第84話 なかなか意地悪な先輩方ですね

 シルバとマチルダが話をしているところにソッドが加わる。


「マチルダとシルバ君は賢そうな話をしてるね」


「ソッド、貴方は馬鹿じゃないんだからもっと頭を使いなさい」


「頭を使うのは私よりもエレンの役目だから」


「エレンに投げるんじゃないよ。まったく仕方のない奴め」


 気心知れた2人の会話を見てシルバはソッドとマチルダに訊ねる。


「ソッドさんとマチルダさんって同期なんですか?」


「そうだよ。83期の同期さ」


「ソッドが学生会長で私が副会長だ。当時はどれだけ仕事が私に投げられたことか」


 ソッドとマチルダのコンビと聞いてシルバはバランスが取れているように感じた。


 打算抜きで学生の心を掴むのがソッドの役目で、その陰であれこれと知恵を絞るマチルダという図式が具体的に思い浮かんだのである。


「ソッドさんとマチルダさんが83期ってことは、エレンさんがその1つ下なんですね」


「その通り」


「私とエレンがソッドに振り回される学生会だったんだ」


 2人の頭脳があってもソッドを御し切れなかったのではと考えていると、そんなシルバの考えを読んだマチルダが頷く。


「今は以前に比べて落ち着いたようだが、こいつに指示通り動かせるのは本当に苦労したぞ。アドリブばっかりだったから、私達はその調整にかなり頭を悩ませてたんだ」


「学生時代、2人には苦労をかけたね。でも、後悔はしてない」


 キリッとした表情で言ってのけるソッドに対し、マチルダは眉間に皺を寄せた。


「はぁ、後悔はしなくてもいいから反省しといてくれ」


 これ以上喋っても仕方のない話題だから、マチルダは83期がメインの学生会の話を止めた。


「そういえば、ソッドは家名も与えられたようだが良い相手はできたのか?」


「良い相手? いないよ。なんでいきなり?」


「実は今、上司からお見合いをさせられそうになってるんだ。断る口実としてソッドに彼氏役を頼みたい」


「大変だな。別に良いよ」


「助かる」


 (あれ? 視線を感じる)


 シルバが視線を感じた方角を見ると能面のような表情になったエレンがいた。


 エレンの視線に気づいた後にアルが近づいて来た。


「シルバ君、ちょっと良いかな?」


「なんだよアル?」


「良いからついて来て」


「わかった」


 シルバとアルはソッドとマチルダに一言述べてからその場を離れて壁際まで移動した。


 それからシルバはアルに訊ねた。


「一体どうしたんだよ?」


「シルバ君、マチルダさんがお見合いを断る口実としてソッドさんに彼氏役を頼んだのって嘘だからね」


「そうなの?」


「そうなんだよ。感情を隠すのが上手いけど、マチルダさんはソッドさんのことを好きだよ。ついでに言えば、エレンさんもソッドさんのことを好きだよ」


「だからあんな怖い表情になってたのか」


「正解。エレンさんがマチルダさんに対抗して軽く修羅場になるかもしれないから、僕がシルバ君をあそこから避難させたんだ」


 アルから修羅場なんてワードが飛び出したため、シルバがチラッとソッドとマチルダの方を見たところ、元の表情に戻ったエレンが混ざって話をしていた。


 エレン的にはシルバがいなくなってラッキーだったが、マチルダとしてはシルバというガードを奪われてアルに小言を言いたい気分である。


 ロウは遠目からソッド達を見てアルにやってくれたなという視線を向けたが、アルはそれに気づいていない振りをする。


 それはそれとして、無駄マッチョと呼んだ方が良いぐらい鬱陶しい量の筋肉を有した男性がシルバとアルに近づいて来た。


「シルバというのはお前か?」


権天使級プリンシパリティ能天使級パワーを呼び捨てとは軍の規律をどうお考えですか、ゲイルさん」


 シルバが応じるよりも先にアルがムッとした表情で応じた。


 ゲイルはポールのシルバ達に嫌がらせしそうな者リストにあった権天使級プリンシパリティの人物だ。


 第一声から格上のシルバに対して喧嘩を売っているので、同格のアルがゲイルに静かにキレたのである。


「俺はお前が能天使級パワーだなんて認めない」


「ゲイルさんが認めようが認めまいが関係ありません。実績が全てです。そうじゃありませんか? 筋肉任せに物資を扱って駄目にしたのを小隊長に黙ってるゲイルさん?」


「お前、なんでそれを!?」


 アルの口撃が予想外なところから出て来たので、ゲイルは咄嗟に反応してしまった。


 そして、慌てて口に手をやって塞いだがもう遅い。


「僕が集めた情報によれば、過去にも数回同じミスをやらかして次やったら降格と言われてるそうですね。その次って隠してる今回の一件な訳ですが、今の発言で大天使級アークエンジェルですかね。あぁ、なんとも見苦しいことだ」


 (アルさんや、どんな人が相手でも容赦ないね)


 歯を食いしばるゲイルに対してアルは完全に優勢だった。


「クソガキが!」


「その辺にしておけー」


 アルに殴りかかろうとしたゲイルの肩を叩いたのはポールだった。


「ハ、ハワードさん!?」


「お前のミスについてはとっくにお前の小隊長やその上にバレてる。自らミスを報告するのを待って処分は保留にしてたらしいが、今のお前は権天使級プリンシパリティに相応しくない」


「そんな・・・」


 ポールの告げた事実を聞いてゲイルは自分が周囲から軽蔑の視線を向けられていることに気づき、これ以上この場にはいられないと俯いたまま退場していった。


「ハワード先生、ありがとうございました」


「いや、俺が止めなくてもシルバがゲイルの拳を止めただろ」


 アルがお礼を言うとポールはシルバの方を向いてそう言った。


「そりゃ止めますけど、ハワード先生が止めてくれた方が確実です。俺が止めた後もゲイルがなりふり構わずに仕掛けて来る可能性もありましたし」


「そう思ったからめんどくせーけど止めたんだよ。ヒューゴとフレイが失敗したのを見て諦めれば良かったのに、なんでわざわざ墓穴を掘るかねー?」


 全く困ったものだと言わんばかりにポールが首を横に振ると、アルが今度は口を開く。


「馬鹿だからじゃないですかね。ところで、意外と皆さん揉め事があっても不快な表情を見せたりクレームを入れたりしませんね。なんででしょう?」


「そりゃお前達がどうトラブルに対処するか注目してたからだろ。トラブル対応も含めた運営の腕を見られてるんだ」


「なかなか意地悪な先輩方ですね」 


「容赦なく年上の心を折りにいくアルが何を言ってるんだか」


 やれやれとアルを見て苦笑するポールにシルバは心の中で激しく同意した。


 そこに心配そうな表情をした金髪碧眼の女性が近づいて来る。


「もう、何やってんの?」


「あれは見かけ程強くないから大丈夫だ」


「そうかもしれないけど、見てる方はハラハラしたんだからね?」


「担当する学生の前でヘマなんてしないっての。ユリアは心配性だな」


 その女性は先日ポールと結婚したユリア=ハワードだった。


 彼女は軍人ではなく元軍人だが、学生会OGでポールの妻という事情から特別にこの場に参加している。


 先程までは軍人だった頃にお世話になった先輩への挨拶や世話をした後輩からの挨拶で身動きが取れず、ようやく今になってフリーになったらしい。


 シルバは助けてもらった手前、ポールが責められるのは申し訳ないと話題を変える。


「ユリアさん、皆さんとお話はできましたか?」


「いっぱいできたわ。軍を辞めた私にも愛想良くしてくれて皆さん本当に良い人よ」


「それはユリアの人柄によるものだと思うけどなー」


「ポールはもっと愛想良くしなさいよ」


「明日から努力する」


 (本気出すじゃなくて努力するんだ)


 シルバが抱いた感想と全く同じ物をアルも抱いたようだ。


「・・・うん、頑張ってね。多分その努力がほとんど表には出ないと思うけど」


 ユリアはポールの反応を見て諦めた。


 これでも自分に対するプロポーズは頑張ってくれたのだから、それ以上を普段の彼に求めるのは酷だろうと考えを改めたのである。


「ユリアさん、家ではハワード先生ってどんな感じですか?」


「プライベートなことは訊くんじゃない」


「別に良いじゃない。ポールに興味を持ってくれるってことは、ポールが先生としてクラスに馴染めてる証だもの。ポールはしょっちゅう部屋に籠って研究してるけど、偶にご飯を作ってくれたり家事も率先してやってくれるし優しいわ」


「・・・アル、その目は止めろー。なんか無性に腹立つからさー」


 温かい目をアルに向けられたポールは恥ずかしさもあってか顔が少し赤かった。

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