第50話 そんなことより俺は休んで良いですよね?
合同キャンプ終了後、全てのチームのミッション達成度が出揃ってからポールは校長室に呼び出されていた。
「校長、ハワードです」
「入ってくれ」
「失礼します」
部屋の中から
ジャンヌはデスクで書類仕事をしていたみたいだが、ポールがやって来たのを視界に捉えて作業を中断して顔を上げた。
「今年の合同キャンプはどうだった?」
「ミッションをコンプリートしたのはMチームのみです。割合にして5%ですね。他のチームも4つまでクリアしたチームもありましたが、自力ではないクリアと言いましょうか」
「Mチームか。やはりシルバのチームはコンプリートしたんだな」
「はい。あいつの索敵能力は突出してますね。俺以外全ての教師の気配に気づきましたから。そのせいで、1日目の夕方にはMチームの監視は俺に頼むって匙を投げられました」
「そうか。1年生に気配を感知されるとは情けないな。手を抜いていたという訳でもないんだろう?」
ポールの報告を聞いてジャンヌは眉間に皺を寄せる。
シルバが拳者マリアの弟子であることはアルとジャンヌしか知らないが、ジャンヌの中でシルバはまだソッドと渡り合えるぐらいの強さという認識だ。
シルバは確かにすごいけれど、それでもまだ伸びしろしかない1年生なのだから教える教師陣が監視に気づかれてどうすると呆れてしまった。
「誠に残念ながら巡回してた教師陣は手を抜いてないって言ってましたよ」
「はぁ。これは少々荒療治が必要か」
「と言うと?」
「しばらく休日返上でニュクスの森で鍛えてもらおうか」
「・・・俺は見つかってないから良いですよね?」
休日ぐらい休みたいという意思を主張するポールの目はマジである。
いつもは眠そうな目であるにもかかわらず、今だけは彼の目に力が入っている。
「ハワード、お前はもっといつもからそれぐらい気合を入れると良いぞ。その方がモテるに違いない」
「そんなことより俺は休んで良いですよね?」
繰り返し言おう。
休みたいと主張するポールの目はマジだ。
これにはジャンヌも苦笑するしかない。
「勿論ハワードは参加しなくても構わん。ついでに言うと、この件をお前の口から伝えずとも良い。お前から言ったらお前が他の教師陣を売ったように思われるだろうからな」
「お気遣いいただきありがとうございます」
ポールはジャンヌの気遣いに感謝した。
ここで自分の口から他の教師陣に自分は違うけどお前達は休みなしだからよろしくと言ってみたとしよう。
間違いなくポールは自分達を売った裏切り者と思われ、その場で暴動が起きることだろう。
ジャンヌから休日返上で鍛えろと指示が出た場合、何故自分達が鍛えなければならないのか説明されれば、ポールは慌てて鍛える必要がないと理解するに違いない。
少なくとも、ポールの口からお前達だけ鍛えろと言われるよりは理解を得られるはずだ。
「弛んでる教師陣へのてこ入れはこれで良いとして、今回のミッションはハワードから見て厳しかったと思うか?」
「なんでもかんでもシルバのせいにしたくないのですが、シルバのせいで他チームのミッションリストを奪うミッションの難易度が上がったのは間違いありません」
「どうして上がったんだ?」
「そりゃシルバが必要以上に他のチームからミッションリストを奪ったからですよ。あれのせいでミッションをコンプリートできないチームが増えましたね」
シルバは万が一ミッションリストを奪われた時のことを考え、他のメンバーにも持たせる分のミッションリストを確保していた。
彼の用心深さが他のチームの難易度を上げてしまったと聞き、ジャンヌはなるほどと頷いた。
「そればかりは仕方あるまい。楽観的な軍人と用心深い軍人のどちらが頼りになるかと問われれば、後者なのだから」
「ですよねー」
情報が足りない状況で何か仕事を任された時、楽観的な思考で余裕ぶっていたら結果的に駄目でしたなんてことでは許されない。
それゆえ、シルバの行動は褒められこそすれど非難される謂れはない。
「他にシルバ達について気になったことはあるか?」
「あります。美味そうな携帯食糧を持ち込んでました。帰りの馬車でチラッと聞いてみたら、F1-1のジーナが合同キャンプで大活躍した実績を宣伝に使う形で売り出すと言ってました」
「ふむ、その携帯食糧は興味があるな。どんなものだ?」
F1-1で既に
ジャンヌに訊かれてポールは現物を取り出した。
「こちらです。シルバから余ってた物を味見用に買い取りました。この手の物は話で聞くよりも食べてみた方が良いでしょう?」
「全面的に同意する。ハワードはもう食べたのか?」
「ええ。野菜チップスとケチャップ、クッキーがあるのとないのでは野営のモチベーションが明確に変わるでしょうね」
「お前がそこまで評価するとは楽しみだ。いただこう」
ジャンヌはポールから差し出された野菜チップスにケチャップを付けて食べる。
作り立てレベルのサクッとした触感はないが、それでも黒パンと干し肉だけに比べれば栄養も取れるし持ち運びにも苦労しないだろうと理解できた。
「ちなみに、シルバ達は黒パンに切れ込みを入れて野菜チップスと干し肉の順に重ねてケチャップもかけた即席ハンバーガーにしたそうです」
「拳者のメニューを即席で作るか。面白いな」
「でしょう? 俺も野菜チップスとケチャップは携帯食糧として売れると思います。ですが、クッキーは携帯食糧どころでは済まないでしょうね」
「こちらもいただくとしよう」
ポールのコメントでクッキーに興味が移り、ジャンヌはクッキーを手に取って口に放り込んだ。
「・・・美味いな。ん? どうしたハワード? 私の顔に何か付いてるのか?」
「いえ、なんでもありません」
ジャンヌはポールが何か言いたそうにしているので訊ねたが、ポールはなんでもないと口を閉ざした。
ポールからすれば言えるはずもあるまい。
普段はどう考えても女傑で可愛らしさとは無縁なのに、クッキーを食べた時のジャンヌは嬉しそうに微笑んでいて少しだけ可愛らしく思えたなんて口が裂けても言えない。
もしもそんなことを言ってジャンヌの機嫌を損ねれば、ポールも休日返上と言われるかもしれないからだ。
彼に休日返上のリスクを無視してまでジャンヌに可愛いだなんて言うつもりは微塵もないだろう。
クッキーを食べ終えたジャンヌは表情を引き締める。
「これはジーナに大量生産を指示した方が良さそうだ」
「ジーナも売れる自信があったのか、そこら辺の手配は終わらせてるようです」
「大した先見性だ。いや、これを作り出したのもシルバだとすれば、ジーナだけではなくシルバも評価すべきだろうな」
「昇格させるのですか?」
「いや、すぐには昇格させられない。だが、次に昇格させる機会では間違いなくこれもプラスの判断材料とする」
ジーナについては昇格させても良い気がしたが、それでも上級生から睨まれるとジーナはこれからの商売で上級生に邪魔される恐れがある。
だからこそ、ジーナもシルバと一緒で評価するけど今すぐには昇格させないという判断になった。
「他に報告事項はあるか?」
「主な報告は以上です。強いて言うならば、彼等がアオジギソウの亜種を採取したこととアルに少し危うさを感じるというところですかね」
「アルに危うさ?」
「俺が見てた限りですが、どーにもアルはシルバと女子が仲良くするのを良く思ってないようでして」
「ふむ・・・」
ジャンヌはポールのことを信頼している。
だからこそ、ポールが引っ掛かった点が気になった。
ジャンヌはアルがシルバに依存する理由について考えてみたが、残念ながらすぐにはピンと来る仮説が思い浮かばなかった。
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何か抱えているのであれば、その中身を明らかにしたいところだ。
「一度校長から呼び出して直接話してみたら良いんじゃないですか?」
「そうだな。今溜まってる業務が片付いて落ち着いたら話を聞いてみることにしよう」
こうしてアルは知らぬ間にジャンヌから要注意人物として認識された。
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