第64話 アルがそんな馬鹿正直な攻撃をする訳ないのに

 シルバ達はソッドに連れられて訓練室に連れて行かれた。


 帝国軍の訓練室は教室と同程度の広さの部屋が第一訓練室~第五訓練室まであり、広さを求めない戦闘訓練は訓練室の一室を借りて行われる。


 通路側だけ強化ガラスになっており、通路から戦闘が見えるようになっている。


 訓練室は午前の早い時間だからか、まだ他の利用者はいない。


 ソッドは手前の第一訓練室の札を使用中に変えてから振り返って訊ねる。


「誰から戦ってみる?」


「はーい。私からやるー。エイルちゃん、私と戦おー」


「・・・わかりました」


 戦闘に自信がないエイルだけれど、アリア以外と戦えばもっと分が悪いと判断して頷いた。


 訓練室には訓練用の武器が通路に用意されており、好きな物を使って良いことになっている。


 アリアはメイスを手に取り、エイルは棒を手に取って第一訓練室の中に入った。


 シルバはロウに気になったことを訊ねる。


「ロウ先輩、会長って<棒術《《スティックアーツ》>を会得してるんですか?」


「護身用に会得してるんだってさ。クレアも同じ理由で会得してる。<棒術スティックアーツ>なのはオファニム家の方針なんじゃないか?」


「護身用ですか。確かに会長の運動神経は悪くないですよね。でも、体力が心配です」


「それな」


 シルバもロウもエイルが持久戦に持ち込まれて勝てるとは思えなかった。


 口には出していないがアルも同じように考えている。


 訓練室は完全な密室にならないように通路側の壁に通気口がある。


 それゆえ、室内の声が通路に聞こえて来た。


「エイルちゃん、先手は譲ってあげるよー」


「ありがとうございます。それでは、参ります!」


 エイルの表情が緊張したものになっているが、先手を譲られた以上攻撃しなければ模擬戦は始まらないので彼女は覚悟を決めて突きを放つ。


「ほいさー」


 力の抜けていくような掛け声だが、アリアはエイルの突きを正確に見切ってメイスで弾き、エイルとの距離を詰める。


「そうはさせません」


 エイルも初手を防がれたからと言って簡単にやられはしまいと態勢を素早く立て直し、棒を体の前で回転させてアリアを近づけさせない。


「やるねー」


 そう言ってアリアは光付与ライトエンチャントで自分の全身に光を付与する。


 そして、多少のダメージを覚悟してメイスを握り締めて再びエイルと距離を詰めた。


「そこ!」


 エイルもアリアの意図を察して自分も光付与ライトエンチャントで全身に光を付与してから突きを放つ。


「見切ったー」


 アリアはエイルの突きをクルリと横に回転して躱し、遠心力のあるスイングを放つ。


 しかし、エイルの体に当たる寸前でアリアはメイスを止めたため、エイルがダメージを負うことはなかった。


 攻撃を寸止めされたエイルは緊張の糸が切れてその場に座り込んでしまった。


「参りました」


「勝ったよー」


 一戦目はアリアが勝利して終わり、アリアはエイルに手を差し出す。


「エイルちゃん、立てるー?」


「ありがとうございます。立てます」


 エイルはアリアの手を借りて立ち、アリアと一緒に第一訓練室の外に出て来た。


 ソッドは観戦していたシルバ達に問いかける。


「戦闘がメインじゃないアリアの動きはどうだった?」


「戦えない人の動きではありませんでしたね」


「僕よりも武器攻撃ができる印象を受けました」


「アリアさんであれってことは、マルクスさんやエレンさんもヤバそう」


 シルバ達は最初からキマイラ小隊のメンバーが戦える想定だったけれど、アリアの戦いを見て気を引き締めた。


「次は俺の番だな。誰が戦う?」


「僕が戦います」


 マルクスと戦うと手を挙げたのはアルだった。


 てっきりアルはエレンと魔法の撃ち合いをすると思っていたため、ロウはアルに声をかける。


「良いのか? アルならエレンさんと戦った方が良いと思うぞ?」


「そこはまあ、僕よりも強いロウ先輩にお譲りしますとも」


「お気遣いどーも」


 ソッドがシルバと戦うつもりでいることは全員理解しているので、マルクスと戦わない方がエレンと戦うのは決定事項だ。


 アルに自分よりも強いんだからエレンと戦ってくれと言われてしまえば、ロウはNOとは言えなかった。


 それは先輩としての意地であり、ソッドの前でカッコ悪い真似はできないという強がりでもあった。


 マルクスは盾を2つ持って第一訓練室の中に入り、アルはメイスを取ってその後に続いた。


 アルは新人戦の時に武器を使わないが、接近された時のお守りとしてメイスを手に取ったようだ。


「よし。アル、先手は譲るぜ。好きに攻撃して来いよ。最初は手を出さずにいてやるから」


「・・・本当ですか? では遠慮なく」


 マルクスが先手を譲ってくれたので、アルは笑顔でマルクスの足元に落とし穴を掘った。


 訓練室は1階にあり、床はタイルが敷き詰められているがその下は土だ。


 土を掘ればタイルごと落とし穴に落ちる訳である。


「ぬぉっ!?」


 盾を2つ持っているマルクスは機敏に動けるはずもなく、腰まですっぽり落とし穴に嵌ってしまった。


 ソッドはマルクスがまんまとしてやられて苦笑した。


「マルクスの負けだな。マルクス、油断しちゃ駄目だろ。アル君は詠唱せずに魔法を使えるんだから」


「てっきり攻撃魔法で早撃ちしてくると思ったんだよ。あぁ、一本取られたぜ」


 (アルがそんな馬鹿正直な攻撃をする訳ないのに)


 シルバはアルの性格をよく理解しているので、マルクスは考えが甘いと思った。


 その後、アルはマルクスを穴から引っ張り出して床を元通りに直してからマルクスと一緒に通路に戻って来た。


「ロウ先輩、カッコ良いところを見せて下さいね」


「うわぁ、プレッシャー与えて来るよこの後輩」


「酷いですよ。そんなつもりじゃなくてただ応援してるだけですってば」


「不意打ち上等なアルがそんなピュアな行動するはずがない」


 (俺もロウ先輩と同感)


 シルバから見てもアルの発言には悪意が感じられた。


 ロウはやれやれと首を振りつつ、使えそうな武器を持てるだけ持ってから既に第一訓練室の中で待っているエレンの正面に立った。


「エレンさん、お待たせしました」


「構いませんよ。それにしても、ロウ君は小隊長と戦闘スタイルが全然違うようですね」


「よく言われます」


「そうでしたか。それではそろそろ私達も戦いましょう。先程の戦いを見て、貴方達に先手を譲ると危険だと判断しました。小隊長の合図で戦闘開始としても構いませんか?」


「構いません」


 アルが不意打ちを決めなければ先手を譲ってもらえたのだが、今更たらればの話をしても仕方がない。


 ロウは静かにソッドの合図を待った。


「試合開始!」


 ロウはソッドが合図を口にした瞬間に走り出した。


 魔法スキルが使える相手に対して突っ立っているとただの的になってしまうからである。


「水の槍よ、我が敵を」


「やらせません」


 ロウは詠唱封じのためにナイフをエレンの顔目掛けて素早く投げた。


 ナイフの速度は自分が予想していた以上だったため、やむなくエレンは詠唱を中断してナイフを避けた。


 その隙にロウがエレンに接近すると、簡単に近づけさせてなるものかとエレンが鞭で攻撃する。


「危なっ!?」


「躱しますか。やはり手加減は要らないですね」


 そう言った直後、エレンの鞭による攻撃は激しさを増した。


 蛇よりも蛇らしく鞭を動かし、ロウに反撃させる隙を与えない。


 それどころか、エレンは鞭を操りながら詠唱まで始めた。


「水の槍よ、我が敵を穿て! 水槍ウォーターランス!」


「嘘だろ!?」


 そこから先はエレンの魔法と鞭による攻撃がエンドレスに続いた。


 ロウは投げナイフやボーラ等を使ってエレンの攻撃をどうにか崩そうとしたが、それらはエレンの鞭に絡め取られて失敗に終わった。


 飛び道具が尽きてトンファーだけになったことでロウは両手を挙げた。


「降参します。このまま続けても勝ち目ないので」


「そこまで! 勝者、エレン!」


 ロウが降参した直後にソッドはエレンの勝ちを宣言した。


 自分がそう宣言しないとエレンは攻撃を続けたかもしれないからソッドの動きは早かった。


「ロウ君、まだ本気を出してないでしょう?」


「斥候志望なんで奥の手は取っておきます」


「なるほど。小隊長とは本当に考え方が違いますね。先程の戦闘もとても理性的な戦い方で感心しました」


「エレンさんが容赦してくれませんでしたから、頭を使うしかなかっただけですよ」


 (ロウ先輩って底が知れないよな)


 実力を隠すロウに対してシルバはいつかロウの本気を見てみたいと思った。


 それはそれとして、次はいよいよシルバの番である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る