第106話 恥ずかしながらそのようです
翌朝、シルバ達はアーブラ支部長のマリクの部屋に呼び出されていた。
「キマイラ中隊第二小隊の諸君、今回の一件での活躍は見事だった。デーモンを討伐してくれたことをアーブラに住む全ての民に代わって礼を言う」
マリクの顔色は最初に出会った時よりも良くなっていた。
シルバのマッサージが効いたのもあるが、何よりも連続殺人事件の実行犯であるデーモンが討伐されたことがその要因として大きいだろう。
「とんでもないです。では、ミッション完了ということでここにサインをお願いします」
「うむ」
マリクはシルバが差し出した指示書にミッション完了のサインを記した。
その後にマリクは思いついたように続けた。
「そうだ、今日はこれからアーブラの民に向けて連続殺人事件が解決した演説を行うことになってるんだ。デーモンを倒したシルバにも是非一言貰いたい」
「その手のスピーチは苦手なのでできれば断りたく存じます」
「悪いがそこを曲げて頼む。今、アーブラに必要なのは強い帝国軍なのだ。デーモンを相手になにもできなかったアーブラ支部の軍人の言葉よりも、事件を解決したディオス本部の英雄の言葉の方がアーブラの民に安心を齎す」
シルバはできればスピーチなんてしたくなかった。
目立ちたくないからというよりもマリクが何か企んでいるように思えたからだ。
どう切り返したものかと頭を悩ませているとアルが口を開く。
「シルバ隊長、僕はスピーチをした方が良いと思います」
「そうか! ほら、シルバよ、隊員もそう言ってるのだから引き受けてくれ!」
マリクはアルが自分に都合の良い意見を出してくれたから語気を強めた。
だがちょっと待ってほしい。
アルがシルバにとって不都合のことを提案するだろうか。
その答えはNOである。
断じてNOだ。
「ディオスはアーブラを見捨てないと言えばアーブラの皆さんは安心してくれますよね?」
「そうだな! えっ、なんだって!?」
アルがニヤリと笑みを浮かべて言った言葉をあまり考えないで肯定したマリクだったが、ちょっと待てと訊き返した。
マリクはシルバからアーブラに何かあった時、すぐに駆け付けるという言質を取りたかったのだ。
その狙いをいち早く察したアルはその言質を取らせまいと先手を打った。
そこまで言われればシルバもマリクの企みを理解できた。
「そうですね。一個人ではなく、都市間の繋がりを訴えた方がアーブラの皆さんは安心してくれそうですね。そういう内容でよろしければ話しましょう」
「・・・そ、そうだな。アーブラとディオスの結びつきを疑わせないためにも必要な演説だ」
マリクはアルにしてやられたことを察したが、ここで下手にごねて演説もしてもらえないとアーブラの民衆を活気づけられないのでこれ以上欲をかいた発言は控えた。
演説の話はこれ以上しても仕方がないからマリクは別の話題を提示する。
「デーモンが使ってた呪われた剣なんだが、ディオスで保管してもらえないだろうか?」
「あの剣をですか?」
「ああ。今回の件で思い知ったのだ。アーブラ支部はあの剣を守れる警備体制が整ってないとな。もしもあの剣が再び盗み出され、デーモン以外の者が夜な夜な殺人事件を起こしたら次はアーブラが滅ぶかもしれん。自分達の力不足が露呈するのは悔しいが、アーブラの民の命を第一に考えねばなるまい」
マリクの言い分は納得できるものと言えよう。
今回の連続殺人事件は今のアーブラの戦力では再発しかねない。
それならば、警備のしっかりしている
「移送したい旨を一筆いただければディオスまで運びましょう」
「わかった。演説が終わったらすぐに書こう」
連続殺人事件は
それは呪われた剣がどうしてデーモンの手に渡ったかだ。
デーモンがアーブラ支部に忍び込んで呪われた剣を盗んだとは考えにくい。
何故なら、デーモン程の実力があればわざわざ忍び込まずとも堂々とアーブラ支部を襲撃できるからだ。
それにデーモンがアーブラ支部に侵入すれば間違いなく騒ぎになる。
そうならなかったということは、デーモンとは別に呪われた剣をアーブラ支部から持ち出した者がいるということになる。
一度呪われた剣を盗んだ者がまた盗まないとも限らない。
だったらディオスで厳重に管理してもらった方が安全だろう。
そう考えてマリクはシルバ達に呪われた剣を護送してほしいと頼んだ訳だ。
シルバ達としては呪われた剣はマリクが自分達で管理できないから預かってほしいと一筆貰えれば運んでも良いと思っている。
それはディオスの方がアイテムの研究は進んでいるから、アーブラでいつ盗まれるかわからない状態で放置するよりもディオスで管理しながら研究した方が良いと判断してのことだ。
話がまとまったところで演説の時間が近づいて来たため、シルバ達はマリクに連れられてアーブラの広場に用意された特設ステージに移動した。
特設ステージの前には連続殺人事件の解決を聞きつけた民衆が集まっており、マリクによる事件終結の宣言を今か今かと待ち侘びている。
マリクは民衆を見渡してから大きな声で発表を始める。
「諸君、長きにわたって不便をかけて来てしまい本当に申し訳ないと思ってる! だが、ディオスから応援でやって来たキマイラ中隊第二小隊の4人により、昨晩に実行犯のデーモンは討伐された! よって、事件が終わったことをここに宣言する!」
「「「・・・「「おお!」」・・・」」」
マリクの後ろに立つシルバ達に向かって民衆は惜しみない拍手を送った。
眠れない夜に終わりが来たと喜ぶ者もいれば、デーモンに友人を殺されたことを思い出して涙を流す者もいる。
そんな嬉しさと悲しさの混じった拍手を受ける中、シルバは第二小隊を代表してスピーチを始める。
「皆さんこんにちは。キマイラ中隊第二小隊の小隊長を務めるシルバと申します。この度はご家族や友人を亡くした方にお悔やみ申し上げると共に、彼等の無念を晴らすべくデーモンを討ち取ったことを報告します。もしもアーブラに危機が訪れた時は今回のようにディオスから応援が来るでしょう。ですので、皆さんには希望を持って行動していただければと思います。以上です」
シルバは予定通りに自分が必ず駆け付けるという言質は取らせず、都市同士の繋がりによってディオスがアーブラを助けるとアピールした。
マリクは顔に出さなかったが残念だと思っているに違いない。
しかし、民衆は今回みたいに応援が来てくれるならば次に危機が訪れてもなんとかなるかもしれないと希望を持つことができたようだ。
事件終結の宣言は無事に終わり、シルバ達はアーブラ支部に戻って呪われた剣の受け渡しに移った。
剣の受け渡しを行うのはマリクではなくヴァネッサだった。
「シルバさん、我々の実力が足らずこの剣をお任せすることを申し訳なく思っております」
「仕方ありませんよ。再びアーブラで連続殺人が起きても困りますから。それよりも、今回の一件で呪われた剣を盗み出したのは誰かわかったんですか?」
シルバは苦笑しながら応じた後、真剣な表情でヴァネッサに訊ねた。
窃盗犯が誰なのかという謎はわからないまま放置していて良いものではないからである。
シルバに訊ねられたヴァネッサは大きい声で言える内容ではないと判断したらしく、小さく頷いてからシルバの耳元で回答する。
「どうやらサタンティヌス王国の密偵のようです。業者に扮して基地内に入り込んで呪われた剣を盗み出したまでは良かったものの、アーブラに侵入してたデーモンに殺されて剣も奪われたという流れでしょう」
「王国の密偵に基地内部まで侵入されてたんですか?」
「恥ずかしながらそのようです。剣以外で盗まれたものはないようですが、対策を抜本的に見直す必要があるでしょうね」
「そちらの対策はお任せします。とりあえず、俺達は呪われた剣をディオスまで運ぶとしましょう」
本物であるという鑑定書付きの剣は布に何重にもされてシルバ達の乗る馬車へと積み込まれた。
呪われた剣を積み込んだ以上、早急にディオスに戻らなければならなくなったシルバ達は急いでアーブラを出立した。
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