第5章 拳者の弟子、初めての合宿に参加する

第51話 ふぅ、嵐のような兄貴だったぜ

 1学期の期末テストが終わった8月4日の午後、軍学校のグラウンドにはシルバと対峙するディオス一有名な門番が仁王立ちして待っていた。


「シルバ君、テストが終わっただろ? 模擬戦しよう!」


「テスト明けだからソッドさんに満足してもらえないかもしれませんよ?」


「君は期末テスト如きで鍛錬を疎かにするような学生じゃないだろ?」


「そう言われるとやるしかありませんね」


 グラウンドには大勢の野次馬が集まっており、ソッドの期末テスト如きと言う言葉に何人もの学生がうめき声を上げていたがそれはひとまず置いておこう。


「ロウ、いるんだろ? 審判をしてくれる先生を連れて来てくれ」


「そう言われると思って丁度良い所にいたハワード先生を連れて来たぜ」


 ソッドが人込みに向かって声をかけると、ロウが人込みを掻き分けてポールと共にやって来た。


「なんで俺が審判しなきゃならんのかねー?」


「ポール先輩、よろしくお願いします!」


「・・・はぁ。しょうがねえな」


 やる気満々のソッドと巻き込まれた割にはやる気十分なシルバの姿を確認し、ポールは仕方なく審判を引き受けた。


 取り立てて急ぎの用事はなかったし、シルバが全力で戦っているのを見られるなら審判ぐらい引き受けてやろうという気になったようだ。


「おーい、野次馬共。絶対にこれ以上近づくんじゃねえぞー。ソッドとシルバの準備は良いかー?」


「「はい!」」


「よーし。始めー」


 気の抜けるような開始の合図だが、シルバは最初から飛ばす。


「弐式雷の型:雷剃!」


「せいっ!」


 シルバが雷を帯びた斬撃を手刀の構えから飛ばすが、ソッドは斬撃を放ってそれを相殺する。


 その隙にシルバはソッドに接近して次の行動に移る。


「參式光の型:仏光陣!」


 シルバが技名を唱えた直後、シルバの手の動きに応じて背後に大仏の幻覚が現れた。


 大仏の幻覚が急激に光を放って周囲を光で包み込み、ソッドの視界を奪った状態で続けて攻撃を仕掛けようとする。


 しかし、ソッドもやられっ放しではない。


「甘い!」


 ソッドは<雷魔法サンダーマジック>でシルバの足音がした方向に雷の槍を発射した。


「壱式雷の型:紫電拳!」


 今度はシルバの攻撃がソッドの雷の槍を相殺し、その間にソッドは目をパチッと開いた。


「うん、良いね。実に良い。テスト期間でも全然衰えてないじゃないか」


「どんな時でも戦えるようにしとけってのが師匠の教えなんです」


「本当に良い師匠だ。ギアを上げてくよ」


 ソッドは自らシルバとの距離を詰めながら刺突を繰り出す。


 その刺突は一度きりの刺突ではなく、点ではなく面を攻撃するように何度も突いては引くを繰り返す刺突である。


「參式水の型:流水掌!」


 シルバはソッドが繰り出す刺突を流れる水のようにすいすいと受け流してみせた。


「もっと飛ばすよ!」


 ソッドは自分のペースに追いついて来れる確信があったらしく、笑顔で更にペースアップすると宣言した。


 実際、ソッドの繰り出す刺突の速度は上がっている。


 (受け流してばっかりじゃ駄目だな)


 シルバは消極的にソッドの技を撃ち破るのは困難だと判断し、積極的な手段に切り替える。


「肆式水の型:驟雨しゅうう!」


 水付与ウォーターエンチャントで両手に水を纏わせつつ、シルバは息の続く限り拳を繰り出した。


 シルバに何度も剣の腹を的確に殴られ続け、バランスを崩したソッドは後ろに大きく跳躍した。


 もしもこのままどちらが先に技が終わるか我慢比べをしていたら、自分の方が早く息切れしていただろう。


 そう判断して無理せずに後ろに退いたのだ。


 シルバは同じ技を繰り出させまいと自ら仕掛ける。


「壱式氷の型:砕氷拳!」


「良いね! 実に良い!」


 ソッドは雷の壁を自分の前方に創り出して氷の礫を防いだ。


 シルバがソッドの視界がクリアになるまでに接近しようとしたが、そこでポールが声を張り上げる。


「そこまで! お前等やり過ぎ!」


 ポールに模擬戦の終了を告げられると、シルバもソッドも動きを止めて周りを見る。


 お互いにまだまだ余力はあるが、グラウンドがかなりめちゃめちゃになっており、観戦していた学生達は巻き込まれるのは嫌なので最初にいた位置よりも距離を取っていた。


「うん、途中で止められたのは残念だったけど、良い模擬戦だったよ。シルバ君、ナイスファイトだ」


「こちらこそ。ソッドさん、ありがとうございました」


 別に両者共憎しみ合っている訳ではないので、模擬戦が終われば爽やかに握手して挨拶をした。


 野次馬の中にはソドシルだのシルソドだの言って興奮する女子学生も何人かいたが、いずれも興奮し過ぎていたので周囲の学生に連行されていったので放置しておこう。


 模擬戦が終わったタイミングでアルが<土魔法アースマジック>を発動し、グラウンドを元通りに戻した。


「アル、サンキュー」


「これぐらいお安い御用だけど、相変わらず激し過ぎない?」


「ソッドさん相手で手抜きなんてできる訳ない」


「そうだね。私が手を抜かないんだから、シルバ君に手を抜かれたら困るよ」


 そんな話をしているところにポールがやって来る。


「ソッド、今日は非番か?」


「はい。なのでシルバ君と久し振りに模擬戦しようと思って来ました」


「よし、暇を持て余してるなら決闘バトルクラブと風紀クラブに講演でもしてやれ。俺が話を通してやるから」


「えっ、ちょっと、先輩? 力強っ!?」


 ポールは静かに危機を察知していた。


 ソッドが非番だからと言ってこの後も何かと自分に迷惑をかけるのではないかと思い、そうはさせまいと先程からソッドに尊敬の視線を向ける2つのクラブの学生がいる場所に連行していく。


 陰の実力者であるポールの力は並のものではなく、ソッドは振り解くことができずにそのまま連行されていった。


「ふぅ、嵐のような兄貴だったぜ」


「とか言いつつハワード先生を手際良く連れて来ましたよね、ロウ先輩」


「兄貴思いの弟だろ?」


「そうですよね。ソッドさんの政敵とシルバ君を戦わせて排除させるぐらいですもんね」


「それは時効ではなかろうか?」


「僕、1年生だから時効なんて難しい言葉はわかんないです」


 (出た、アルの1年生だからわからない作戦)


 都合の良い時だけアルは1年生であることを主張するのだが、実際に1年生なので反論が見つからないロウだった。


 それはさておき、模擬戦も終わったのでそろそろ解散しようという時にエイルがグラウンドにやって来た。


「ロウ、シルバ君、アル君、まだここにいたんですね。ちょっと一緒に学生会室に来てくれませんか?」


 シルバ達には特に断る理由がなかったため、エイルの後について行った。


 学生会室には既にメアリーとイェンがいた。


「メアリーちゃんとイェンちゃん、お待たせ」


「いえいえ。私達も先程会長に呼ばれたばかりですから」


「女性を待たせるなんて虫の癖に生意気」


「そろそろ虫扱いは止めてくれない?」


「断る」


 メアリーは気を遣ってくれたがイェンがそれをぶち壊した。


 ついでにロウをdisるまでがワンセットである。


 これが学生会の日常なのでシルバもアルもロウをフォローしたりしない。


 学生会全員が揃ったところでエイルがオホンと咳払いする。


 ロウとイェンの言い合いもそれで静かになった。


「試験結果が戻って来たら夏休みに入る訳ですが、皆さん忘れてませんよね? 予定は入れてませんね?」


「私は大丈夫です」


「同じくです」


「俺もOK」


「俺も平気です」


「僕も平気です」


 全員参加できると聞いてエイルは嬉しそうに笑った。


「良かったです。ロウあたりがうっかり予定を入れるんじゃないかとヒヤヒヤしておりましたが、そんなことにならずに済んでホッとしました」


「いやぁ、予定を入れたかったけどオファニム家の別荘に招待してくれるって言われたらそっちを優先しますとも」


 夏休みはディオスに実家がない学生向けに移動を考慮して1ヶ月半確保されており、ディオスに実家がある学生もバカンスに出かけたりする。


 学生会は夏休みの恒例行事として、親睦を深めることと鍛錬を目的に夏季合宿を行う。


 例年は学校所有の合宿所で行うのだが、今年はエイルが気合を入れて自分の家の別荘で合宿を開くと宣言した。


 事前にそう宣言されれば、オファニム家の別荘に興味がない学生会メンバーはいない。


 ということで、学生会は予定通りに夏休みが始まってからオファニム家の別荘で合宿を行うことになった。

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