第289話 晩御飯は馬肉!

 穴の向こう側では砂埃が舞い、モンスターの咆哮と悲鳴が聞こえた。


「一体何が起きてるんだ?」


『ご主人から逃げたオロチが暴れてるんじゃない?』


「そんなことができるような余力は残ってないはずだ。羅刹降誕は俺から逃げるために使った訳で、異界でずっと発動できるとは思えない」


「もしかして、闇耳長族ダークエルフがオロチを助けたんじゃないですか?」


 シルバとレイの会話にエイルが加わって自分の意見を口にした。


闇耳長族ダークエルフはエリュシカにモンスターを送り込んでるんだろ? エリュシカから来たオロチを助けるだろうか?」


「では、闇耳長族ダークエルフを脅して治療させたとか?」


「そっちの方が納得できる」


 そんな話をしていると、シルバ達が穴を通して見える場所では八本脚の馬型モンスターと大鷲の頭と翼、馬の耳と後半身、獅子の前半身を持つモンスターの姿が映った。


 一瞬しかその場に留まらなかったため、シルバもエイルもマジフォンのモンスター図鑑機能で調べる余裕がなかった。


 その後で黒いフード付きローブを着た褐色の肌に長耳の人型生物の集団が、パニック状態でまとまりなく逃げている様子が見えた。


「あれが闇耳長族ダークエルフみたいだな」


「そうですね。今度は動きが遅いから写真を撮れました」


「俺も撮れた」


 シルバとエイルは割災害の原因と思しき闇耳長族ダークエルフの写真が撮れたため、それだけでも異界に関する収穫があったと思えた。


 その時、シルバはふと思った。


「穴が消えないのって、闇耳長族ダークエルフ達がさっきのモンスター2体をこっちに飛び込むのを待ってるからなんじゃね?」


「・・・その可能性は否定できませんね」


「あの素早さからして、ゴールド級モンスターってことはないはず。それが2体同時に来るのは勘弁してほしいな」


「マリナ、穴に幻影ファントムをかけてくれませんか? 穴がこちらに繋がってると思わなければ、あの2体がこちらに来ないはずです」


『わかりました』


 エイルの案に賛同し、マリナは幻影ファントムで穴を何もない空間のように変えた。


 ただし、それでは自分達も異界の様子を見られないから、シルバはマリナに声をかける。


「マリナ、俺達からは見えてあっちからは見えないようにできないか?」


『やってみましょう』


 シルバのリクエストに応じ、マリナは幻影ファントムを調整して半透明にした。


『これで大丈夫だと思います』


「注文が多くてすまん。ありがとう、マリナ」


『いえいえ、とんでもないです。安全第一ですから』


 マリナはシルバのリクエストを面倒だと思わず、必要なことだから構わないと言った。


 闇耳長族ダークエルフ達は穴が見えなくなったことに気づく余裕もないらしく、2体のモンスターの戦いに巻き込まれないように逃げ続けている。


 その時だった。


 オロチ=フジが逃げている闇耳長族ダークエルフを狩っている姿が見えた。


「オロチが復活してますね」


闇耳長族ダークエルフが助けたのか闇耳長族ダークエルフを脅したのかは知らんけど、エイルの考えが当たったらしい」


「あっ、1人こっちに来ますよ」


 エイルが言った通り、フードを被った1人の闇耳長族ダークエルフが穴の位置を把握せずに逃げていたせいで、穴を通ってエリュシカに来てしまった。


「@#*¥$!?」


 (今なんて言った?)


 エリュシカの言葉ではなかったため、その闇耳長族ダークエルフがなんと言ったのかわからなかった。


 闇耳長族ダークエルフがエリュシカに来てしまったことも非常事態だが、困ったことに八本脚の馬型モンスターも穴を通過して来てしまった。


 背後からそのモンスターが現れてしまったことに驚き、闇耳長族ダークエルフは転んでしまう。


 その拍子にフードが外れ、闇耳長族ダークエルフの顔が見える。


 長い銀髪に紫色の目、整った顔立ちは間違いなく美人のカテゴリーに分けられるだろう。


 (女? いや、そんなことよりあのモンスターか)

 

 シルバは闇耳長族ダークエルフの女が馬型モンスターに踏み潰されそうになっているのを見て、すぐに助けるべく動く。


「弐式氷の型:氷結刃」


「ヒヒィン!?」


 シルバから攻撃され、馬型モンスターはその攻撃を避けるべくジャンプした。


 そのおかげで闇耳長族ダークエルフの女は助かった。


 シルバはマジフォンを操作する余裕がなかったため、マリナに守られているエイルがモンスター図鑑機能で馬型モンスターについて調べていた。



-----------------------------------------

名前:なし 種族:スレイプニル

性別:雄  ランク:レインボー

-----------------------------------------

HP:S

MP:S

STR:S

VIT:S

DEX:S

AGI:S

INT:S

LUK:S

-----------------------------------------

スキル:<破壊突撃デストロイブリッツ><破壊踏デストロイスタンプ><雷魔法サンダーマジック

    <付与術エンチャント><魔力半球マジックドーム><空中歩行エアラダー

    <全半減ディバインオール><自動再生オートリジェネ

状態:警戒

-----------------------------------------



 スレイプニルの情報がわかったため、エイルがシルバにそれを伝える。


「シルバ、敵はレインボー級モンスターのスレイプニルです。雷属性の攻撃に魔力のドーム、空を歩くスキルを持ってます」


「了解!」


「ヒヒィィィィィン!」


 闇耳長族ダークエルフの女を殺す邪魔をされたため、シルバを最優先で倒す方針に変えたようだ。


 嘶いたスレイプニルは<付与術エンチャント>で雷を纏い、<破壊突撃デストロイブリッツ>を発動した。


「參式光の型:仏光陣・掌」


 その瞬間、シルバの体を守るように光の仏像の掌が現れ、スレイプニルの突撃を反射して吹き飛ばした。


 シルバの攻防一体の技が決まり、スレイプニルの体が大きく仰け反ったのを見てレイは追撃する。


『凍っちゃえ!』


 天墜碧風ダウンバーストがスレイプニルに直撃し、スレイプニルの体が凍えた。


 それでも<全半減ディバインオール>のおかげで寒さを半減できたため、動きが少し鈍るだけで済んだ。


「ヒヒィン!」


 スレイプニルは自らを奮い立たせるように短く鳴き、それと同時に落雷サンダーボルトでシルバを攻撃する。


 レイの攻撃はそこまで効かなかったことから、自分の攻撃を弾いたシルバを狙ったようだ。


「伍式雷の型:雷呑大矛」


 シルバはスレイプニルが落とした雷を吸収してみせた。


「ヒヒィン!?」


 まさかシルバが自分の攻撃を吸収すると思わなかったため、スレイプニルはこんなことになるなんてと驚いた。


 シルバは驚いているスレイプニルに<音速移動ソニックムーブ>で近付き、吸収した雷を活かした攻撃を放つ。


「弐式雷の型:雷剃・舞」


 懐に潜り込まれて六連撃を放たれれば、スレイプニルも全てを躱し切ることはできず、半分の斬撃を喰らってしまった。


 自分の攻撃の威力が上乗せされた攻撃だったこともあり、スレイプニルの負ったダメージは無視できないものだった。


 切り傷は<自動再生オートリジェネ>で再生するけれど、それでも治るまでに多少の時間はかかる。


 命中した斬撃はいずれも脚に当たったため、スレイプニルの機動力は一時的に落ちるのは言うまでもない。


『晩御飯は馬肉!』


 レイはちゃっかりリクエストしながら<属性吐息エレメントブレス>で風のブレスを放ち、スレイプニルに致命的なダメージを与えた。


 ここで畳みかけるしかないので、シルバはレイの攻撃が終わるタイミングを狙って攻撃する。


「肆式氷の型:氷点穴」


 スレイプニルのツボというツボを氷を纏った指で突けば、スレイプニルの体は芯から凍えてそのまま動かなくなった。


 倒したことを確認すると、レイがシルバに近づいて頬擦りし始める。


『ご主人、勝ったね!』


「勝ったな。レイのおかげで勝てたから、今夜はスレイプニルの肉を食べようか」


『わ~い♪』


 レイのリクエストをシルバはちゃんと聞いていたらしい。


 レイがご機嫌な様子でシルバの解体を手伝い、魔石以外は<虚空庫ストレージ>にしまった。


「レイ、魔石をおあがり」


『いただきま~す」


 魔石を取り込んだことにより、レイから発せられるオーラが高まった。


『ご主人、<虚空庫ストレージ>が<無限収納インベントリ>に上書きされたよ! ご主人のお師匠様に並んだの! 褒めて』


「よしよし。レイは俺の自慢の従魔だ」


『エヘヘ♪』


 レイが満足するまでシルバに甘えた後を見計らい、闇耳長族ダークエルフの女がシルバ達に近づいて来た。


『助けてくれたことに感謝申し上げます』


(<念話テレパシー>って使う言語が違っても話ができるのか。いや、レイ達だってそれまでは会話ができなかったんだから有り得るな)


 そんな風に感想を抱いていたけれど、相手にお礼を言われてこちらが何も言わないのは失礼だと思い、シルバはすぐに考えるのを止めて返事をする。


「別に善意100%で助けた訳じゃない。君が帰るための穴は消えちゃったんだし、じっくりと話を聞かせてもらおうか」


 シルバが彼女を助けたのは闇耳長族ダークエルフと割災の関係性を正確に知るためだ。


 ようやく、シルバ達は割災の正体を知る手がかりを手に入れたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る