第107話 王国の未来は碌でもないな

 アーブラを出てしばらくの間は何事もなく穏やかだった。


「もっと時間がかかると思ってましたが、早く片付いて良かったですね」


「そうですね。これもシルバ君がデーモンの存在を知ってたからですよ」


「偶然です。それにしても、サタンティヌス王国とモンスターの両方が事件に絡んでるとは面倒なことになってました」


「確かにそうです。文化祭の件でもサタンティヌス王国が関与してましたが、ここ最近後継者争いのせいで活発過ぎじゃありませんか?」


 文化祭の贋作士の正体はサタンティヌス王国の密偵であり、今回の連続殺人事件も同国の密偵が呪われた剣を盗み出すという点で関与している。


 その事実からエイルがサタンティヌス王国の密偵が活発になり過ぎというのも無理もない。


 第一王子と第一王女、第二王子はいずれも魔法系スキルを会得していないことから、密偵達がこれはと思う戦力の奪取のためにあれこれ動いているのは間違いない。


 ディオニシウス帝国に亡命して来たアルにとっては厄介な話でしかない。


 もしも自分の正体がバレてしまえば、<火魔法ファイアマジック>と<土魔法アースマジック>が使えることなんてすぐに調べ出されてしまう。


 そうなれば、魔法系スキルの使えない第一王子達に比べて優位性があるので、アルを担ぎ出そうとする者達が現れるのも容易に想像できる。


 だからこそ、そこまで考えたアルの眉間に皺が寄っている。


「アル、心配すんなって。全く考えないのも楽観的だけど考え過ぎてストレスを感じるのも良くない」


「そうだね。程々に考えとくよ」


 シルバに声をかけられたアルは考え過ぎちゃったねと苦笑した。


 その時、ロウが馬車内にいるシルバ達に声をかける。


「3人共、準備してくれ。敵襲っぽいぞ」


 シルバ達は敵襲と聞いてすぐに頭を切り替えた。


 馬車が停まるとシルバとアルだけ外に出る。


 シルバ達の前には盗賊団らしき者達が待ち構えていた。


「帝国軍の馬車ってことは使えそうな物がありそうだなぁ」


「男は殺せ! 女は犯せ!」


「今宵の剣は血に飢えてるぞ」


「ギャハハ! まだ昼間だっての!」


 (頭の悪そうな奴等だがタイミングに違和感がある)


 シルバは自分達を見てニタニタしている盗賊団を見渡してそう思った。


 盗賊にとって帝国軍の馬車を襲うのはハイリスクローリターンだ。


 行商人の馬車のように金目の物を大量に積み込んでいないし、戦力だって行商人が雇うだろう傭兵よりも強い可能性が高い。


 襲撃に成功したとして、その盗賊団が得られるのは最低限の物資と悪名だけだろう。


 そう考えると帝国軍の馬車を襲うだけの理由があるはずである。


 シルバがタイミングに違和感を覚えたのは今が呪われた剣の移送中だからだ。


 わざわざこのタイミングで襲い掛かって来ることに関連性があるのではと考えるのも無理もない。


「さっさと片付けないとな。シルバ、ここは俺とアルだけでやる。シルバはエイルとあれの保護を任せても良いか?」


「そうですね。ではお任せします」


 馬車の中にある呪われた武器はエイルが監視しているが、エイルの戦闘力には期待できない。


 したがって、シルバは呪われた武器とエイルの両方を守らねばならない訳だ。


 シルバが馬車にぴったり張り付いてくれるならば、アルもロウも自由に戦える。


 ということで、アルは真っ先に盗賊団を落とし穴に落とした。


「なんだ!?」


「足場がぁぁぁ!」


「落ちるぅぅぅ!」


 落とし穴に落ちた盗賊団に対し、ロウは帝国軍から支給された試作品を投げ込む。


 投げ込んだのは催涙ガスの仕込まれた球だった。


 落とし穴の中で催涙ガスが広まり、咳き込んだり涙目になる物が続出した。


「投降するなら今の内だ。次は本気で命を取りに行くぞ」


 ロウが警告をするとリーダー格の男が両手を挙げる。


「ゴホッゴホッ、降参だ! ゴホン! 助けてくれ!」


「そう言って何人殺して来た?」


「な、何!?」


 助けてもらえると思ったらロウが追加で麻痺効果のある霧が出る球を投げ入れたたため、リーダー格の男は驚きを隠せなかった。


 そんな簡単に助けてもらえると思うなんてめでたい思考回路だと言えよう。


 落とし穴の中にいる者達が全て動けなくなったことを確認した後、アルが落とし穴を元に戻して盗賊達をロープで縛りあげた。


「身ぐるみ全部剥いどくか」


「賛成です。武器を隠し持ってたら厄介ですし」


 ロウとアルはサクサクと盗賊団の全員を肌着以外全て剥いでみせた。


 団員達はただの盗賊のようだったが、リーダー格の男だけは少し違うようだ。


「シルバ、ちょっとこれを見てくれ」


「どうかしましたか?」


「このメモ、多分帝国軍で使われてる紙だ」


「本当ですか?」


 ロウからメモを受け取ったシルバはじっくりとそれを観察してロウの言う通りだと判断した。


 そのメモにはサタンティヌス王国式の暗号でシルバ達が本日ディオスに向けて出発すること、呪われた武器を護送することが記されていた。


 それはつまり、この盗賊団のリーダーらしき人物がサタンティヌス王国の密偵であり、アーブラ支部に内通者がいることを示している。


 余談だが、サタンティヌス王国式の暗号はシルバ達が軍に入ってすぐに叩き込まれた知識だ。


 情報は鮮度が命なので、サタンティヌス王国式の暗号をすぐに読み解けるようにとポールが特別授業で教えたのである。


「アル、合同キャンプの時みたいに首だけ地面の上に出す形にしてくれる?」


「了解」


 シルバに頼まれてアルはリーダー格の男の体を土の下に埋めた。


 その頃合いには麻痺効果が切れており、シルバとアル、ロウに見下ろされて彼は冷や汗をかいていた。


「サタンティヌス王国の密偵らしいな。選ばせてやろう。自主的に全て吐いて楽になるのと自白のツボを押されるのとどっちが良い?」


 自白のツボはポールが激痛のツボと一緒に尋問術としてシルバに叩き込んだものだ。


 マッサージが得意なシルバはこの2つのツボを知ったことにより、攻めのマッサージができるようになった。


「どれも選ばないに決まってへぶっ!」


 シルバは自白のツボを突いた。


 それによって彼の目が焦点の合わないトロンとしたものに変わる。


「名前と所属を自己紹介しろ」


「名前はない。所属はサタンティヌス王国軍諜報室。現在の任務ではディオニシウス帝国で盗賊クルドと名乗り、盗賊行為で奪った使える物品を本国に送ってる」


「アーブラ支部の誰から呪われた武器について情報から仕入れた?」


「モジャス。金を積めばなんでも喋る奴。連続殺人事件では対策チームに配属された」


 (マナフ支部長、売国奴を対策チームに選任してますよ)


 クルドが吐いた情報を聞いてシルバの頭が痛くなった。


 マリクの人を見る目がないのは問題だろう。


 もしもそうでないのなら、対策チームのトップ2人が会議室で口論するだけの無能ではなかったはずだ。


「呪われた武器について知ってることを全て吐け」


「騒乱剣サルワ。かつてサタンティヌス王家にて大虐殺が行われた際に使われた剣だ。先代の国王様が国内にあったら不吉だとディオニシウス帝国に捨てた剣だが、第一王子が呪われた剣でも使いようだと仰って回収の任務が出された。精神が弱い者が素手で触れると以前の使い手達の延々と続く殺意の声に負けて殺人鬼になってしまう」


「サタンティヌス王国の王族はディオニシウス帝国に戦争を仕掛ける気か?」


「現国王は戦争よりも自分の娯楽を優先する性格だからそのつもりはない。第一王子と第一王女は強い王国こそ真の王国という考え方だから後を継いだら戦争を起こす可能性が高い。第二王子は現国王と同じく国よりも自分の娯楽を優先するから戦争は起きない」


 (王国の未来は碌でもないな)


 密偵から聞いたサタンティヌス王家の事情にシルバは頭が痛くなった。


 その隣ではそんな連中と少しでも血が繋がっているのが恥ずかしいらしく、アルがすごい表情になっていた。


 ロウは隣の国の実情を知って顔を引き攣らせている。


 その他にも訊きたい情報を引き出し終えたところで気絶させ、クルドを馬車の屋根に縛り付けた。


 それ以外の団員については馬車で運び切れないので、殺して地面に埋めるしかなかった。


 盗賊団を倒した際の拾得物は盗賊団を倒した者達の物になるため、使えそうな物だけシルバ達が欲しい物を貰ってそれ以外はディオスで売却することにした。


 帰るまでがミッションという格言が帝国軍内部にあるのだが、まさにその通りだと実感するシルバ達だった。

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