第214話 そーですね
ハンバーガー作りを楽しんだ翌朝、シルバ達はユリとメイドを連れて城から出発した。
ユリが連れて行くメイドは1人だけで、護衛はシルバ達ワイバーン特別小隊のみである。
ディオニシウス帝国に行くメンバーが最小限になった理由は2つある。
1つ目の理由は護衛しやすさを考慮したからだ。
ぞろぞろ連れ歩くとディオニシウス帝国に着くまで時間がかかり、強行突破することが難しい。
それならば、少数精鋭のシルバ達に護衛を任せてスロネ王国側はユリとメイドだけにしてしまい、1台の馬車で移動できるようにしたのである。
2つ目はスロネ王国から戦力を奪わないためだ。
ユリを守るために多くの護衛を連れて行けば、それだけスロネ王国を有事の際に守る者の数が減ってしまう。
ユリはそんな事態を望んでいないので、自分とお付きのメイドのことはシルバに任せて兵士達には国を守れと命令した。
もっとも、最初はユリも自国から護衛を出そうとしていたのだ。
ところが、シルバ達の危機察知能力が高く、監視ミッションを言い渡された手練れの全員が自分達の護衛は戦力的に過剰になるとユリに告げたため、ユリは護衛をシルバ達だけにすると決めた。
馬車は行きと同様にレイが牽き、御者台にシルバが座る。
後方を警戒するためにロウとジェットが馬車の上に乗るから、ユリとメイドが馬車の中に入っても余裕がある。
王都を出て山道に入ると、レイが馬車の中にいる者達に負担を懸けない程度にスピードを上げた。
それでも馬車より速いスピードになるから、窓の外を見てユリは目を丸くする。
「驚きましたわ! まさかこのような速さで移動できるとは思ってもみませんでした!」
「ユリ様、はしゃぎたくなる気持ちもわかりますが、皆様の前ですので落ち着いて下さい」
「タリア、これから家族になる方達の前で取り繕う方が却って失礼よ。素の私を見ていただかなくてどうするのよ」
「・・・はぁ。承知しました。皆様、これからユリ様の印象が変わってもどうか変わらずに接していただきますようお願い申し上げます」
タリアと呼ばれたメイドは一瞬だけ諦めた表情になった後、アリエルとエイルに向かって頭を下げた。
「ちょっとタリア、私を困った人扱いしないでちょうだい。これでも私は立派に国王代理の務めを果たして来たんだから」
「そーですね」
「その棒読みの反応は何かしら? 国王代理の務めはちゃんと果たして来たでしょう?」
「そーですね」
「ねぇ、不満があるならはっきり言いなさいよ。感じ悪いわ」
ムスっとした表情でユリがそう言えば、タリアは棒読みで同じリアクションを繰り返すのを止める。
「申し上げてよろしいのですね? 私がこれまで黙って来たこと全て吐き出しても良いのですね?」
「・・・そのまま胸に秘めておきなさい。なんとなく嫌な予感がするわ」
タリアの顔から妙に迫力を感じたため、ユリは余計なことを喋られてアリエルやエイルからの印象が悪くなっては困ると思い、タリアに吐き出さぬよう命じた。
2人のやり取りを見て、アリエルはニッコリと笑う。
「大丈夫ですよ、タリアさん。昨日のハンバーガー作りの時からちょこちょこユリ様にはツッコミどころがありました。ですから、ユリ様には自然に振舞っていただいても大きな影響はないでしょう」
「言われてみればそうでしたね。出過ぎたことを申し上げてしまって失礼しました」
「アリエル様!? 笑顔で酷いことを言ってますよね!? タリアもなんで納得して謝ってるんですか!」
アリエルとタリアが笑顔で会話しているのを見て、ユリは自分にとって雲行きの怪しい展開になったのを察した。
だからこそ、それはいきなり砕け過ぎではないかとツッコミを入れたのだ。
エイルはアリエルの言い分にも頷けるところがあったので、何も言わずにただ苦笑するしかなかった。
そんな時、アリエルとエイルのマジフォンが震えた。
城を出発する前の取り決めで、敵を発見してもそれがまだ離れていてすぐに何か仕掛けて来ない場合、シルバやロウが大声で馬車内にそれを知らせるのではなく、マジフォンの掲示板経由で知らせる手筈になっていた。
掲示板に書き込んだのはシルバであり、先にある川の近くに怪しい気配を感じると知らせていた。
「ユリ様、あの川の付近の地形を変えたら不味いですか?」
「アリエル様は地形を変える程のスキルをお持ちなのですか?」
「持ってます。それで、不味いですか? 良いですか?」
「あの川の水位が減ると近隣の村が困ってしまいます。申し訳ありませんが、戦闘をするなら川に影響が出ないようにしていただけると助かります」
「わかりました。シルバ君から敵のおおよその位置は聞いてますので、こちらから仕掛けたいと思います」
ユリにやって良いこととできれば避けてほしいことを確認した後、アリエルは無詠唱で
それにより、川の向こうにある木の陰に隠れていた何者かの足場が消えた。
足場が消える前に大きく跳躍した人物は、期せずしてシルバ達の進路に現れる羽目になった。
レイとしてはその人物を轢いてもダメージはないけれど、馬車に乗る者達にダメージがないとは言い切れないから減速し、その人物の前で馬車を停車させた。
減速すれば攻撃しやすくなると思うかもしれないが、刺客らしきその人物は足元から生える岩の棘を避けるのに必死で馬車を攻撃する余裕がなかった。
馬車の中にいるユリは、エイルのマジフォンを経由してシルバに刺客らしき人物の正体を伝える。
(アルケス共和国の
シルバはマジフォンの画面に映し出された文面を読み、四剣に関する記憶を呼び起こした。
四剣とはアルケス共和国において特に強い4人の兵士を表す肩書だ。
剣という表現は戦闘が強いことを強調するために選んだだけであり、実際には剣を使わないで四剣にメンバー入りした者もいる。
ユリ曰く、シルバ達の目の前でアリエルの攻撃を必死に回避しているのは四の剣ノマノスである。
双剣の使い手で素早い動きを得意とする彼だが、どこからともなく無詠唱で一方的に攻撃される機会はなかったらしい。
名乗りを上げる余裕もなく、大きく跳躍して木の枝に飛び乗ったことでどうにかアリエルの攻撃から逃げ切った。
そこで息を整えていたところ、死角から
その着地の瞬間を狙い、馬車の上から飛び降りて接近していたロウがトンファーで殴り掛かる。
残念ながらノマノスの着地の方が僅かに速く、ロウの攻撃はノマノスの右手で握る剣によって防がれてしまった。
「危ないじゃないか」
「危なくて当然だ。こちとら仕留める気で攻撃してるんでね」
「仕留める? この程度で? 他の者に代わってもらったらどうだ? 馬車の御者台にいるのは拳聖だろう? 雑魚じゃ俺の相手は務まらない」
(拳聖って俺のこと? いつの間にそんな呼び名になったんだ?)
シルバは耳が良いから、ノマノスが自分のことを拳聖と呼んだのがわかった。
かつてこの
ディオニシウス帝国では
それに対して、ロウの知名度は高くない。
いや、正確に言うのならロウは目立っていないのだ。
家名を名乗れるようになったが成り上がりであり、それも
そんな背景があるとはいえ、ノマノスに雑魚呼ばわりされたことはロウにとって不愉快なのは間違いない。
ロウは額に青筋を浮かべながら口で反撃し始める。
「お前はどうなんだ? 四剣なんて肩書はあってもあれだろ。4人の中で最初に倒されて、他のメンバーに奴は四剣の中でも最弱とか言われちゃうんだろ?」
「あ゛? 今なんつった?」
「四剣の中では最弱最弱ゥ!」
「無名の雑魚に言われる筋合いはねえよ!」
ロウのトンファーとノマノスの双剣がぶつかって火花を散らした。
シルバが周囲に敵の気配がないか調べている間に、ロウとノマノスの打ち合いが激しくなった。
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