第213話 ご主人のお師匠様が料理する時に歌ってたんだって。名前は知らないの

 翌日、シルバは護衛対象を城に置いて観光する訳にはいかなかったので、朝食後に日課のトレーニングをこなしてからユリと合流した。


 城の厨房にはハンバーガーに必要そうな食材が用意されており、端っこにはユリが厨房に立っているのを見て涙を流すコック三人組がいた。


「あのお転婆なユリ様が料理をしたいと言い出すなんて・・・」


「そりゃ私達も歳を取った訳だよ」


「こら、泣くんじゃない。私達の涙のせいで食材がしょっぱくなったらどうするんだ」


 コック達の声は普通にシルバ達に届いており、ユリの顔はすっかり赤くなっていた。


「貴方達、邪魔だからどっかに行ってなさい!」


「なりませぬ! ここは私達にとっての戦場です! 軍人が戦場から逃げないように私達コックも厨房から決して逃げたりしません!」


「本場のハンバーガー作りを見れる機会なんて滅多にございません! 私達が勉強する機会を奪わないで下さい!」


「決してユリ様が心配だから残る訳ではありません! あくまで私達が他国の料理を勉強するために残るのです!」


 コック三人組はユリが人生で初めて料理をしたいと言い出したため、それを絶対に見守るつもりなのだ。


 彼等が厨房から出ていく気配はなく、ユリも何かあった時にこの厨房の勝手がわからないので仕方なく彼等がここに留まるのを認めた。


『ご主人、ユリ様って愛されてるんだね』


「そうだな。大切にされてるのは間違いない」


 レイが厨房にいる理由だが、シルバがハンバーガーを作るならば味見役が必要だと思ってのことだ。


 すぐに味見ができるようにシルバの頭の上に乗っていたのだが、レイはユリとコック達のやり取りを見てニコニコ笑っていた。


 レイに言われてシルバも温かい目をユリに向けていた。


「シルバ様、それにレイ様もその見守るような視線は止めて下さいまし。ところで、アリエル様とエイル様がここにいるのはどうしてですか?」


「同性の僕達も一緒ならば、ユリ様も緊張しないと思ったんですがお邪魔でしたか?」


「私達もユリ様と一緒に料理がしたかったんです。将来、血は繋がってなくても家族になる訳ですし、仲良くなれそうな機会を逃したくなかったんです」


「そういうことでしたら一緒に作りましょう」


 ユリは立場上、同姓の友達や年の近い友達が少ない。


 だからこそ、自分がアルケイデスに嫁いで将来的にアリエルやエイルと親族になるならば、仲良くなれるに越したことはないと判断して一緒に作ろうと言った。


 ちなみに、エイルは言葉通りでユリと仲良くなろうと思ってここにいるけれど、アリエルはシルバから目を離さないようにするべくここにいる。


 レイが厨房にいるから、シルバとユリが二人きりになることはあり得ないが、ユリが実はドジッ娘属性持ちでシルバと組んず解れずにならないよう目を光らせておきたいのだ。


 相手が義理の兄嫁でも油断しないのがアリエルらしいと言えばアリエルらしい。


 そろそろ始めないと昼食が遅くなると思ったので、シルバは手をパンパンと叩く。


「はい、ハンバーガー作りを始めますよ」


 シルバがそう言った直後、レイが鼻歌でメロディーを披露する。


『フフフンフンフンフンフン、フフフンフンフンフンフン、フフフンフンフンフンフンフンフンフンフン♪』


「レイ様、ご機嫌ですね。それはなんという名前の曲なんでしょうか?」


『ご主人のお師匠様が料理する時に歌ってたんだって。名前は知らないの』


 レイの言い分を聞いてそうなのかと視線で訊ねるユリに対し、シルバはその通りだと首を縦に振る。


「私の師匠は手軽にできる料理を作る時、毎回この鼻歌を歌ってたんです」


「そうだったのですね。確かに手軽にできそうな気持ちにさせてくれる不思議なメロディーです」


 シルバは知る由もないことなのだが、レイが披露したこのメロディーは3分という短い放映時間で料理を作る番組で流れる曲である。


 地球から転移して来たマリアしか元ネタを知らないから、シルバもレイも意味がよくわからないまま手軽な料理を作る時にこのメロディーを鼻歌で歌ってしまうのだ。


 それはさておき、いい加減ハンバーガー作りに移ろう。


 城のコック達が用意してくれたのは黒パンと野菜チップス、干し肉、ケチャップ、ドライフルーツ、メープルシロップだった。


 ケチャップはシルバが作り、ジーナがJ&S商会で大々的に売り出した結果、隣国のスロネ王国でも使われるようになったらしい。


「ユリ様、今日は2種類のハンバーガーを作るぞ」


「わかりました。私は一体何を切ればよろしいでしょうか?」


 シルバが声をかけた時には、ユリが包丁を握っていて何を切るかと訊ねて来た。


 これにはシルバも一瞬固まってしまう。


「・・・ユリ様、一旦包丁を置きましょうか。使う食材を選んでから包丁を使うんです。包丁を握るのがデフォルトじゃありません」


「そうなんですね。失礼しました」


 ユリがおとなしく包丁を置いてくれたことにシルバはホッとした。


 料理を教える際に困るのは、手順を教える相手がそれを守らないことだ。


 少なくともユリは自分の言うことを聞く意思を見せてくれたので、料理初心者にしてはマシな部類である。


 メシマズな展開になる理由として、手順を守らないというものがある。


 適当にやればなんとかなるなんて考えは捨ててほしいものだし、個性が足りないなどと言って余計な工夫をした結果がメシマズになる。


 それゆえ、ユリがちゃんと自分の言うことを聞いてくれたから、メシマズな展開にはならないだろうとシルバは安心したのだ。


「まずは携帯食から作れるお手軽バーガーを作ります。黒パンを横に半分に切って下さい」


「横に切るんですね。やってみます」


 シルバに言われてユリは包丁を改めて握り、黒パンを軽く上に投げて包丁でスッと横に切って見せた。


「すごいですけど普通に切りましょうよ。黒パンを投げる意味なんてありませんよね?」


「あっ、すみません。武器を持つ時はなるべく片手を自由にしておく癖がついておりまして・・・」


「包丁は武器じゃなくて調理器具です。良いですね?」


「はい。失礼しました」


 厨房にいるのに戦場にいるのと勘違いしているのではないかと思いたくなる発言を聞き、シルバはやれやれと短く息を吐いた。


 それでも一度言えばわかってくれるので、気持ちを切り替えてユリに次の指示を出す。


「次は半分にした下の方のパンに野菜チップスと干し肉を順番に乗せ、その上にケチャップをかけましょう。ケチャップを適量かけたら、もう半分のパンを上に乗せて下さい」


「やってみます」


 ユリは包丁を置き、シルバの指示通りに野菜チップスと干し肉をパンの上に乗せ、ケチャップを自分が好きなだけかけたらパンをその上に被せた。


「おめでとうございます。これで完成です。これがお手軽バーガーです」


「もう完成ですか!? 早いですね!」


「お手軽だって言った通りでしょう? 移動中の食事って味気ないですけど、これなら移動時の食事も楽しめます」


「本当ですね! これは良いものです! 私でも簡単に作れました!」


 ユリは初めて料理をした自分でも簡単に作れたため、お手軽バーガーは素晴らしいものだと感動した。


 厨房の端っこではコック三人組がユリの料理する姿にハンカチを出して目元を拭いていた。


「ユリ様が料理を作った・・・だと・・・」


「ユリ様、大人になられましたね・・・」


「涙で前が見えません」


「貴方達、聞こえてますよ! 恥ずかしいから止めなさい!」


 ユリはコック三人組の発言をばっちり聞いており、余計なことを言わずおとなしくしていろと言外に訴えた。


「ユリ様、落ち着いて下さい。2種類目のハンバーガーを作りますよ」


「・・・失礼しました。もう大丈夫ですわ」


「それではパンを横に三等分に切りましょう。あっ、パンは投げないで下さいね」


「わかりました」


 ユリは注意されたことを繰り返しやったりはしない。


 今度はまな板の上で黒パンを三等分にした。


「下のパンの上にドライフルーツを乗せた後、メープルシロップに浸したパンを間に挟み、ドライフルーツを乗せたらパンを被せましょう。これで即席フルーツバーガーの完成です」


「シルバ君、味見が必要だよね」


「私もそう思います。味見しましょう」


『ご主人、味見の準備はできてるよ』


「私もフルーツバーガーの味が気になります」


 女性陣はお手軽バーガーよりも即席フルーツバーガーの方が気になるらしく、早く食べようとシルバを急かした。


 結局、シルバは女性陣の圧力に負けてフルーツバーガーの試食会を行い、お腹を空かせてロウが様子を見に来た時にはフルーツバーガーが品切れになっていた。


 短い時間ではあったが、シルバ達はユリと仲良くなれた気がした。

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