拳聖戦記
モノクロ
第0章 拳者、少年を拾う
第1話 若さの秘訣を知りたいって?
マリア歴87年、エリュシカなる世界では人魔大戦が終わってから87年が経ったけれど、今でも人類はモンスターの脅威に怯えていた。
モンスターとは異界に住む動物に酷似した生命体であり、基本的に凶暴で視界に入った同種以外の生物を敵とみなす存在だ。
普段は異界から出て来ることはないのだが、時々空間が罅割れて異界に繋がると向こうからモンスターがエリュシカに乗り込んで来る。
空間が罅割れることを
人類は総力を挙げて異界のモンスターの侵攻に抵抗した。
度重なる戦いによって世界の国々が疲弊する中、1人の女傑が類稀なる実力でモンスターの大群を異界に押し返した。
それだけには留まらず、こちらから攻め入るべきだと異界に渡っていった。
それからというもの、今日に至るまで異界からのモンスターの大規模侵攻はなくなった。
この女傑こそ、暦に名前が使われているマリアである。
マリアの武器とは戦いの中で鍛え抜かれた肉体だ。
どんなに硬いモンスターでも武器は使わず、使ったとしても精々がガントレットとレガースぐらいだった。
マリアは余りにも強過ぎたせいで誰かと組んで行動できなかったし、彼女自身も誰かと共に行動しようとも思わなかった。
分厚い金属のインゴットを殴りつけて拳の形に凹ませたなんて逸話さえある。
マリア歴が採用される以前はありとあらゆる戦いでマリアがその拳で人類を救ったことから、賢き者たる賢者に引っ掛けて
そんなマリアは今日も異界でモンスター狩りに勤しんでいた。
見た目は20歳で黒髪長髪の女性武闘家だが、普通の倍以上大きい赤い牛型モンスターの突進をあっさりと片腕で抑え込んでいる。
「ブモォォォォ!?」
「若さの秘訣を知りたいって?」
「ブモォ!」
きっとその牛型モンスターはそんなこと言ってないと叫んでいるだろうが、マリアには鳴き声から何を言ってるかなんてわかるはずないので勝手に話を続ける。
「それはね、<
「ブモッ?」
牛型モンスターはどんなに力を入れてもマリアがびくともしないので何故なのかと首を傾げた。
「つー訳でぶっ飛んでね」
「ブモォォォッ!?」
突撃を止めた方とは反対の腕で顎にアッパーを喰らわせ、牛型モンスターは背中から地面に倒れた。
一撃で力尽きたらしく、牛型モンスターはピクリとも動かなくなった。
「レッドブル討伐完了。今日は牛肉ね~って何かしらあれ」
マリアは先程までレッドブルとの戦いに集中していて気付かなかったが、人型の何かが倒れているのを見つけてその傍に近づいてみた。
「あら、男の子だわ。どうして
割災が発生して異界とエリュシカが繋がる時、一般市民は即座に避難するのがマリアの知る常識だった。
だが、それはマリアがエリュシカにいた時の常識であり、もしかすると時が流れた今はそうではないのかもしれない。
「いえ、そんなことはどうでも良いのよ。パッと見では外傷もないしまだ息がある。こんな所に野放しにしておく訳にもいかないわね。家に連れ帰りましょうか」
考察するのは後でいくらでもできると判断し、マリアは倒れている銀髪の子供を左手に抱いてレッドブルを右腕だけで持ち上げて家へと帰った。
しばらく歩いて着いた家とは、地球で例えるならば湖の畔にあるモダンなログハウスである。
地球と違う点を挙げるならば、異界の空が天候に関わらず常に赤い点だろう。
夕焼けを通り越した赤さであることから、ロマンチックと表現するには無理があるのが難点だ。
庭にレッドブルの死体を置くと、マリアは子供をログハウスの中に運んだ。
モンスターの毛皮で作った絨毯に子供を寝かせると、マリアは最初に子供を綺麗にしてやることにした。
予め汲んでおいた水にスポンジそっくりな異界の植物の葉を浸し、服を脱がせてからその葉で子供の体に付着した汚れを落とす。
そして、マリアが部屋着にしているシャツを着させてから毛布を掛けて寝かせた。
このシャツはシルクスパイダーというモンスターから回収した糸で作成したものだ。
ちなみに、このログハウスには異界で暮らすためにマリアが現地調達して加工したものばかりある。
マリアがエリュシカから持ち込めた物と言えば、異界に来る際にバッグパックに詰め込めた物だけだ。
彼女が異界に来てから87年も経っており、モンスターと戦う以外の時間は暇だから様々なことにチャレンジしている。
その結果、大抵のことは自分でできるようになってしまった。
マリアは戦闘だけではなく、様々な生産活動もプロ並みにできるようになったのだ。
服を着替えさせて元々着ていた服を洗濯して食事の準備まで終えると、マリアは再び子供の様子を見に行った。
子供の顔を覗き込んでみると、くぅという音が子供の腹から聞こえて来た。
「お腹が空いてるようね」
「うぅっ」
「目も覚めたみたい。僕、大丈夫?」
小さく唸った後、子供は閉じていた目をゆっくりと開いた。
子供はマリアを見て赤い目をやや細めて警戒した素振りで訊ねた。
「・・・お姉ちゃん、誰?」
「ショタからのお姉ちゃんキタコレ!」
長らくお姉ちゃん呼びされて来なかったこともあり、マリアは子供からお姉ちゃんと呼ばれてテンションが急上昇した。
そんなマリアの様子にびっくりして子供はブルッと体を震わせた。
子供が自分を怖がっていると理解すると、マリアはオホンと咳ばらいをして取り繕う。
「大丈夫。私は悪いお姉ちゃんじゃないよ」
お姉ちゃんと自分から言っているが、マリアは120歳に到達している。
エリュシカにはエルフやドワーフのような長命な種族がいる訳でもなく、マリアは分類上において人間に属する。
とてもではないがお姉ちゃんと呼べる年齢ではない。
では、どうしてマリアの見た目が20歳のままキープされているのか。
それはレッドブルとの戦いでマリアが口にしていた<
これはマリアが獲得したスキルの中でも特殊な位置付けである。
スキル獲得時に決めたルーティンを毎日こなすことで、自身の全盛期の容姿と実力を維持できる効果を持つ。
マリアはそのルーティンを休むことなく続けてきたことにより、今日までその若さと実力を保って来た。
その執念は恐るべきものだと言えよう。
一旦マリアの見た目は置いておくとして、子供が自分を怪しむ目で見ているからマリアは自己紹介をすることにした。
「私の名前はマリア=ムラサメ。エリュシカでは拳者と呼ばれてた者よ。よろしくね」
「嘘だ! 院長がマリア様は異界で死んだって・・・」
「お腹空いてるのに無理しちゃ駄目よ。とりあえず、私が誰かはご飯を食べてから話しましょう」
子供はお腹が空き過ぎて喋るのもしんどくなったのだと悟り、マリアは急いで食べられる物を持って戻って来た。
マリアはこの子供が何を食べられるかわからなかったので、すぐに食べられそうなスープを持って来た。
子供が何日も食べてない場合のことも考え、胃に優しいスープを用意したのだ。
長らく独りで暮らしていたにしては、しっかりと気を利かせていると言えよう。
子供はマリアが持って来たスープの匂いにやられ、涎をダラダラと垂らしている。
余程お腹が空いていたのだろう。
マリアも子供に意地悪するつもりはなく、そっとスープの入った皿を差し出した。
「食べて良いの?」
「良いわ。見せるだけ見せてお預けなんてしないわ。取り上げたりしないからまずはゆっくり飲みなさい」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「ショタから2回目のお姉ちゃん! どうもありがとうございます!」
マリアが変なことを口走っているが、子供にはそれが耳に入っていないのか夢中でスープを飲んでいた。
ここまでの流れでわかる者もいたかもしれないが、マリアの本名は村雨真里亜といって地球からの転移者である。
高校卒業後の翌朝、目が覚めたらエリュシカに転移していてその際に手に入れた力でモンスターとの戦いまくった結果がこれである。
転移してから100年近く経過したが、周囲にこの子供しかいないことで地球のネタを使っても良いやと開放的な気分になっているのだ。
これはマリア=ムラサメが銀髪赤眼子供を拾ったことから始まる戦いの物語である。
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