最終章 拳聖、終わりを告げる

第321話 お前、トスハリ教国民だろ! なあ!?

 3ヶ月近く経過して4月を迎えた。


 ヨーキ達ディオニシウス帝国軍学校B4-1の学生は出向期間を満了したため、ミッションが終わると同時に帰国した。


 どの学生も第二騎士団~第五騎士団にみっちり鍛えられたため、ムラサメ公国に来た時よりも対人戦の実力が間違いなく上がった。


 帰国した時には他の同期と比べ、自分達が強くなったことを実感することだろう。


 ヨーキ達のことはさておき、異界カリュシエへの騎士団遠征について話を移そう。


 シルバ達が死霊王と悪魔王、蜘蛛女王を名乗るモンスターを討伐したことで、フロンティア基地とクワナ基地付近で大きな勢力はいなくなった。


 竜王の傘下のドラゴン達も向こうから仕掛けて来なければ、わざわざ喧嘩を売るように飛び回らないのだ。


 第一騎士団~第八騎士団が順番に異界カリュシエに魔石回収のミッションで出かけ、ミッション1回あたりの平均魔石回収量は金魔石3個、銀魔石24個、黒魔石30個といったところだ。


 この回収量を基準に、アリエルは将来的な魔石の市場価格や流通量を調整するつもりである。


 昨日は第一騎士団がミッションで異界カリュシエに行ったのだが、その報告として気になるものがあったため、シルバはレイとティファーナ、ウノと共に異界にやって来た。


 シルバが興味を持ったのはドラゴンが目撃されたことだ。


 今まで騎士団からドラゴンを見かけたという報告はなかったのだが、昨日の報告によるとドラゴンを目撃したらしい。


 ドラゴンが自分達の活動圏に姿を見せたということは、竜王の勢力が動かざるを得ないイレギュラーの発生を想定せねばなるまい。


 とはいえ、あれこれ考えていても実際に見に行った方が早いから、シルバ達は異界カリュシエに直接足を運んだ訳である。


 ティファーナとウノを連れて来た理由だが、<託宣オラクル>でシルバと共に異界カリュシエに行きなさいとお告げがあったからだ。


 何があったかまではわからないけれど、いつも<託宣オラクル>で示された通りに行動して失敗したことはないので、ティファーナとウノもシルバとレイについて来た。


 昨日ドラゴンを見かけたのはクワナ基地だったから、シルバ達も今日はクワナ基地から偵察を始める。


「何も起きてないと良いんですけどね」


「ティファーナ、それは駄目だ。マリア曰くフラグが立つらしい」


「フラグとはなんですか?」


「特定の行動や発言のことだそうだ。これをしたことにより、未来の内容がある程度確定するって聞いた」


「では、私が何も起きてないと良いといったことで何か起きるということでしょうか?」


「その可能性が高い。ほら、言ってるそばからあっちの空にワイバーンが見える」


 シルバが指し示した方向にはワイバーンの姿があり、異界カリュシエで何か起きた可能性を更に上げた。


 そもそも、<託宣オラクル>で異界カリュシエに行けと言われた時点でフラグも何もないのだが、それを指摘するのは野暮だろう。


「レイさんとウノがいるならば、あのワイバーンから話を聞けるかもしれません」


「そうだな。数的有利な状況ならいきなり攻撃されてもやりようがある。行ってみるか」


 ティファーナの意見を採用し、シルバ達はクワナ基地から少しだけ離れた空にいるワイバーンに会いに行った。


 ワイバーンはシルバ達が接近して警戒したけれど、シルバ達に敵意を感じなかったので逃げずにいた。


「キュア?」


『結界に守られた場所は何かって? レイ達の基地だよ。活動の拠点って言えば良いかな』


「キュイ?」


『何それ知らない』


 ワイバーンが訊ねた内容に心当たりがないらしく、レイはそんなもの知らないと首を横に振った。


「レイ、2つ目の質問内容を教えてくれ」


『うん。貴女達は小さくて陰気な二足歩行の生き物の集団の仲間かって訊かれたの』


「小さくて陰気な二足歩行の生き物? そりゃ知らんな。ティファーナに心当たりはある?」


「ありません。と言うより、私は異界カリュシエにいた時に外を出歩いた回数なんて限られてますから、訊く相手を間違えてますよ」


 ティファーナの発言を聞いて申し訳ない気持ちになり、シルバはすぐに謝る。


「すまん。嫌なことを思い出せちゃったか」


「大丈夫です。今はシルバ様のおかげで自由な暮らしを満喫してますから」


 ティファーナは怒っている訳ではなく、あくまで事実を述べただけだった。


 だからこそ、シルバと出会ってからは昔とは全く異なる自由な生活ができて嬉しいと告げた。


 ちなみに、ティファーナは同族が自分だけでも全然寂しさを感じないようで、モンスターファームにいる闇耳長族ダークエルフと会おうとしない。


 彼女の怒りが向けられているのは同族の方なのだろう。


 シルバはワイバーンの告げた小さくて陰気な二足歩行の生き物の集団が気になり、レイに詳しく訊いてほしいと頼んだ。


 レイがワイバーンに質問したところ、レイと勢力は違えどその存在感は明らかに自分の上位にあると思ったからか、ワイバーンがスラスラと答えてくれた。


『エリュシカではモンスターファームに該当する場所にその集団がいるんだって。よくわからない言葉をブツブツ言ってて薄気味悪いって言ってるよ』


「モンスターファームか。・・・まさかな」


「シルバ様、何か心当たりがあるのですか?」


「ワイバーン基準の小さいがどの程度かわからんけど、モンスターファームって元々はトスハリ教国っていう怪しい国だったんだ」


「怪しい国とは何が怪しいのでしょう?」


 トスハリ教国について大して興味がなかったので、ティファーナは今まで自分からトスハリ教国の情報を調べることがなかった。


 それゆえ、国の名前はなんとなく聞いたことがある程度であり、どんな国か全くわからないからシルバにトスハリ教国の何が怪しいか訊ねたのだ。


「トスハリなる神を信仰する人間しかいない国だ。もっとも、そんな神を見た者はいないから存在しない可能性だってある。そんなあやふやな者を国民全体が信仰してるって国は怪しいだろ? しかも、国のトップである教皇が死んだら、全ての街が国民と一緒に消えて瓦礫しか残らないんだぜ? あそこはヤバい国だったよ」


「それは確かに怪しい国です。命をなんだと思ってるのかと言いたくなります。シルバ様はそのトスハリ教国が異界カリュシエに移住したと考えてるのですか?」


「強引な推測かもしれないが、よくわからない言葉をブツブツ言ってて薄気味悪いってワイバーンが言うんだから、そいつ等は俺達と同じような人型生物のはずだ。トスハリ教国は独自の魔法陣を有してたから、異界カリュシエに逃げる魔法陣も用意してたんじゃないかって思ったんだ」


「キュウ!」


 レイがシルバの話を通訳していたから、ワイバーンはシルバに何かを伝えようとして鳴いた。


 シルバがレイに何を言ってるか教えてほしいと視線を向けると、レイはちゃんと通訳してくれる。


『ご主人、このワイバーンが現地まで案内してくれるって言ってるよ。現地まで行けば、より確度の高い情報を得られると思うから協力してくれるんだって』


「そうか。それはありがたい。レイ、案内してほしいと伝えて」


『は~い』


 それからシルバ達はワイバーンに案内され、怪しい者達がいるらしい場所に向かった。


 今となっては空の移動でもティファーナは怖がらなくなったので、そこそこスピードを出しても問題ない。


 シルバ達が30分ぐらいかけて移動した結果、そこにはどう考えても人が住んでいるとしか思えない街が岩壁に囲まれて存在していた。


 岩壁の上には見張りがおり、ローブを被って成人男性の半分しか身長のない人型生物だった。


 それは髭がモジャモジャしており、何かブツブツ呟いていた。


 シルバは何を言っているのか聞き取れず、鎌をかけるつもりで大声で訊ねる。


「お前、トスハリ教国民だろ! なあ!?」


「キェアァァァァァ!?」


 見張りは突然叫び出し、見張りの仕事を放棄して一目散に壁から降りて逃げ始めた。


「これじゃトスハリ教国民なのかわからないな」


『言葉が通じてレイ達を異様に怖がるってことは、トスハリ教国民なんじゃないかな。この会話もわかってるみたいだし、アリエルの隕石メテオを見た者ならトラウマになってると思うし』


「あぁ、ここにアリエルがいたらあいつ等の様子を見れたけど、ないものねだりしてもしょうがない。代表者を呼んでみるか」


 シルバが対応方針を決めた直後、集落の中で最も立派な教会らしき建物の中から一際髭のモジャモジャ感が強い初老の男性が口を開く。


ぞ! 者共、始めよ!」


 初老の男性がそう告げた後、集落の全ての建物から代表者と似た風貌の者達が一斉に現れ、地面に描かれた魔法陣が発動した。


 神敵なんて言葉が出たことから、トスハリ教国に関係のある者達に間違いない。


 やはりフラグを立てて何も起きないなんてことはないようだ。

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