第8章 拳者の弟子、OBOGと交流する
第81話 自意識過剰乙
10月になってシルバは学生会の仕事で忙しくしていた。
明日がOBOG会ということもあり、学生会室内はドタバタである。
学生会のOBOG会は軍学校が始まってから今年の3月に卒業した者まで集まる行事だから、規模がとても大きいのだ。
会場は訓練室の1つを貸し切ってパーティーのために装飾することになっている。
「イェンとシルバ君、会場の設営の進捗はどうですか?」
「今日できることは全て終えました」
「明日、料理を運び入れる前に簡単に掃除するだけです」
「ありがとうございます。メアリー、予算はあとどれぐらい残ってますか?」
「5万エリカです。今年はOBOGからも開催にあたって寄付があったので、例年に比べてまだ余裕があります」
エイルはタスクを1つずつ読み上げ、対応が終わったものに抹消線を引いてやり忘れがないように確認した。
その年の学生会が優秀かどうか評価が決まる行事は2つある。
1つ目が今月行われる学生会OBOG会。
イベントの準備と当日の運営、後処理のやり方で抜け漏れが多かったり非効率だったりすると、OBOG達から今年の学生は仕事を任せられないとレッテルを張られてしまう。
張られたレッテルは簡単に剥がせず、軍で出世するのが難しくなる。
軍に入ろうとする者は大なり小なり何かしたいことがあり、それを成し遂げるにはある程度の階級でなくてはならない。
軍人として成功を目指すならば、絶対に失敗できないのがこのOBOG会である。
2つ目は冬休み明けの1月に行われる学生総会だ。
12月に学生会長選挙を行い、新学生会長率いる学生会が前年度の学生会としての報告と今年度の学生会の方針を発表する学生全員参加のイベントである。
学生会OBOG会とは違って自分達を評価するのは学生だ。
このイベントでビシッと決められないと学生会の支持率が落ちてしまうので気が抜けない。
「それだけ今年の学生会は注目されてるということです」
そう言ったエイルはチラッとシルバとアルの方を見た。
具体的に口に出したりはしないけれど、今年の開催に向けて寄付が多いのはシルバとアルが主な原因である。
1年生にしてキマイラ中隊第二小隊長に任命されたシルバ、同じく第二小隊のメンバーになったアルは帝国軍の中でも注目の的だ。
また、校長の娘であるエイルやソッドの弟であるロウもそこそこ注目されている。
メアリーとイェンも先月末に資格試験に合格したことで
前例がない訳ではないけれど、珍しい事態なのは間違いない。
ロウはエイルが精神的に追い詰められていると思ってその肩をポンと叩く。
「エイル、少し肩の力を抜いたほうが良いぜ。ミスしたらヤバいのは百も承知だけどよ、今のまま本番を迎えたら誰かしらプレッシャーにやられてミスる気がする」
「虫、セクハラすんな」
「えっ、ちょっと待って。今の俺、そこそこ良いこと言ってたと思うぞ?」
「自意識過剰乙」
「酷くね?」
「酷くない。いつも」
それはそれで酷いのではないだろうか。
だが、残念なことにイェンにそうツッコむ者は学生会室にはいない。
エイルはロウに言われて自分がピリピリしていると緊張感が学生会全体に伝わってしまうと思い、少しだけ気分転換すべきだと判断した。
「シルバ君、すみませんが少しだけマッサージをお願いできますか? 緊張を和らげるツボがあったらそこを押してもらえると助かります」
「・・・エイルって地味にシルバのこと好きだよな」
「ロウ!?」
ロウが何気なく口にした言葉にエイルがビクッと反応する。
しかし、ロウに対して先に口を開いたのはアルだった。
「ロウ先輩、仮にそうだったとしてもこの場で言うのはどうなんですか?」
アルはジト目を通り越して冷ややかな目だった。
お前、余計なこと言ってくれたなと目が告げている。
あまりの迫力にこんな流れになれば迷うことなくロウに追い打ちを仕掛けるイェンも追い打ちを仕掛けそびれていた。
メアリーはアルを男子だと思っているので、男の子同士でそんなのいけないよと顔を赤く染めていた。
どうやらメアリーはBLについてちゃんと理解しているようだ。
シルバはアルに好意を寄せられていると理解しているが、まだ自分にはアルを異性として好きという感情は芽生えていない。
仲間としては誰よりも信頼しているけれど、アルがシルバに求めているのはそんな信頼感ではないのである。
とりあえず、シルバはエイルが緊張していて危なっかしいからそれをどうにかすることにした。
ロウはデリカシーがないけれど、その観察眼には目を見張るものがあるからだ。
「失礼します」
シルバはエイルの手を取って緊張をほぐすツボを押す。
「あんっ」
「え?」
いきなり喘いだエイルにシルバが固まった。
手のツボを押してまさかそんなことになるとは思わなかったからである。
学生会室が凍り付きそうになった瞬間、空気を読まないこの男が口を開く。
「やだー、エイルさんったら急に女を見せるじゃないですかー」
「黙れセクハラ虫」
ロウが余計なことを言えばイェンがすぐにツッコむ。
そのおかげで凍り付きそうだった空気が凍り付かずに済んだ。
「すみません。私、ツボを押されるのが苦手なんです。過敏に反応してしまうので」
「そうでしたか。では、普通よりも優しめに押しますね」
シルバはエイルの言葉を聞いて優しくツボを押した。
今度はエイルが口を反対側の自分の手で押さえていたため、彼女の喘ぎ声が学生会室に聞こえなかった。
シルバによるツボ押しマッサージにより、エイルは緊張感から解放された。
「もう大丈夫です。シルバ君、ありがとうございました」
「いえいえ。明日もまた緊張したら言って下さい」
シルバはエイルが心配し過ぎで体調不良になられても困るので、明日も任せてほしいと言った。
エイルもシルバのマッサージの効き目は理解しているから、シルバにそう言われてお礼を言いながら頷いた。
エイルの一件が片付いたところで部屋の外にいたポールが学生会室に顔を出した。
「邪魔するぞー。シルバ、ちょっと良いかー?」
「ハワード先生。こんにちは。すみません、ちょっと抜けます」
ポールに呼び出されたシルバはポールと共に学生会室を出て隣の倉庫と化している空き教室に入る。
「ハワード先生、一体どうしたんですか?」
「良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたいー?」
「じゃあ悪いニュースからでお願いします」
「俺の調べでは明日のOBOG会でやらかしかねない奴がいるぞ」
「えぇ・・・。ちなみに誰とかわかってますか?」
「ほらよ。リストアップしといた」
シルバはポールからリストを受け取って目を通した。
(うわぁ、3人もいるんだけど)
リストに書かれている名前を見ても誰なのかわからなかった。
人数の方を気にしたのはリストアップされた者の階級がシルバよりも低い
学生会OBOG会を行うにあたり、シルバは自分よりも階級が低いOBOGがおり、その者達が自分に良い感情を抱いていないだろうことを予測していた。
それが3人もいたということで、プライドを傷つけられるなら来なければ良いのにと思った。
「顔に出てる訳じゃないが、プライドを傷つけられるなら来なきゃ良いのにって思ってるだろ?」
「はい」
「仕方ねえのさ。そいつ等もOBOGと関わる機会は捨てられないんだ。嫌がらせしつつコネを得ようとするなんて情けないけどそーいう人間もいるのが軍の現状だ」
「困ったものですね。それで、良いニュースはなんでしょうか?」
シルバが悪いニュースを聞いてもあっさりした反応を見せるものだから、ポールは大した奴だと笑みを浮かべて質問に応じる。
「俺の嫁も俺と一緒にOBOG会に参加するってさ。まあ、多少はフォローしてやるから程々に期待しとけ」
「ありがとうございます。ユリアさんは参加しても大丈夫なんですか?」
「結婚式に来てくれたお前達のことが心配なんだとよ。まったくお人よしだよなー」
「そう言いつつハワード先生も俺達のことを心配してくれてるじゃないですか。似たもの夫婦ですよ」
「似てるっつーかユリアの影響だろうな。まあ、そーいうことだ。お前達はやれることだけやれば良い。できないことは周りを頼りな」
「わかりました。ありがとうございます」
一見してやる気の感じられないポールだが、シルバは彼が隠れた実力者であることを理解している。
ポールにお礼を言った後、シルバは学生会室に戻って明日のイベントの準備を再開した。
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