第82話 それは違いますよね?

 学生会OBOG会当日、授業が終わってすぐにシルバとアルは学生会室に移動した。


 既にメアリーが来ていた。


「こんにちは。今日はいよいよ本番だね。頑張ろう」


「「こんにちは。頑張りましょう」」


 その後にイェン、ロウ、エイルの順番に学生会室に集まった。


 イベントは夕方の6時から始まるため、開始まで残り3時間足らずとなっている。


 シルバ達は会場に移動して埃や汚れがないか確認し、会場内の空気を入れ替えた。


 幕や花を飾ったことで武骨な訓練室にも彩りが見られるようになる。


 イベントの流れを簡単にリハーサルして抜け漏れがないことを確かめれば、イベント開始まで残り1時間を切っていた。


 パーティーで出す食事は事前に学食から受け取ることになっていたため、開始15分前になったら訓練室に運び込む手筈である。


 シルバはいっぱい食べるので学食のおばちゃん達に気に入られており、今日も張り切って作るから楽しみにしておくようにと言われている。


 開始20分前になると、イベント参加者である学生会のOBOGがぼちぼちやって来た。


 着座形式ではなく立食のパーティーなので、会場に来た人達は日頃お世話になっている人に挨拶をしたり、早速歓談を始めていた。


 イベント参加者の内訳だが、シルバと同格の能天使級パワーが6割を占め、残り2割が力天使級ヴァーチャー、残り1割が権天使級プリンシパリティ、その他はポールと同じく主天使級ドミニオンや校長と同じ座天使ソロネがほんの少しという構成だ。


 開始15分前になって料理が運び込まれると、シルバやアルもそれを手伝う。


 そんな時、アルが運ぶ料理の死角に脚を伸ばす者がいた。


 会場内を注意深く監視していたロウがそれを見つけ、アルがその脚に引っかかる前にその人物に声をかける。


「ヒューゴ先輩じゃないですか。脚なんか伸ばしてどうしたんです? お疲れでしたら椅子をお持ちしますけど」


「・・・あぁ、すまない。今日のミッションは走ることが多くてね。攣らないように少し脚を伸ばしてただけなんだ。椅子は要らないよ」


 ヒューゴと呼ばれた男性はロウの2期上で86期の学生会副会長だ。


 支援コースに在籍していた彼は学生の頃が人生のピークであり、軍に入ってからはなかなか成果を挙げられずに権天使級プリンシパリティで止まっている。


 それゆえ、キマイラ中隊第二小隊に選ばれたシルバ達に嫉妬しているのだ。


 昨日、ポールから渡されたリストにもヒューゴの名前は入っていた。


 ロウに自分の企みをインターセプトされたヒューゴは歯ぎしりしたい気持ちを堪えて応じた。


 そんなヒューゴに対してロウはただインターセプトするだけで終わらせない。


「ここは料理を運ぶ動線に近いですから、もっと真ん中の方に行きましょう。今日はどんなミッションなのか聞かせて下さいよ」


 権天使級プリンシパリティで極秘事項を取り扱うミッションを受けることはキマイラ中隊のような特殊部隊でなければあり得ない。


 しかし、ヒューゴが特殊部隊に所属していないことはこの場にいる誰もが把握している。


 つまり、ロウのせいで微妙に会場内の注目を集めてしまった今、ヒューゴはミッション内容について話さざるを得ない。


 会場内の参加者にもヒューゴが余計なことをしないように監視させる状況を作るあたり、ロウは間違いなく策士と言えよう。


 ヒューゴは嫌がらせに失敗したため、今日この場で学生会メンバーに恥をかかせることを諦めた。


 ここで強行した場合、既に自分は注目を集めてしまったのでお偉方に自分が同胞の足を引っ張るクズだと思われてしまう。


 そんな事態になれば今の階級さえ失ってしまうかもしれないから、ヒューゴはおとなしくするしかないのだ。


 イベント開始5分前になり、ほぼ全ての参加者が集まった。


 この時点で学生会メンバーはヒューゴが既に嫌がらせを仕掛けて来たことの共有を済ませており、残り2人に対しても警戒を怠らないように認識を擦り合わせている。


 イベントが始まるまで静かにしておいてくれという学生会メンバーの祈りは残念ながら届かず、リストに記されていた2人目がアルに声をかけた。


「ねえ、ちょっと良いかしら?」


「なんでしょうか?」


「今日の料理には卵が使われてる物があるのかしら?」


「スープに卵が使われております」


 その言葉を聞いた瞬間、女性が不快感を表に出した。


「どういうこと? 私が卵アレルギーだって知っててそういうことをしたの? 貴方には配慮や気遣いってものがないの?」


「それは違いますよね?」


「は?」


「84期学生会書記のフレイ先輩ですよね。貴女が招待状のアレルギーに関するアンケートで回答したのは牛乳だけです。卵アレルギーではありませんよね?」


 (あーあ。なんでアルに口論で挑んじゃうかな)


 シルバはフレイがアルに難癖を付けているところを目撃して狙う相手を間違えたかわいそうな人だと思った。


 アルはこのOBOG会が開催されるとわかってから、参加者に関する情報をひたすら集めていた。


 その情報の使い道は雑談で仲良くなるためでもあれば、自分を守るためでもある。


 今は後者の用途で使っているけれど、このままいけば守るどころではなさそうだ。


「卵アレルギーよ! 私は卵に丸をしたわ!」


「そうですか。では、フレイ先輩が書いた招待状の返事がここにありますのでその目でお確かめ下さい」


 アルはとても良い笑みを浮かべてフレイが返送したアレルギーに関するアンケートの現物をポケットから取り出して彼女に見せた。


「・・・」


「どうですか? ご確認いただいた通り、牛乳に丸がありますよね。ついでに申し上げますが、フレイ先輩が牛乳アレルギーではあっても卵アレルギーではないことを他の84期の学生会メンバーの方から証言を得ております」


「・・・」


「さて、ここで僕からフレイ先輩にお伺いしたいのですが、これはことになるんでしょうか?」


「き、き、気分が悪いわ。か、かえ、帰らせてもらうわね」


「どうぞどうぞ。お気をつけてお帰り下さい」


 (アルの圧勝だな。最初からこうなるのはわかってたけど)


 公衆の面前で恥をかかせてやろうと思っていたら、逆に恥をかかされてしまってフレイの顔色は真っ青である。


 足元がふらついているのもこれからの自分の軍人としてのキャリアが真っ暗になったのも自業自得なので同情の余地はない。


 アルはフレイが会場から出て行った後、シルバの視線に気が付いて近寄る。


「2人目も撃退したよ」


「あの人の心が折れて帰ったのは見てた。アルに口論で挑むなんて無茶しやがって」


「あれ、シルバ君は僕が酷いことをしたみたいに言ってない?」


「言ってない。俺はフレイ先輩が勝てない戦に何故挑んだって呆れてただけだ」


 アルが絡まれていてもシルバが助けに行かなかったのは自分が言ったらオーバーキルになるからである。


 単独で撃退できるところに自分が加われば弱い者いじめにしかならない。


 だからこそ、シルバはアルが万が一論破されそうになった時だけフォローできるように様子を見るだけに留めていたのだ。


 そこにエレンがやって来た。


「やはりフレイは嫌がらせをしましたか」


「エレンさん、情報提供ありがとうございました」


「できれば無駄に終わってほしかったんですが、エレンさんの証言があったからアルが論破できました」


 アルにフレイが牛乳アレルギーだと証言したのはエレンだった。


 エレンとフレイは同期であり、エレンは84期学生会の会長だった。


 エレンだって権天使級プリンシパリティなんだからフレイが焦る必要はないと思う者もいるかもしれないが、エレンは特殊部隊のキマイラ中隊の小隊長補佐だ。


 同じ権天使級プリンシパリティでもただの一般兵と小隊長補佐ではその間に大きな差がある。


 当時会長だったエレンに勝てないのはまだしも、今年入学した1年生の2人に抜かれたことにフレイは我慢できなかった。


 その結果がこれである。


「それにしても、嫌がらせする人が僕だけ狙い撃ちにするなんて酷くないですか?」


「狙うなら1年生でしょう。シルバ君は第二小隊長ですから、自然と格下のアル君がターゲットになるんです」


「口論とか情報戦じゃアルの方が上手うわてだと思うんですがね」


「確かにアル君の方がその手の戦いは強いでしょうね。それに気づかず挑んでしまうとは愚かなことです」


「褒められてるはずなのに全く嬉しくないです」


「まあまあ。それよりもアル、そろそろ会長が挨拶するぞ」


 シルバがアルを宥めつつ、開式の挨拶を始めようとしているエイルに視線を向けた。

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