第290話 保身のための結婚なんて止めとけ

 <念話テレパシー>で話しかけて来た闇耳長族ダークエルフの女に対し、シルバは知っていることを全て話すよう促した。


 助けてもらっただけでなく、力で敵わないから闇耳長族ダークエルフの女に拒否するつもりはない。


 黒いローブを脱いで巫女装束になった闇耳長族ダークエルフの女は話し始める。


『まずは自己紹介からですね。私はカシュリエの民において当代の巫女を務めるティファーナ=シャー=カシュリエと申します』


「ムラサメ公国の公王、シルバ=ムラサメだ」


「私は第二公妃のエイル=ムラサメです」


『ご主人の従魔のレイだよ』


『エイルの従魔のマリナです』


 お互いに自己紹介が済んだ後、ティファーナが首を傾げた。


『公王様はお若いのに2人も奥様がいらっしゃるのですね』


「3人だ。第一公妃と第三公妃は公都にいる」


『まぁ、公王様はモテモテなんですね』


「そうですよ。シルバはモテモテなんです。私とアリエル、マリアさんもみんなシルバのことが好きですから」


『レイもご主人のことが大好きだよ!』


 エイルがドヤ顔で言うのに続き、レイもシルバのことが大好きだということを忘れないでほしいと補足した。


「俺のことは良いんだよ。ティファーナ、と呼ばせてもらうが構わないな?」


『勿論です』


「わかった。ティファーナ、カシュリエの民と言ったが、それはどういう意味だ? 穴の向こうの世界をカリュシエと呼ぶのか?」


『その通りです。カシュリエには国がなく、我々カシュリエの民が日々モンスターに襲われるのを恐れながら暮らしております』


 ティファーナの説明により、異界がカシュリエと呼ばれる世界であることと闇耳長族ダークエルフは自らをカシュリエの民と呼ぶことがわかった。


「質問を続けよう。巫女とはどのような役割なんだ? 初めて聞くので教えてほしい」


『わかりました。巫女とは世界カリュシエの声を聞く者のことです。カシュリエの民にはどの時代にも1人だけ必ず巫女がおり、生き残るためのすべ世界カリュシエから教えてもらうのです』


「その声ってどんなふうに聞こえるんだ? 頻度はどれぐらい?」


『予言の形式で巫女だけに聞こえます。頻度はバラバラです。こちらから訊ねることはできず、一方的に予言だけが齎されるのです』


 (マジで異界カリュシエ自体が予言してるのかはわからないが、特殊なスキル持ちと見て間違いないか)


 巫女の役割について理解できたため、シルバはティファーナがカリュシエの民において末端ではないと判断した。


 そして、予言を受けるスキルがあるのならば、割災を起こすのも特殊なスキルではないかと考えて訊ねる。


「じゃあ、エリュシカとカリュシエに繋がる穴を開き、モンスターをエリュシカに送り込んでるのはどういったスキルなんだ? 俺達は穴が開くことで、エリュシカに地震が起きて被害を受けるから割災と呼んでるんだが」


 その質問をされるとティファーナの表情が曇り、すぐに頭を下げた。


『申し訳ございません。私にはあれを止められるだけの力がなかったのです』


「説明もないのに謝罪は受け取れない。あれはどういった原理で起きてるか説明してもらうのが先だ」


『かしこまりました。公王様が割災と呼ぶ事象ですが、カリュシエの民に古くから受け継がれております<外界接続アウターコネクト>という儀式スキルの効果なんです。カリュシエの民が10人以上同時に発動することで、危険なモンスターをエリュシカに送り込めるだけの時間を確保しております』


「儀式スキルってのは初めて聞いた。でも、それだけじゃモンスターが穴に飛び込むとは限らない。確実性がないけどどうやってモンスターを送り込んでる?」


 シルバは<外界接続アウターコネクト>という初耳のスキルについて理解し、それだけではモンスターが移動することはないと見抜いた。


 だからこそ、モンスターを送り込むには別の何かが必要であると思ってティファーナに訊ねたのだ。


『<外界接続アウターコネクト>を発動する時はモンスターの意識を誘導する魅了香を焚き、カリュシエの民にとって危険なモンスターをエリュシカに送り込んでるのだと同胞から聞きました』


「聞きましたってティファーナはそれを見たことがないのか?」


『はい。私は今日までずっと同胞に軟禁されており、大事な作戦だからと今日は同行を許されましたが、外に出たのも今日が初めてです。巫女がいなくなることはカリュシエの民の絶滅リスクが高まるため、どの代の巫女も死ぬまで軟禁されてたと聞きます』


「うわぁ・・・」


「酷いですね・・・」


 シルバとエイルはティファーナの境遇を聞いてドン引きした。


 そんな2人に構わず、ティファーナは微笑みながら言葉を続ける。


『ですから、不慮の事故とはいえ私がエリュシカに来れて軟禁生活から解放されたことは喜ばしいことなのです。あっ、でも、今度は公王様の国で軟禁生活をすることになるんでしょうか?』


「割災の原因がカリュシエの民にあるとわかった以上、ティファーナに怒りが向けられて危険であることに変わりはない。ただし、ムラマサ城の中であれば自由に過ごせるよう取り計らおう」


『感謝申し上げます。あぁ、いっそのこと私を第四公妃にして下さいませんか? そうすれば私を傷つける者はおりませんし、私が何処にも逃げない証となります』


「保身のための結婚なんて止めとけ」


『スレイプニルから助けていただいた時、この人ならば私のことを任せても良いと思いました。私を危機から救って下さった方に嫁げるなんて、あちらにいた時では考えられませんでしたよ。生涯独身のままカリュシエの民のために軟禁されて予言を伝え続ける生活から脱せられたのですから、私は私の意思で公王様と結婚したいです」


 真面目な表情でティファーナにじっと見つめられ、シルバは困ったように苦笑する。


「それについては保留させてもらう。出会ってすぐに結婚してくれと言われたって困るし、まだティファーナの立場だってどうするか決まってないんだ」


『残念です。しかし、断られた訳じゃないので私は諦めませんよ』


 (エイルがずっと静かなのが怖いな。あっ、マジフォンにすごいスピードで打ち込んでる。これ、掲示板でアリエルとマリアに伝えてるわ)


 ティファーナがシルバに求婚した時から、エイルはとても静かだった。


 それが逆に怖くてチラッとシルバは様子を見たのだが、エイルは真顔でマジフォンに文字を打ち込んでいた。


 実際、シルバの予想は当たっており、エイルはアリエルとマリアに今までの一部始終を伝えているところだ。


 とりあえず、これ以上モンスターファームにいてもやることはないから、残りの話は帰りながら訊くことにした。


 レイの背中に乗り、シルバ達はムラマサ城へと帰還する。


 エイルはマリナの背中に乗らず、マリナに<収縮シュリンク>を使わせてシルバと一緒にレイの背中に乗った。


 これはティファーナを牽制する目的があってのことだ。


 もしも自分がマリナの背中に乗って移動している間に、ティファーナがシルバにアクションを起こされれば初動が遅れてしまうので、エイルはシルバにべったりくっついている。


 エイルが何を考えているかわかっているが、ティファーナは今まで軟禁され続けていたせいで運動神経が良いとは言えない。


 体幹が鍛えられていないため、空を移動する間はブルブルと震え、エイルの反対側からシルバに抱き着いて落ちないことを最優先にしていた。


 だが、それがシルバを刺激しているのは言うまでもない。


 エイルは魅力的だが、ティファーナもそれに負けないプロポーションなのだから、現在のシルバは両手に花で腕に当てられてんのよ状態である。


 シルバは気を紛らわせるためにティファーナに質問する。


「エリュシカから赤い道着を着たスキンヘッドの男がそっちに行ったはずだ。あいつを治療したのはティファーナ達か?」


『あ、あの男は最低です。ち、小さい子供を人質にして、じ、自分を治療する薬を要求したのです。薬を飲んだら自分が最強なんだと暴れ始め、眠らせていたスレイプニルとヒッポグリフを起こしてパニックになりました』


 ティファーナは震えながら答えた。


 空を飛んでいる恐怖が勝っているようで顔には出ていないけれど、声のトーンは確かに怒っていた。


「オロチの奴、好き勝手に暴れやがったか」


『そ、そうです。挙句の果てに、モンスターを倒すには経験値が足りないと言い始めて同胞を殺し始めました』


「なんじゃそりゃ。軟弱どころか屑じゃないか」


 シルバはオロチのやらかしたことを知り、逃がしてしまったことを悔しがった。


 それでも、過ぎたことはどうしようもないのですぐに気持ちを落ち着かせた。


 1時間後、ムラマサ城に帰還するとアリエルが仁王立ちして待っており、まだまだ休ませてもらえそうにないなとシルバは溜息をついた。

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