第108話 ごちゃごちゃ煩い! 黙って僕に従え!

 ディオスに帰って来た翌日、キマイラ中隊は中隊の部屋に集められていた。


「ソッド、お前本気で騒乱剣サルワを使う気かー?」


「はい。倉庫に保管しておくだけは勿体ないですから、使えるものなら使うべきでしょう」


 キマイラ中隊が集められた理由はソッドが昨日移送して来た騒乱剣サルワを使う申請を出したからだ。


 中隊長がリスクを承知で騒乱剣サルワを使おうとしているので、どうなるにせよ状況を把握しておくべきということだ。


 ポールもソッドの言い分を理解しているが、リスクを取って強い武器を得ようとしなくても良いのではないかと思っている。


「気持ちはわかるがわざわざその剣を使わずとも他の剣じゃ駄目なのか?」


「自分が精神的に強くなれたか測るのに丁度良いじゃないですか」


「・・・そんなに生き急がなくても良いんだがなぁ」


「ハワード先輩、お願いします。デーモンなんてモンスターまで現れるようになった今、もっと強くなっておきたいんです」


 ソッドに真剣な表情で頼まれればポールも無下にはできない。


 しかし、無条件で騒乱剣サルワを渡すのも心配だ。


 それゆえ、ポールはソッドに条件を課すことにした。


「仕方ない。それなら訓練室でこの剣に触れてみろ。ソッドがこの剣に負けなければ使うことを許可しよう。ただし、剣に支配されるようだったら俺がお前を再起不能にしてでも止める」


「わかりました。その条件でお願いします」


 ソッドがポールの出した条件を承諾したため、シルバ達は訓練室へと移動した。


 訓練室の中ではポールとソッドが向かい合い、シルバ達は少し離れた所でソッドが騒乱剣サルワに触れる所を見守る。


 ソッドが深呼吸をしてから騒乱剣サルワを包む布を外し、それを取ろうと手を伸ばす。


 その時だった。


「なっ!?」


「ん?どゆこと?」


 騒乱剣サルワがソッドの手をひょいと避けたのだ。


 常識的に考えて剣が勝手に動くなんてことはあり得ないけれど、シルバ達の目の前で騒乱剣サルワがソッドの手を何度も躱している。


 まるでお前は自分に触れることすら許さないと騒乱剣サルワが拒否しているかのようだ。


「これはどういうことでしょう?」


「俺にもよくわからん。ただ、あれだな」


「あれとは?」


「ソッド、お前はこの剣に嫌われてる」


「ですかね?」


「嫌われてるだろ。じゃなきゃ掴もうとするのを躱されねえよ」


 ポールの言葉を聞いてソッドは苦笑した。


 まさか自分が剣に嫌われるなんてことが起こるとは思ってもいなかったからである。


「でも、これで騒乱剣サルワが呪われてるかはさておき、普通の剣じゃないことは明らかになりましたね」


「そうだな。まさか使い手を選ぶ剣が存在するとは思ってもみなかった」


 ソッドとポールが話していた時、騒乱剣サルワがズズズとシルバ達の方に向かって移動し始めた。


 それに真っ先に気づいたシルバが声を出した。


「ハワード先生、ソッドさん、剣がこっちに向かって動いてます!」


「マジか」


「誰か適性者がいるのか?」


 ポールとソッドは騒乱剣サルワが誰を選ぶのか気になり、危険な事態になればすぐに介入できるような態勢でその行く先を見守った。


 ズズズと床に擦らせながら進んだ先にいたのはアルだった。


「えっ、僕?」


 (そういやクルドがサタンティヌス王家による大虐殺で使われたって言ってたか)


 シルバは昨日クルドから聞いた内容を思い出し、騒乱剣サルワがサタンティヌス王家の血を感知したのではないかと推察した。


 念のため、アル以外に適性者がいないか試しに動いてみたけれど、騒乱剣サルワはアルの前からピクリとも動かなかった。


「ハワード先生、ソッドさん、どうしましょう?」


「そんなもんお前が決めろー。アルが後衛なのは知ってるが、その剣に常識は通用しないらしい。アルがどうしようと俺が責任持ってやるから」


「アル君、私に遠慮することはない。<剣術ソードアーツ>がなくても問題ないぞ。シルバ君だってスキルがなくても剣を使えるんだから」


 ソッドの言っていることはややズレているが、これで騒乱剣サルワを手に取るかどうかはアル次第になった。


 アルはチラッとシルバの方を見たが、シルバはアルの意思を尊重すると言わんばかりに頷いた。


 重大な決断を強いられたアルは騒乱剣サルワに手を伸ばした。


 この剣を手にすることで自分の弱点である近接戦闘を克服しようと思ったからだ。


 今はシルバに守ってもらうことが多いけれど、この先もずっとシルバが24時間いつでも自分のことを守ってくれるとは思っていない。


 男装だって将来的に難しくなるかもしれないし、悲しいことだけどシルバが自分以外の女性を好きになることも可能性としてない訳ではない。


 そんな時に自分を守ってくれる力になるのではないかと思ってアルは騒乱剣サルワに触れた。


 剣にアルの手が触れた途端、アルの頭の中にたくさんの声が響き始める。


『殺せ! 殺せ! 殺せ!』


『みんな死ねば良いんだ!』


『悪いのは愚民共だ! 無能な愚民を殺せ!』


『俺を受け入れない者共なんて斬り捨ててやる!』


『逃げられないように足を斬ってから殺してあげようねぇ!』


「うぁっ!?」


 殺意の込められた言葉が次々に頭の中に流れ込んでくるせいでアルは頭を抱える。


『サタンティヌス王国万歳! 王家以外は全部死ね!』


『殺す! 殺す! 殺す!』


『カス共の屍があって初めて王家の強さが証明されるんだ!』


『1人殺せば悪党で、100万人殺せば英雄だ! 数が殺人を正当化する!』


『ブチ殺してやるブチ殺してやるブチ殺してやるよぉぉぉぉぉ!』


「うぁぁぁぁぁ!」


「アル! お前は殺人衝動に負けるような奴じゃないだろう!」


 頭を抱えて叫ぶアルの両肩を掴み、シルバがアルに喝を入れる。


「シルバ・・・君・・・」


 シルバの声がアルに届き、今もなお頭の中に響く声にアルが立ち迎えるだけの余裕が戻って来た。


 アルは割れそうな頭痛がするのを我慢して深呼吸し、自分の肩を掴み目の前で鼓舞してくれるシルバに報いようと心を強く持つ。


 殺人衝動に負けて殺人鬼に成り下がったらシルバが悲しむと思い、そんな未来にさせてなるものかとアルの心に反抗の火が点く。


 一度点いた火は簡単には消えない。


 いつまでもシルバに守られるだけで良いのか、偶には自分がシルバを守れるようになったらどうなんだと自分を鼓舞し、頭の中の声と自分の心が完全に均衡状態になる。


 そして、騒乱剣サルワに精神で勝った時にはシルバにたっぷり甘えてやるんだと期待すれば、それが楽しみで頭の声が小さくなるのを感じた。


「ごちゃごちゃ煩い! 黙って僕に従え!」


 自分と同じぐらいの長さの騒乱剣サルワを持ち上げながら力強く言った直後、その剣からアルの頭に響かせていた声がピタリと止んだ。


 アルの心の強さを認めて騒乱剣サルワがアルの命令に従ったのである。


 剣に言うことを聞かせるのに気力を振り絞ったため、アルの体から力が抜けてよろけてしまう。


 だが、アルの体はシルバによって支えられたから倒れることはなかった。


「アル、ナイスファイト。流石は俺のライバルだ」


「アハハ、僕だってやる時はやるのさ」


 アルはシルバに抱き着きたいと思ったけれど、周囲の目がある中で抱き着けば厄介事が起きると思って笑いかけるに留めた。


「大したもんだ。まさか呪われた剣を従えるとはなぁ」


「新しい剣士の誕生だね。歓迎するよ」


 ポールはアルが笑える気力を残していることに驚いていた。


 アルならば騒乱剣サルワに勝てるかもしれないと思ってはいたが、もっとギリギリの戦いになると思っていたのでこの展開は予想以上のようだ。


 ソッドは自分が騒乱剣サルワを使えないことは悔しいと思ったけれど、それ以上にアルが剣に気持ちで打ち勝ったことを称賛し、新たな剣士が誕生したことを喜んだ。


 シルバに加えてアルも自分の模擬戦相手になり得ると思って期待しているに違いない。


 その一方でロウは苦笑していた。


「ヤバいって。今後はアルに下手なこと言ったらあの剣でツッコまれる」


「その前にロウは余計なことを言わない努力をすべきでは?」


「俺、体に悪いから我慢しないんだ」


「そんなこと知りません。少しは空気を読みなさい」


「はーい」


「まったく、手のかかるロウですね」


 エイルはやれやれと困ったものを見る目になっていた。


 ロウが余計なことを言うか言わないかはさておき、アルは予定になかった戦力を手に入れることに成功した。

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