第83話 クッキー作っただけで滅茶苦茶褒めてくれるんだけどこの人

 参加予定者全員が会場入りして定刻になったので、エイルが開式の挨拶のために口を開く。


「皆様、お忙しい中お集まりいただきありがとうございます。これより学生会OBOG会を始めさせていただきます」


 エイルは自分に注目が集まっているせいで緊張しているが、後輩達の前で格好悪い姿は見せられないと気合で震えることなく会の進行を続ける。


「乾杯の挨拶ですが、こちらは63期の学生会会長を務めた座天使ソロネのジャンヌ=オファニム校長先生にお願いいたします」


 エイルが乾杯の挨拶を頼んだのは実の母親であるジャンヌだった。


 この人選はエイルが頼み易いからジャンヌを選んだという訳ではない。


 今回のイベントに参加できるOBOGの中で最も階級が高かったのが偶然にもジャンヌだっただけなのだ。


 ジャンヌは現在40歳であり、参加者の年齢層から見れば真ん中よりも少し上ぐらいである。


 それでも座天使ソロネという帝国軍において上から3番目の階級に任じられているのだから、彼女が優秀であるのは間違いない。


 エイルから紹介されたジャンヌはワインの注がれたグラスを持ってエイルの隣に立つ。


「諸君、ジャンヌ=オファニムだ。諸君が日々勤勉に働いてることにより、国民の笑顔が守られてるものだと私は思う。この場は互いを労い、また明日から国民の笑顔を守るための活力を得られるものにしようではないか。乾杯ヘイルオブディオニシウス!」


「「「・・・「「乾杯ヘイルオブディオニシウス!」」・・・」」」


 ジャンヌの力強い挨拶によって会場内の空気が一体となった。


「校長先生、ありがとうございました。それではご来場の皆様、しばしお食事と会話をお楽しみ下さい」


 ここまで言い切ったことでエイルの開式部分の出番は終わった。


 噛まずに終えられたことにホッとしたけれど、まだまだOBOG会は始まったばかりなのでエイルは気を引き締め直した。


 シルバ達学生会メンバーはハプニングが起きた訳でもないのにいちいち集まるのも目立ってしまうため、エイルにお疲れ様とアイコンタクトで伝えた。


 参加者達は各々が気になる料理を適当に皿に盛り、喋りたい者と喋り始める。


 そんな中で料理を取ったタイミングのシルバに参加者の1人が彼に近づく。


「君が歴代最速昇格者のシルバか」


「歴代最速かどうかはわかりませんが、シルバは俺です。確か、マチルダ=ヴァーチスさんですよね?」


「ふむ、関わりの薄い部門に所属する私のことを知ってたか」


「友人から紅茶風味の葡萄クッキーを頻繁に購入いただいてると耳にしておりましたもので」


 シルバの目の前にいる軍人は見るからに参謀っぽいボブカットにメガネの女性だった。


 その特徴はシルバが発案した携帯食料を販売しているジーナから聞いていた軍人と一緒なのだ。


 自他共に厳しいと一部では有名な参謀部門の能天使パワーであり、正直なことを言えばシルバが彼女と話せるのはお気に入りらしいクッキーのことだけである。


「あのクッキーは本当に素晴らしいものだ。あれのおかげで長い時間を要するミッションでも楽しみがあるから頑張れると考える軍人も少なくない。よくぞアイディアを形にしてくれた。礼を言う」


「とんでもないです。俺は合同キャンプで甘い物があったら良いなと思って自分本位で作っただけですので」


「それが大事なのだ。きっかけはなんだって良い。あったら良いなを形にできる行動力が重要なんだ。ミッションには楽なものもあれば辛いものもある。では、辛いものをどうすれば楽にできるか。これを考えなければ軍は成長しない。シルバのクッキーもその答えの1つだと私は思う」


 (クッキー作っただけで滅茶苦茶褒めてくれるんだけどこの人)


 前評判とは違って自分を高く買ってくれるマチルダにシルバは心の中で苦笑した。


 勿論それだけではなく、この後どのように話を展開したものかと頭を回転させているのだが。


「ありがとうございます。まだ1年生で帝国軍に対する知識が浅いことをご容赦下さい。その上でお伺いしたいのですが、参謀部門ではどのような業務をされてるのですか?」


 困った時は相手に喋らせる。


 相手が喋っている間に会話のネタをそこから拾っていき、相手に自分を話せる奴だと思わせるテクニックをシルバは使った。


 このテクニックは異界にいた頃にマリアから教わったものだ。


 本当にマリアは短い期間であらゆることをシルバに叩き込んだものである。


「私は割災対策を講じるチームに所属してる。ベストなのは割災を未然に防ぐことなんだが、その研究は残念ながら進んでないから主に割災が起きた後にどう対処すれば被害が少ないか作戦を練ってる」


「割災対策って難しいですよね。異界に飛び込んでモンスターを倒すなんて終わりが見えないですし」


 シルバが口にしたのはマリアが実行している割災対策だ。


 昔はマリアだけを送り込むなんて作戦が罷り通ってしまった訳だから、今は参謀部門がどのように考えているのか気になってシルバは探りを入れたのだ。


「あれは拳者様が人智を超えるレベルで強いから成立した作戦だ。今じゃ異界に飛び込もうと志願する猛者は誰もいない。君の言う通り、終わりのない戦いをしようと異界に行くなんて心が折れたらすぐに死んでしまうからな」


 マリアは<完全体パーフェクトボディ>のおかげで全盛期の体を保っており、異界でサバイバルをしている割にはそこそこ文明的な暮らしをしていた。


 しかし、それはマリアが圧倒的強者かつ知識の面でも地球で得たものを存分につかっているから実現できているだけで、今のエリュシカ生まれの帝国人にマリアの真似ができるかと訊けばほぼ全員ができないと答えるだろう。


 仮にチームを組んで異界に挑むならどうかと質問されたなら、条件付きで真似はできるかもしれない。


 その条件とはサバイバル経験があること、レッドのモンスターも無傷で倒せること、メンタルが強いことである。


 サバイバル経験がなければ異界で暮らせないだろう。


 水をどうやって確保するか、火をどうやって起こすか、寝床の獲得方法等経験がなければすぐに野垂れ死にしてしまうに違いない。


 レッドのモンスターを無傷で倒せなければ、まだエリュシカで見つかっていないブラック以上のモンスターに太刀打ちできるはずがない。


 メンタルが強いことは俗世を離れて修行僧と同じかそれよりも厳しい暮らしに耐えられるかどうかが肝心だ。


 心が折れてしまうとサバイバル生活は一気に苦しくなってしまうに違いない。


「それじゃあ今は異界に侵入する作戦は凍結してるんですね?」


「その通りだ。せめて行って帰って来れるならどうにか志願してもらえるかもしれんが、一方通行なのが痛いところだ」


 シルバ的にはマリアと同じ目に遭いそうな人が現時点でいないことにホッとした。


 それと同じぐらい、もしもいたならどんな人か会ってみたいともチラリと思った。


「そうなってしまうと、割災が起きてから侵攻して来たモンスターをいかに素早く囲んで倒すかが重要になりそうですね」


「ああ。異界には割災で現れるモンスターの何百何千倍、いや、それ以上の数のモンスターがいるかもしれない。だとしたら、割災で現れたモンスターぐらいさっさと倒せないでどうするって話だ」


 マチルダの求めるモンスター処理速度は厳しいのだろうが、それを守れなくては帝国民に被害が及ぶのは間違いないだろう。


 シルバはマチルダの理想が実現されるべきだと感じた。


 実現されなければ異界に残るマリアはいつまでもモンスターと戦い続ける暮らしを過ごさねばならない。


 見た目の年齢は若々しくても120歳を超えるマリアをこき使うような真似は避けたいのだ。


「せめていつどこで割災が起きるかわかればすぐに駆け付けられるんですけどね」


「まったくだ。割災予測ができればモンスターによる被害は減るぞ。それに向かわせる隊員達に無駄に時間を過ごしてほしくない。予測ができたらどれだけ良いことか」


 (マリアなら経験則で割災の時間帯と場所がわかっちゃうんだけどな)


 シルバは自分が異界からエリュシカに戻って来た日のことを思い出した。


 あの技術は長年異界にいたから会得できたものであり、帝国軍の研究はマリアの経験則にはまだまだ勝てていない。


 そんなマリアを誇らしいと思う反面、帝国軍がマリアに代わって異界の対処に当たるのはまだまだ先のことだろうとシルバは思った。

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