第28章 拳聖、争いに備える
第291話 私を哀れみに満ちた目で見ないで!
ティファーナをムラマサ城に迎え入れてから少し時間が経って6月になった。
アリエルはシルバがティファーナを連れ帰った日、シルバの口から状況の説明をしてもらった結果、政治的判断でティファーナをムラサメ公国の要人として受け入れるべきと言った。
第四公妃にするにはシルバを好きだと思う気持ちが足りないから、簡単には結婚を認めないと正妻権限を使ったのだ。
シルバも現時点でティファーナを第四公妃にしたいと思っていた訳ではなかったから、アリエルの提案に賛成した。
ティファーナもカリュシエの民だからという理由で石を投げられず、ムラマサ城を自由に歩いて良いならばとおとなしくアリエルに従っている。
本気でシルバのことが好きになり、シルバがティファーナの告白を受け入れたら第四公妃になっても良いと告げたのも効果があったらしい。
シルバ達はティファーナがムラマサ城で暮らし始め、良い意味でも悪い意味でも驚くことになった。
良い意味で驚いたのは、1週間でエリュシカの言語を理解して<
逆に言えば、頭脳労働しかしてこなかったせいで生活能力がほとんど皆無であり、悪い意味でシルバ達が驚かされたのはその点である。
シルバが気分転換に料理をしようとした時、ティファーナもやってみたいと言い出したことがあった。
ユリに教えた時の要領でティファーナにも料理を教えようと思ったのだが、調味料を間違えたり分量も間違えたりするくせに変なアレンジをしようとする。
自分が作ったハンバーガーを食べたティファーナは、それが不味過ぎて泣く羽目になったのだ。
ティファーナのことはさておき、あれから割災が起きなくなったのは異常なことだろう。
本来は割災の発生こそ異常事態なのだが、ここ最近は割災が頻繁に起きていたせいで割災が起きないことの方が異常なように感じてしまった訳である。
(これもオロチが
シルバは割災の発生原因がカリュシエの民による儀式スキル<
だからこそ、オロチが
ここだけ切り抜けばオロチは良い仕事をしたように思えるかもしれないが、やっていることはカリュシエの民を襲って数を減らすというものなので素直に喜べはしない。
「シルバ、今日も模擬戦やるわよー」
「わかった」
シルバはマリアに誘われて闘技場へと向かう。
割災が起きなくなったことで、シルバ達が対応すべき仕事が減った。
その分だけ模擬戦で自己研鑽を積む時間を確保できるのは良いことと言えよう。
特に、オロチが異界でパワーアップし、再びシルバを倒すべく現れた時にシルバが準備していませんでしたなんて事態は避けたい。
シルバも今まで以上にマリアとの模擬戦を行っている。
今日の見学はレイとティファーナだけだ。
アリエルやエイルは別の仕事があり、従魔のレイと手が空いているティファーナが模擬戦を見に来たのである。
「シルバ、今日はレイに
「わかった。レイ、頼む」
『は~い』
レイはシルバに近づいて
効果が切れた時にすかさず
準備が整ったところで、シルバはマリアと同時に攻撃する。
「「壱式風の型:竜巻拳」」
2人が繰り出した拳から横方向に竜巻が生じてぶつかった。
習熟度ではマリアの方が格段に上だから、シルバの攻撃が打ち破られてしまう。
「參式風の型:返勢風」
自分に迫る竜巻を回転しながら受け流し、それをマリアへと返してみせた。
マリアは自分に向かって来る竜巻を見て慌てずに対処する。
「參式風の型:返勢風・
マリアはシルバと途中まで同じ動作だったのだが、一回転して押し出す時にインパクトを与えたことで竜巻の威力を高めた。
ラリーをしていても埒が明かないから、シルバは別の技で強化された竜巻に対応する。
「伍式風の型:捲土重来」
シルバは両手の親指と人差し指をくっつけて三角形を形成し、そこに強化された竜巻を吸収させた。
「よし、やっとここまで来たわね」
「掌の上って感じか?」
「その通りよ。シルバには私が編み出した特殊な双修で修行してもらうの。上手くいけば風属性の適性を得られるはずなの」
聞き慣れない修行法が飛び出して来ただけでなく、それが特殊な方法で行われると聞かされればシルバも首を傾げるしかない。
「特殊ってどゆこと? 双修ってなんなんだ?」
「簡単に言うと双修って子作りすることなの」
「・・・マリア、子作りだけで強くなる訳ないじゃん」
「私を哀れみに満ちた目で見ないで!」
マリアはシルバにかわいそうなものを見る目を向けられ、それは心外だと抗議した。
「だってマリアが変なことを言い出すから」
「双修の基本は気の交換なのよ。ただ子作りする訳じゃないわ。でも、今からやるのはその基本要件を満たした新しいタイプの双修なの。だから、シルバはただ風の型を使い続ければ良いのよ」
「それによって俺が風属性の適性を得られるとでも?」
「得られるわ。シルバがレイちゃんの力を借りずともね」
「マジか」
「マジよ」
風の型を使い続けるだけで風属性の適性を得られるようになると聞き、シルバは驚きを隠せなかった。
適性はよっぽどのことがない限り、先天的に得た属性から増えることはない。
熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュとの魂約はイレギュラーであり、そのような方法で火属性を後天的に得られることなんて滅多にないのだ。
シルバが驚いている一方、レイはしょんぼりしていた。
『うぅ、レイの出番が減っちゃうよ』
「何言ってるんだ。レイは火力としても補助としても役に立ってるし、移動するのだってレイがいるから時間を大幅に短縮できてるんだぞ」
『本当? レイ、まだまだ出番はある?』
「当たり前だ。むしろ、これからもよろしく頼みたいのは俺の方だ」
『わかった! ご主人、修行頑張ってね!』
レイはすっかり元気になってシルバにエールを送った。
シルバとレイの話が終わったのを確認し、それからマリアは攻撃を仕掛ける。
「肆式風の型:嵐濫乱世」
「肆式風の型:嵐濫乱世!」
シルバは遅れて肆式風の型:嵐濫乱世を放った。
暴風を纏う拳同士が連続してぶつかり、シルバは自分の中で何かが目覚めつつあるのを感じた。
しかし、それに気を取られていたせいで出力的には勝っていたのにマリアに打ち負けてしまい、シルバは闘技場の壁まで吹き飛ばされてしまった。
『ご主人、頑張れ!』
レイが大変だと言わんばかりに近づいて
その一部始終を見ていたマリアが羨ましそうに言う。
「良いなー。従魔良いなー」
「マリアに怯えないモンスターじゃなきゃ刷り込みもできないだろ」
「
「いると良いな。弐式風の型:鎌鼬」
「弐式風の型:鎌鼬」
マリアの方が後出しだったが、シルバの斬撃はマリアの斬撃によって打ち破られた。
ここまではシルバも予想していたので、既に次の行動に移っている。
「伍式風の型:捲土重来」
風を纏った斬撃ならば、伍式風の型:捲土重来で吸収できる。
それによってパワーアップできれば、シルバも十分に風の型で戦える。
<
マリアには隙がなく、それどころかシルバのスピードを正確に把握して弐式風の型:鎌鼬を放つ始末だ。
それも伍式風の型:捲土重来で吸収すれば、シルバは今日の模擬戦の中で最大出力の風を纏うことに成功した。
「陸式風の型:光風霽月!」
「陸式風の型:光風霽月」
マリアもシルバに合わせて同じ技を発動し、シルバとマリアの腕から放たれた疾風の槍が衝突した。
その瞬間、衝撃波が発生してシルバとマリアを壁際に押し出す。
マリアはこうなることを予測して後ろに跳んでいたため、慌てることなく着地できた。
シルバも吹き飛ばされながら空中を蹴ることでブレーキをかけ、どうにか壁に衝突せずに着地できた。
シルバは着地した時、自分の中に新たな力が宿ったことを確信した。
それと同時にマリアが拍手しながら近づいて来る。
「おめでとう、シルバ。風属性の適性が開花してるわよ。私の編み出した修行法は成功ね」
「マリア、ありがとう。レイも協力してくれてありがとな」
「どういたしまして」
『おめでとう! ご主人が強くなれてレイは嬉しいよ!』
マリアの目論見は成功し、シルバが風属性の適性を得たところで模擬戦は終了した。
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