第189話 自爆してキレるとは困った奴ですね

 ハイパーミミックの魔石を食べたレイはホクホク顔だった。


「ご機嫌だな。何か新しい技でも会得できた?」


『うん! 幻影ファントムを覚えたよ』


 幻影ファントムとは<光魔法ライトマジック>に属する技であり、使用者の思い描く幻影を創り出せる効果がある。


 その幻影は喋ったりアビリティを使うことはできないが、移動させることは可能だから他者を欺くのに使える技だ。


 レイは試しに幻影ファントムを使ってロウの正面にクレアの幻影を創り出した。


「クレア!? ってすり抜けた!?」


 この場にいないはずのクレアがいきなり現れたため、何が起きたのかと驚いて慌てて手を前に伸ばしたけれど、ロウの手はクレアの幻影をすり抜けた。


 これにはロウもびっくりである。


「レイちゃんがまたトリッキーな技を使えるようになりましたね」


「すごいや。カメラにも映ってる」


 エイルがレイのパワーアップに感心している隣で、アリエルはロウの手がクレアの幻影をすり抜けたところを写真に収めた。


 偶々ではあるが、ロウが手を伸ばしたのはクレアの胸の位置だったこともあり、使いようによっては不味い写真になってしまったけれど今は置いておこう。


「チュルル」


「焦らないで良いんですよ。マリナも魔石を取り込んでいけば色々できるようになりますから」


 レイが幻影ファントムを扱えるようになったため、マリナは自分ももっと強くならなければと決意した。


 エイルはそんなマリナの決意を嬉しく思いつつ、マリナにはマリナのペースがあるからあわてないで良いんだとその頭を撫でて言い聞かせた。


 ハイパーミミックの死体は是非とも持ち帰る必要があったので、シルバ達は一旦馬車のある場所まで戻ってハイパーミミックを馬車の荷台に乗せた。


 サバーニャ廃坑には見張りの軍人が配置されているため、ハイパーミミックの死体について何者にも奪われないようにと言いつけてからシルバ達は再びサバーニャ廃坑の横穴に戻った。


 先程はT字路で左に行ったが、今度は右の通路へと進んだ。


 右の通路には地面からいくつもの岩の腕が生えており、それらがシルバ達の進行を妨げた。


「げっ、ロックアームじゃん。武器の相性が悪いんだよなぁ」


 ロックアームは洞窟や岩場に現れるモンスターとして知られている。


 基本的には地面にくっついたままだけれど、居心地が悪い場所から移動することもある。


 大抵は生息地内を移動するのだが、ロックアームみたいに稀にしか移動しないモンスターだっているのだ。


 外敵がいない、あるいは敵になりえないモンスターしかいない洞窟はロックアームにとって居心地が良かったため、シルバ達がこの場に現れたのは不都合なことだった。


「邪魔だね」


 アリエルは鋼槍アイアンランスを発動してロックアームを砕いた。


「シルバ君ばかりに任せられないから、僕も戦わせてもらうよ」


 そう言ってアリエルは鋼槍アイアンランスを連発して次々にロックアームを倒した。


 アリエルの攻撃でロックアームを倒して先に進めるようになった。


 魔石と討伐証明の部位だけ回収してシルバ達は先に進む。


 今日は一度も卵生モンスターに遭遇できていないなんて考えていると、シルバ達の前に大きな岩が現れて行き止まりになっていた。


「横穴はこれで終わりのようですね」


「エイル、そうじゃない。これはハーミットクラブの擬態だ」


「えっ、これがハーミットクラブなんですか!?」


 エイルはてっきり行き止まりだと思っていたが、シルバがそれを否定したので驚いた。


「その通り。この個体は岩をくり抜いて殻にしてるみたいだな」


 シルバに看破されたと気づき、ハーミットクラブは岩への擬態を止めた。


 それによって岩の殻が持ち上がり、ヤドカリによく似た紺色のモンスターが現れた。


「シルバ、俺の知る限りハーミットクラブってここまでデカくないんだが」


「希少種かあるいは成長した個体なんでしょうね。ハーミットクラブの向こうから血の臭いがします。おそらく、こいつが成長するために喰らったんでしょう」


「マジかぁ」


 ハーミットクラブは通常の個体であればレッド級モンスター相当だけれど、シルバ達の目の前にいるそれは通常の個体よりも明らかに一回り大きく、殻も岩をくり抜いて使う規格外な個体だ。


 この個体だけで判断するならば、ブラック級モンスターと判断して良いだろう。


「あっ」


「シルバ君、何か気になることでもあった?」


「こいつは雌だ。しかも、殻の中に卵を隠し持ってる可能性がある」


「その根拠は?」


「ハーミットクラブの鋏だよ。雌は卵を殻の中に隠してる時に気性が荒くなるから、鋏の使い方も荒くて傷が残りやすいんだ」


 シルバが指摘した通り、確かに目の前のハーミットクラブの鋏には細かい傷がついていた。


 アリエル達はそれを見てシルバが言う通りなのだろうと判断した。


 だが、エイルはそこまで聞いて更に疑問が湧いたからシルバに訊ねる。


「シルバ、私からも質問です」


「何かな?」


「気性が荒くなった個体がわざわざ擬態するものでしょうか?」


「格上相手でも問答無用に暴れる種族じゃないんだよ。先程からあのハーミットクラブはレイを警戒してるだろ? 負ける可能性が高ければ逃げることも視野に入れる程度に理性が残ってるんだ」


『ドヤァ』


 ハーミットクラブが自分を格上認定して警戒していると聞き、レイはドヤ顔を披露した。


 覚悟を決めたハーミットクラブの口が泡で覆われ、シルバ達に向かって大量の泡を吐き始める。


『させないよ』


 レイが反射領域リフレクトフィールドを発動すれば、ハーミットクラブの攻撃は全て反射された。


 泡がハーミットクラブに触れた途端に爆発し、それが周囲の泡も破裂させて横穴全体を揺らした。


 泡の爆発が収まった時、ハーミットクラブの体が紺色から朱色に変化していた。


「ハーミットクラブがキレちまったみたいだな」


「自爆してキレるとは困った奴ですね」


「ハミィィィィィ!」


 甲高い声で鳴いた後、ハーミットクラブは両方の鋏で地面を思いきり叩きつけた。


 その振動によって天井が崩れ、岩が敵味方関係なく襲う。


「僕が対処するよ」


 アリエルはそう言って傾斜のある岩の壁を創り出して自分達に岩が落ちて来ないようにした。


 それと同時に傾斜によって岩がハーミットクラブの方に転がっていくから、ハーミットクラブがシルバ達に接近する妨げにもなった。


「アリエル、壁を解除してくれ」


「了解」


 岩が全て転げ落ちたのを感じ取り、シルバはアリエルに岩壁ロックウォールを解除するように頼んだ。


 アリエルがそれに応じて技を解除した直後、シルバは鋏を振り回して岩をどけるのに夢中なハーミットクラブに攻撃を仕掛ける。


「弐式水の型:流水刃」


 ハーミットクラブはシルバの狙いに気づいて避けようとしたが、気づくのに遅れて避け切れなかった。


 その結果、ハーミットクラブが殻にしている岩が壊れて中にある卵が露出した。


「ハミィ!」


 よくもやってくれたなと言わんばかりにハーミットクラブは出力を上げて水をレーザーの如く吐き出す。


「レイ!」


『任せて!』


 シルバに頼まれてレイが反射領域リフレクトフィールドを発動すれば、ハーミットクラブの攻撃は自分に跳ね返ってしまった。


 怒りのままに放った攻撃は加減なんて考えていなかったから、ハーミットクラブが受けたダメージは馬鹿にならない。


 ダメージを受けてできた隙を逃さず、シルバはハーミットクラブに接近して追撃する。


「肆式雷の型:雷塵求!」


 ハーミットクラブは咄嗟に両方の鋏でガードするが、シルバの猛攻に耐え切れず鋏が割れてしまい、防げなくなった攻撃は全てノーガードで受けることになった。


 蓄積していたダメージもあり、ハーミットクラブは音を立てて倒れた。


「ふぅ。卵は無事なようだな」


 シルバは殻の中にある卵が割れていないことを確認してホッとした。


 殻を割ってその存在を目視確認した後は、常に攻撃する際に当てないよう注意していたので卵が無事でないと困るのだ。


 シルバが卵の安全を確かめていると、アリエル達がそこに合流した。


「みんなお疲れ様。とりあえず、卵と魔石を回収しよう。天井が不味いことになってる」


「補強するからちょっと待ってて」


 シルバが指した先を見て不味いと判断し、アリエルが<土魔法アースマジック>で天井を補強した。


 これで少なくともこの場所は崩れなくなったため、シルバ達は急いで卵と魔石、ハーミットクラブの本体を回収した。


 岩の殻は重いだけでありただの岩なので置いていく。


 その選択は正しかったようで、通路の奥で限界が来たのか天井が崩れ落ち、それがトリガーになって徐々にシルバ達のいる場所に向かって落盤し始めた。


「アリエル、横穴を出るまで保てるか?」


「それぐらいなら大丈夫!」


 アリエルの<土魔法アースマジック>による天井の補強はあくまで応急処置に過ぎなかったが、それでもシルバ達が横穴から脱出するまで持ち堪えてみせた。


 結局、落盤によって横穴は完全に封鎖されてしまい、サバーニャ廃坑は元の通路しか探索できなくなってしまった。


 それでも、得られる物もちゃんとあったのだから良しとすべきだろう。

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