第140話 ありがたき幸せ
1週間後、ディオスの城の謁見の間にはキマイラ中隊第一、第二小隊とポール、アルケイデスが集められていた。
「アルケイデス=ディオニシウス。アーブラを救った功績を称えて
「承知しました。尽力いたします」
アルケイデスはシルバ達がサバーニャ廃坑からディオスに帰還していた頃、アーブラで起きた割災で現れたブラックホークを単身で討伐していた。
彼がアーブラにいたのは偶然で、ディオスからアーブラに物資を移送する際の護衛ミッションに参加していたのだが、アーブラに到着した時には既に割災が発生していたのだ。
その時にブラッグホーク率いるレッドホークの群れが亀裂から侵入してきて、アーブラは完全にパニック状態だった。
デーモンによって引き起こされた連続殺人事件で人員不足になっていたアーブラでは、軍人達を派遣してもレッドホーク1体を倒すのがやっとだった。
元アーブラ支部長のマリクは過労で寝込んでおり、指揮系統もボロボロだった中ではそれが限界だったのである。
そこにアルケイデス率いる護衛部隊が合流し、ブラックホークと大半のレッドホークを倒したおかげでアーブラの被害は最小限に済んだ。
アーブラでの度重なる不運により、アーブラの空気はかなりどんよりしたものになっている。
その空気を取り払うべく、フリードリヒがアルケイデスの昇進とアーブラ支部長就任を発表した訳だ。
余談だが、
このままアルケイデスをディオスに残していれば、継承権争いで望まぬ争いが起こりかねないと判断したこともあり、フリードリヒがアルケイデスをアーブラに避難させたということになる。
アルケイデスの昇進と異動を宣言した後、フリードリヒはポールの前に移動する。
「ポール=ハワード。ディオスに現れたブラックトードを倒した功績を称えて
「ありがたき幸せ」
(ハワード先生すごいな。アルケイデスさんと校長先生と同じ階級だ)
シルバに尊敬の目を向けられている当の本人の本音は有難迷惑ですなのだが、そんな気配は微塵も感じさせないポーカーフェイスを貫いている。
冷静に考えてみてほしい。
軍学校というディオニシウス帝国の中で見れば小さなコミュニティにおいて
片方は校長でもう片方は学年主任でもない普通の教師だ。
もっとも、キマイラ中隊の直属の上司というポジションであり、ポール自身も出世したいとか自分がコミュニティのトップじゃなければ嫌だとも思っていないため、軍学校でのポジションは特に気にする必要がないのだが。
きっと
次はキマイラ中隊第一小隊の番だ。
「キマイラ中隊第一小隊。ディオスに現れたブラックスラグの討伐に大きく貢献したことを称える。ソッド=ガルガリンを
「「「「ありがたき幸せ。尽力いたします」」」」
ブラックスラグを倒したのは間違いないが、それまでにもキマイラ中隊第一小隊はコツコツと昇進するのに必要な手柄を立てていた。
今回のブラックスラグ討伐がそれを後押しした結果となり、小隊全員が
いよいよ、シルバ達キマイラ中隊第二小隊の番である。
「キマイラ中隊第二小隊。サバーニャ廃坑に現れたブラックカメレオンにブラックラット、ブラックスケルトンを倒し、ディオスに戻ってすぐにブラックパイソンを倒した快挙を称える。シルバを
「「「「ありがたき幸せ。尽力いたします」」」」
本来であれば、ブラックパイソンを倒したとはいえシルバ達が昇進するのはもう少し先のはずだった。
しかし、サバーニャ廃坑でブラック級モンスターを3体も倒したとなれば、サタンティヌス王国よりも危なかった帝国を救った英雄と言っても過言ではない。
したがって、キマイラ中隊第二小隊も全員ワンランク上の階級に昇進することになった。
これで昇進と異動の発表は以上のはずだったが、フリードリヒは悪戯っぽい笑みを浮かべてシルバの前に立ったまま再び口を開く。
「シルバ。ディオニシウス帝国にて失われた知識を補填したことに加え、ワイバーンのテイムという帝国初めての功績を称えてムラサメの家名を名乗ることを許す。今後とも我が帝国のために励むが良い」
(えっ、今なんて? 聞き間違いだよな?)
フリードリヒの宣言にその場がざわざわした。
それも当然だろう。
ディオニシウス帝国においてマリア=ムラサメは神に等しい存在だ。
その神と同じ家名を名乗って良いと
それでも、フリードリヒが孤児でもマリアの弟子である自分のことを気遣ってムラサメを名乗るよう言ってくれたとわかったため、シルバは感謝の意を口にした。
「ありがとうございます。シルバ=ムラサメ、今後も帝国のために尽力いたします」
「うむ。期待しておる」
シルバはたった今からシルバ=ムラサメと名乗ることが許された。
本当はマリアにムラサメを名乗れるようになったこと、ブラック級モンスターを連続して倒せるようになったことを伝えに行きたい。
だが、シルバはマリアの言う青春を満喫するまでマリアを探さないと心に決めた。
だからこそ、今はグッと堪えてただフリードリヒの計らいに感謝した。
ちなみに、フリードリヒはただシルバの頑張りに報いるためだけにムラサメの家名を名乗らせた訳ではない。
これは政治的な理由もあってのことだ。
帝国軍の中にはシルバが孤児院出身であることだけを理由に蔑む者もいれば、軍学校2年生という若さでキマイラ中隊第二小隊の小隊長になったことに陰で不満を口にする者もいる。
そういった者達を黙らせるため、フリードリヒがシルバの出自や年齢に関係なく評価していることを大々的に示す意味でムラサメという偉大な拳者の家名を名乗らせたのだ。
もしもこれ以降でシルバを正当な理由なく貶すようなことがあれば、その者は拳者の家名とフリードリヒの決定を否定することになる。
少しでもまともな感性を持つ者ならそんな馬鹿な真似はしないだろう。
仮にそんな過ちを犯したら、帝国軍で居場所は何処にもなくなってしまう。
シルバがフリードリヒから評価されたことはさておき、昇進と異動の発表以外にもフリードリヒから発表することがあった。
「めでたい話は以上だが、ここで諸君に発表がある。近年、我が国では度重なる割災や他国との攻防により人口、それも男の数が減っておる。アーブラは特にその色が濃いが、人手が足りておらぬのだ。そこで、我が国では条件を満たした者に限定して重婚を認めることにした」
シルバがムラサメの家名を名乗ることになった時と同様に謁見の間がざわついた。
特にアルとエイル、エレンの目が鋭くなったのは言うまでもない。
重婚が認められる男性の条件は一定以上の功績を上げることだ。
帝国軍に属する者ならば、
商会に属する者ならば、本拠地において売り上げと国に納める税金の額で決まる。
芸術家ならば、フリードリヒに認められる品を完成させることが条件とされる。
以上のような条件を設ける理由は3つある。
1つ目は才ある男性ならば複数の女性から慕われていてもおかしくないこと。
2つ目は設けた条件を満たせる男性は複数人の妻を迎えても養えるだろうこと。
3つ目は無理に重婚を否定して女性が余ってしまった結果、選ばれなかった女性が負の感情に呑まれて問題を起こさないようにという防犯の意味合いがあること。
限定的に重婚が認められたことにより、これから帝国では誰が一番なのかという点で揉めることはあっても、優秀な男性を奪い合う争いは減るだろう。
フリードリヒの重婚を認める宣言が吉と出るか凶と出るかはまだわからない。
兎にも角にも、今日の謁見の間で起きたあらゆる発表は帝国内を騒がせるのに十分だった。
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