第86話 ハンバーガーがお好きなんですか?

 活動報告が終わって再び食事と会話を楽しんで下さいと言えば、エイルの役目はほとんど終わったようなものだ。


 残りは閉会の挨拶の司会だけなので、ここまで来ればエイルのメンタルも峠を越えてかなり楽になっている。


「会長、後もう少しです」


「そうですね。でも、最後まで油断は禁物ですから気を引き締めていきましょう」


「はい」


「シルバ君」


「なんでしょうか?」


「このイベントが終わったら、またアレをお願いします」


「わかりました」


 アレとはマッサージのことだ。


 エイルはシルバのマッサージにハマってしまったらしい。


 エイルとシルバだけで長くお喋りしている訳にもいかないから、すぐに分かれて暇そうにしている参加者がいないか探してから動き出した。


 シルバは独りでバクバク料理を食べている銀髪の青年の参加者を見つけた。


 どういう訳かシルバはその青年を見てから目が離せなくなった。


 自分に通ずる何かを感じて話しかけた。


「ハンバーガーがお好きなんですか?」


「ん? ・・・あぁ。俺はハンバーガーが大好きだ。上品な料理も嫌いじゃないんだが、こう手で掴んでがっつり食べてるって感じがする方が好みでね」


「確かにハンバーガーって食べた感じがしますよね。今日は既に完成した物と自分でバンズに挟んで完成させる物を用意しておりましたが、貴方はどれがお好みですか?」


「俺は自作のメガチーズバーガーだな」


 そう言って食べ終えた男性は再び自分でハンバーガーを作り始める。


 バンズは手が汚れないようにするためだけに取り、パティとケチャップとスライスチーズを交互に5段ずつ重ねて完成させた。


 今日何個目かわからないが、少しは野菜も食べるべきではなかろうかとシルバが心配になる仕上がりである。


「おっと、名乗るのを忘れてたっけか。俺は77期学生会長だったアルケイデスだ。階級は主天使ドミニオン。よろしく」


「・・・殿下、従者を付けずに参加されたのですか」


「殿下は止せ。俺に継承権なんてあってないようなもんだ」


 シルバがアルケイデスを殿下と呼び直したのは彼の本名がアルケイデス=ディオニシウスだからだ。


 ディオニシウスとある通り、彼はディオニシウス帝国の皇子である。


 もっとも、彼は第二皇子で皇位継承権がない訳ではないが上に2人いる時点で自分が皇帝になることはないと思っている。


 現在、皇位継承権は第一皇子と第一皇女が争っており、アルケイデスは面倒だからとその争いに関わらないようにしているのだ。


 ちなみに、第一皇子と第一皇女は正室の子供だが、アルケイデスは側室の子供だ。


 その側室はアルケイデスの弟の出産時に暗殺されており、生まれたはずの弟はどこへ行ったのか死体がどこにも見当たらなかった。


 それは凄惨な事件として帝国中を震撼させ、実行犯は捕まった時に舌を噛んで自殺したから動機は不明である。


 噂では正室が側室に自分達の子供に継承権が渡らぬように裏で糸を引いていたなんて話もあるが、正室は知らぬ存ぜぬを突き通している。


 この事件があったことから、アルケイデスは自分が野心を出すと暗殺されるかもしれないと考えて継承問題に口を出さずに軍学校を出て帝国軍に入った。


 帝国軍に入った理由だが、他人と比べて丈夫な体と力があるから帝国軍で帝国民を守ろうと思ってのことである。


 シルバはアルから皇室について最低限の知識をインプットしてもらっていたが、アルケイデスの顔までは知らなかったので名前を聞いて初めて目の前の青年が第二皇子だと気づいた訳だ。


「失礼しました。お食事の邪魔でしたでしょうか?」


「気にすんな。別に不快だなんて思っちゃいない。それなのに他の連中は誰も話しかけに来ないからな。ぶっちゃけ暇だったんで好きな物を食い溜めしてたんだ」


「殿下は<体力貯蓄エナジーセーブ>をお持ちなんですよね?」


「おう。今日食った分で1日は食わずに動けるぜ。つーか殿下は止せっての。アルケイデスって呼んでくれ」


「わかりました、アルケイデスさん」


 他の者ならば名前で呼んで良いと呼ばれても殿下呼びを止めない。


 しかし、シルバは帝国軍に入ってから浅く、今までは孤児院や異界で過ごして来たから皇室との関わり方がよくわかっていないのだ。


 それゆえ、素直にアルケイデスの言う通りに名前+さん付けで彼を呼んだ。


 アルケイデスは一瞬きょとんとしたが、それでも素直な後輩を気に入ってニヤリと笑った。


「お前は他の連中と違って面白いな。いや、他の連中がつまらないだけかもしれんが」


「そうですかね? 特に一発芸ができる訳でもないんですが」


 シルバがよくわからないという表情をしているとアルケイデスが苦笑した。


「そーいうことじゃない。まあ、わざわざ説明して余所余所しくされんのも嫌だからこのまま話すけど。それで、さっきの質疑応答じゃシルバは徒手空拳で戦うって話だったな」


「その通りです」


「どこの流派なんだ?」


「【村雨流格闘術】です」


「村雨・・・。まて、ムラサメ? 拳者様と同じ家名だと?」


 村雨という言葉に反応したのはジャンヌに続いてアルケイデスが2人目である。


 マリアの名前は全帝国民に知らぬ者等いないが、マリアの方がムラサメよりも覚えやすくて印象に残る。


 そのせいでシルバが自分の流派を訊かれてサラッと答えた時、大抵の者はそうなんだといまいちピンと来ないまま話を流してしまう。


 ポールも気づきそうなものだけれど、シルバが流派を名乗った時は上手く聞き取れなかっただけでなく、シルバ自体がいろいろとやらかすので流派だけに興味が向かずに気づかれなかった。


 だが、ジャンヌやアルケイデスはしっかりと話を聞いているだけでなく、シルバの流派の言葉の意味までしっかり考えていたが故に流さずにいられたのだ。


「はい。同じです。師匠から習いました」


「その師匠の名前は?」


「申し訳ありませんがでは言えません」


「・・・そうか。ならば場を変えよう。ついて来い」


「わかりました」


 周りで誰が聞き耳を立てているかわからない。


 それが理由で話せないならば別の場所で話そうとアルケイデスが言えば、シルバにNOという選択肢はない。


 シルバはアルケイデスがハンバーガー好きという点もそうだが、直感的に信用できそうだと判断した。


 だからこそ、アルケイデスならばジャンヌやアルと同じように自分とマリアについて話しても良いと思ってけれについて行ったのだ。


 パーティー会場から少し離れた空き部屋に移動し、誰の監視や盗聴もないことを確認すると再びアルケイデスが口を開く。


「ここでならシルバの師匠について話してくれるか?」


「俺の師匠はマリア=ムラサメです。【村雨流格闘術】はマリア本人から習いました」


「・・・ちょっと待て。俺の記憶が確かなら、拳者様は異界に旅立たれてかなり時が経ったはず。まだご存命なのか? というよりもシルバは異界に行ったことがあるのか?」


 アルケイデスは決して短気な青年ではなかった。


 普通なら鵜呑みにはできないシルバの発言を受け入れた上で質問した。


「まずは1つ目の質問にお答えします。師匠は<完全体パーフェクトボディ>というスキルのおかげで今でも全盛期の容姿と実力を維持してますよ」


「<完全体パーフェクトボディ>か。どこかで読んだことがある。スキル獲得時に決めたルーティンを毎日こなせば、自身の全盛期の容姿と実力を維持できるという効果だったか」


「ご認識の通りです。師匠は俺を拾ってくれた時から全く衰えることがありませんでした。俺が異界を追い出されるまではレッドのモンスターを朝飯前に倒してました」


「流石は拳者様だ。やはり有象無象とは別次元におられるのだな。2つ目の質問についても答えてくれるか?」


 アルケイデスはマリアが尋常ならざる強さの持ち主だと知って静かに興奮したが、まだ自分の質問に対する回答が残っているので改めて訊ねた。 


「俺は軍学校に入学する前に孤児院におりましたが、6歳の時に割災に巻き込まれて異界に飛ばされました。そこで師匠に拾われてから、今年の4月に師匠に何人たりとも若人から青春を取り上げてはならないという理由で異界を追い出されました」


「・・・なかなか大変な人生を送ったようだが、拳者様のおかげで強くなってこちらに戻って来れたということか」


「まだまだ師匠には遠く及びませんが、軍学校で色々と勉強しております」


「ふむ。学びに終わりはない。学生と軍人の二足の草鞋を履くのは大変だろうが励め。それと、何かあったら俺を頼ると良い。継承権争いに関わらずとも力になれることはあるだろう」


「ありがとうございます」


 シルバは新たにアルケイデスという伝手を手に入れられた。


 アルケイデスと親し気に話しながら会場に戻って来たシルバを見て、参加者達はより一層シルバという人物に興味を示したのは間違いない。

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