第105話 フハハハハハ! 僕チン楽しくなってきちゃったYO!

 午後10時になる時にはシルバ達は適当に外を馬車で移動していた。


 デーモンが何処かに出没した際、基地内にいるよりも早く駆け付けられるからだ。


 御者台に座るロウと馬車の天井に座るシルバはいつ異変が起きても良いように周囲を警戒している。


 その時、聞き覚えのある声が聞こえた。


「ぬぁぁぁぁぁ!? 出たぁぁぁぁぁ!」


「クソォォォォォ! お前のせいだぁぁぁぁぁ!」


 聞こえて来た声は基地の第一会議室で言い争っていた能天使級パワーの軍人達のものだった。


「ロウ先輩、叫び声のした方向へ向かって下さい」


「わかってる!」


 シルバに言われる前からロウも声のした方角を探っており、シルバに指示された時には既にその方角に馬を走らせていた。


「ぎぃやぁぁぁぁぁ!?」


「う、腕がぁぁぁぁぁ!」


 悲鳴や苦悶の声の発信源が近づいて来た。


 そして、ある通りの出たところで丁度デーモンが2人の軍人の首を刎ねていた。


「弱い、弱過ぎる! フハハハハハ!」


 昼間に負ったダメージは回復しているらしく、デーモンは弱い者虐めをして悦に浸っている。


 (今まで無駄死にさせた人達にあの世で詫びてくれ)


 シルバは死んでしまった2人に同情することはなく、そう思った後すぐに頭を切り替えて馬車から飛び降りた。


 一足遅れてロウが馬車を停めてアルとエイルも馬車から出て来た。


「おや? おやおやおや? 昼間はよくも僕チンを殴ってくれましたね~」


 そこでデーモンの言葉が途切れ、一瞬でシルバの背後に移動していた。


 だが、シルバはその時には既に行動に移っていた。


「弐式光の型:光之太刀!」


「ぬぁぁんですってぇぇぇ!?」


 シルバが体を捻ったことで遠心力も加わった光の刃がデーモンの腹を斬った。


 それでも、デーモンもシルバの攻撃に気づいた時には回避に専念していて後ろに飛んでいたため、デーモンにとって致命傷には至らなかった。


「浅かったか」


「うぅ、ジクジク痛いですねぇ」


 デーモンは見た目の傷よりも痛がっているのを見てシルバは確信した。


「お前、光属性が苦手だろ?」


「イヒヒ、わかっててそう訊くなんて貴方もデーモン的じゃないですか。おっと」


 シルバとデーモンが話している隙にアルが鋼の弾丸をデーモンの側頭部に向かって発射しており、咄嗟に気づいたデーモンが空いている手で頭を動かして弾丸を防いでみせた。


「そっちのおチビさんは僕チンに攻撃を与えた君よりもデーモン的だね」


「誰がデーモンだよ」


「プククッ」


「ロウ先輩? 何笑ってるんですか?」


「いや、すまん」


 ロウがデーモンの表現に吹き出しているとジト目のアルに睨まれてロウが黙り込んだ。


「まったく、今宵も首切り包丁が血を吸いたがってるぞ」


「もう吸ってるだろ。それも2人分」


「まだまだ足りないのさ。だからこそ、君達の血で補わせてもらおうかな!」


「お断りだよ! 參式水の型:流水掌!」


 デーモンが振りかぶった首切り包丁だが、シルバの絶妙なタイミングでそれを受け流してみせた。


「くぅ、本当に簡単には倒せないじゃないですか」


「逆に訊くけど簡単に倒せるとでも思ったか?」


「フハハハハハ! 僕チン楽しくなってきちゃったYO!」


 デーモンは急にテンションが上がり、首切り包丁を無茶苦茶な軌道で振り回し始めた。


「シルバ君、避けて!」


 アルの声が聞こえてシルバは後ろに飛び退く。


 それと同時にデーモンの足場から岩の柱が飛び出し、デーモンを空へと打ち上げる。


「デーモン的なおチビさんは邪魔しちゃイヤイヤYO!」


 デーモンは標的をアルに変えて急降下する。


 急降下のエネルギーを上乗せして首切り包丁を上段から振り下ろそうとしたその時、デーモンの脇腹に6本のナイフが刺さった。


「いぎぃ!?」


「ふぅ。シルバが確かめてくれたおかげでやっとダメージが入ったぜ」


 ナイフを投げたのはロウだ。


 いずれのナイフもエイルが光付与ライトエンチャントを使ったことによりデーモンに怯むぐらいのダメージを与えた。


 そこでできた隙を逃すシルバではない。


「肆式光の型:過癒壊戒かゆかいかい!」


 シルバは両手の人差し指と中指だけ伸ばして光付与ライトエンチャントで強化すると、デーモンのツボをこれでもかと高速で押しまくる。


 技が終わってデーモンが背中から地面に落ちた後、デーモンは全身から血を吹き出した。


 過癒壊戒は光付与ライトエンチャントによるマッサージを悪用した技だ。


 過ぎた癒しの力は体を壊すので戒めろというメッセージが込められており、それを喰らったデーモンは体のあらゆるツボを押されて体内を破壊され、立ち上がることができなくなっている。


「とどめだ。弐式光の型:光之太刀」


 シルバは光の刃をもってデーモンの首を刎ねた。


 首を刎ねられても生きていられる者は滅多にいない。


 起き上がろうとしていた胴体の方も力尽きて動きが完全に止まっており、シルバ達はデーモンの討伐に成功した。


「シルバ君、お疲れ様。さっきのすごかったね。時間差でブシャーってなってた」


「明確な敵にしか使えない技だよ。模擬戦では使わないようにしてるんだ」


「うん、あんなの僕じゃ防げないから絶対に使わないでね」


 アルはシルバが今までの模擬戦で過癒壊戒を使わずにいてくれたことに感謝した。


 体を内側から壊す技なんて後衛のアルには防ぎようがないからだ。


「お疲れシルバ。やっぱり火力はお前さんとアル頼みだな」


「いえいえ。ロウ先輩がデーモンの隙を作ってくれたおかげですよ」


「デーモンが光属性に弱いって仮説が事実で良かったぜ。そうじゃなかったらこうも簡単には決着がつかなかったろうし」


「そうですね」


 ロウは確かに火力では目立たないけれど、手数の多さと柔軟さがロウの持ち味である。


 アルが狙われた時に次に繋げられる形でデーモンを怯ませられたからこそ、シルバがデーモンを瀕死の状態まで追い込めたのだ。


「シルバ君、お疲れ様です。どこも怪我はしてなさそうですね」


「はい。無茶はしませんでしたから安心して下さい」


 エイルの出番はロウの投げナイフに対する光付与ライトエンチャントだけだったが、それは全く問題ではない。


 変にエイルがヘイトを稼げばデーモンから狙われてしまったし、エイルが回復を行うということは誰かが怪我をしたことになるからエイルが暇なのは良いことである。


 デーモンを倒した後、シルバ達はデーモンと首切り包丁、死体の全てを回収した。


 首切り包丁は呪われているため、当たり前だが直接手が触れないように布で巻いている。


 全てが終わってからシルバ達は基地へと移動した。


 その時には時間も午前零時に近づいていてシルバ達は眠かったから、さっさと第一会議室に移動してヴァネッサに声をかける。


「ヴァネッサさん、デーモンを退治しました。無能2人は死んでました。呪われた武器は回収しました。後はお任せします。眠いです」


「えっ、ちょっ、待って下さい! お願いですからもう少し頑張って下さい!」


 ヴァネッサは端的に報告を済ませて基地の仮眠室に行こうとするシルバ達の前に立ち塞がった。


 体を張っていない以上、シルバ達の代わりに報告をまとめることぐらい喜んでやるつもりだけれど、それにしたって情報が少な過ぎる。


 もう少しまともなレポートが書けるまで情報を提供してほしいとヴァネッサが頼むのも無理もないだろう。


 シルバとアルの目は半分ぐらい閉まっていたため、エイルとロウが代わりに戦闘の様子や今後再びデーモンが割災で現れた時のために必要な情報を伝えた。


 仮眠室に移動したシルバ達はそれぞれ個室を使わせてもらい、体を拭いてから眠りについた。


 なお、個室は四畳半程度の広さだからベッドを除けば着替えや荷物を置くだけでいっぱいいっぱいだ。


 シルバがササッと準備を済ませて寝ようとした時、個室のドアをノックする音が聞こえた。


「シルバ、僕だよ。ちょっと良い?」


「どうぞ」


 アルが無意味な用事で自分の睡眠時間を削ろうとしないことは普段の共同生活で理解しているので、シルバはパパッと用事を済まそうとアルを部屋に招き入れた。


 部屋に入って来たアルは枕を持っていた。


「シルバ君、今日は一緒に寝かせてほしいんだ。なんだか1人じゃ寝付けなくって」


「・・・良いよ」


 眠かったシルバは特に考えずにアルの申し出を受け入れた。


 男女が同じベッドで寝て何もないなんてことがあるのかと思うかもしれないが、疲れていたシルバとアルはベッドに入ってすぐに寝息を立てていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る