 シルバ達が現場に辿り着いた時、ポールはブラックトードの攻撃を躱しながらチクチクと攻撃を仕掛けていた。


 それ以外にも軍人が集まっていたが、レッドトード3体と交戦していて負傷者も少なくなかった。


「エイル先輩、負傷者の治療をお願いします。アルはエイル先輩の護衛を頼む。ロウ先輩、レッドトード3体と戦ってる人達の支援して下さい」


「「「了解!」」」


 指示を出し終えたシルバはポールに合流する。


「ハワード先生、シルバです」


「おー、来たか。ブラックパイソンを倒したんだって?」


「戦闘中にマジフォンを見てたんですか?」


「まあな。ブラックトードの動きは思ったより遅かったからどうにかなった」


 (ハワード先生ってやっぱり強いよな)


 ポールの言葉を聞いてシルバはポールが強いことを再認識した。


 見た感じでは掠り傷がなく、何か状態異常を引き起こすような攻撃を受けた様子もない。


 戦闘中にマジフォンを見て情報も収集していたとなれば、強くないと言えるはずがないだろう。


「ブラックトードの動きは速くないようですが、その反面しぶとい感じですか?」


「しぶといのもあるだろうが、あいつの体表がぬめってて攻撃の威力が減衰されるんだよなー」


 シルバとポールが話していると、ブラックトードの口が大きく膨らむ。


「なんだか嫌な予感がしますね」


「正解だ。溶解液を吐き出すから気を付けろー」


 次の瞬間、ブラックトードがシルバとポールを狙って溶解液を弾丸のようにして連射する。


「參式水の型:流水掌!」


 ポールはするすると躱していくのに対し、シルバは自分に向かって来る弾丸を水を纏わせた手で受け流した。


 その受け流しだが、可能ならばブラックトードに溶解液をそっくりそのまま返すようにしており、自分の攻撃を受けたブラックトードの体表のヌメヌメが音を立てて蒸発した。


 (自爆しないようになってるのか)


 ブラックトードのヌメヌメが敵の攻撃の威力を減衰させるだけでなく、自分の溶解液がかかってしまった時の対策にもなっていた。


「レイー、俺の短剣に風付与ウインドエンチャントしてくれないかー?」


「キュ」


 シルバの隣に戻って来たポールが頼んでみると、レイは良いよと言わんばかりに短く鳴いて風付与ウインドエンチャントをかけた。


「ハワード先生、俺は何をすれば良いですか?」


「シルバ達はもう十分働いてくれたからなー。面倒だけど俺だけでやるさ」


 ポールはそう言った直後にはブラックトードと距離を詰めており、風を付与されて鋭さが増した短剣でブラックトードの体を斬りつけた。


「ゲロォ!?」


 先程まではヌメヌメが守ってくれたけれど、今の攻撃は自分に届いたのでブラックトードが驚いた。


 ポールを接近させてはいけないと学んで長い舌を伸ばして薙ぎ払おうとするが、ポールは薙ぎ払いを躱しながらジャイアントトードの舌を切断してみせた。


 (うーん、実に見事な動きだな)


 シルバはポールの動きを自分も取り入れられるかと真剣に見て勉強していた。


 普段はやる気のない様子を見せているが、体捌きと足捌きはシルバにとって勉強になるぐらいポールは強い。


 舌を切られてのたうち回るブラックトードに対し、ポールは短剣を何度か素早く振るって複数の斬撃を放つ。


 それらの斬撃は風付与ウインドエンチャントのおかげで威力が強化されており、ブラックトードのヌメヌメが威力を減衰し切れずにまともなダメージがが入った。


「ゲロォォォォォォ!」


「大口を開けてくれて助かる」


 痛みに耐えかねたブラックトードが叫んでいると、ポールがポケットから何かを取り出してブラックトードの大きく開けた口の中に投げ込んだ。


 その数秒後にボンという音が鳴り、ブラックトードは口から煙を吐きながら倒れた。


 どうやらポールは小型の爆弾を投げ、ブラックトードの体内で爆発させたらしい。


 体表はヌメヌメでも体内がそうとは限らない。


 体内からの攻撃ならば減衰されないというポールの判断は正しく、ブラックトードは音を立ててその場に倒れて動かなくなった。


「やれやれ、やっと倒せたかー」


「お疲れ様です。レッドトードの方も片付いたようです」


「そうらしいな。おっ、ソッド達も倒したってよ」


「これで割災は終わりですかね?」


「他に亀裂が生じたなんて連絡はない。後は報告して終わりだ。あー、疲れた」


 チクチクと攻撃して戦っていたポールだが、シルバの見立てではまだ本気ではないように思えた。


 いつかポールの本気を見られる時が来るのだろうかと思ったけれど、すぐに頭を切り替えて戦後処理に移った。

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